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10 再会

 ノックもなしにバンッと扉が開いて食事中だったランスロットはフォークに肉を刺した状態でビクッとなった。


「ランス! 帰るわよ!」

「なんだ、姫さんか。姫様すみませんけど、今からメイン食べるんでちょっと待っててもらえません?」


 呑気に食事の続きをしようとするランスロットを強く睨む。


「帰るわよ!!」


 クリスティーナの見たこともないようなものすごい形相にランスロットは「はい」としか返事ができなかった。


「姫様、何かあったんですか?」

「何もないわよ!」


 間髪入れずに「何もない」と言うその応えが何かあったことを物語っている。

 ランスロットはやはり自分がついていれば、と歯噛みした。



 その日は城下町の宿に泊まり、クリスティーナはランスロットにアレクシスから聞いた悪魔の指輪について説明した。

 指輪は外すだけで、精神干渉を受けた者は元通りになること。指輪を使い続けると悪魔に魂を持って行かれ、自我がなくなり指輪が外せなくなること。それによって精神干渉を受けた者も元通りにならなくなってしまうこと。聖女に関することは省いて説明した。


 翌日、ルーナ王国に戻るにしても一度荷物は整理した方が良いと城下町に出た。

 古いものを捨てて、新しいものを買おうと城下町の店を見て回る。


 城下町は人の行き来も多く、露天でたくさんの店が出ており、活気がある。

 ルーナ王国よりも賑やかしく、帝国の国力の強さを感じた。


「ねえ、ランス……ここまで来るのに結構お金を使ったと思うのだけど、お金って大丈夫なの?」

「姫様が心配することじゃありませんよ……! って、あれ? 財布が……?」


 ランスロットが懐に手を入れると財布がなくなっている。


「あーーーー! あのガキだなーー!」


 先ほど少年にぶつかったときに財布をスられたようだった。

 その少年はまだ見える範囲で走っていた。


「姫さんは待っててくれ! すぐ戻る……!」

「えっ、ランス……!」


 ランスロットは言うが早いか、すぐに駆け出し猛ダッシュで少年を追いかける。

 ランスロットの全速力はすごく速い。あの調子ならきっと無事に財布を取り返してくるだろうと、クリスティーナはその様子を眺めた。



「きゃっ……!」

「あっ……すまない……」


 クリスティーナは突然髪を引っ張られ後ろを向く。

 どうやらクリスティーナの後ろを通った男性のローブの釦に髪の毛が絡まったようだ。


「今、髪を……」


 聞き覚えのある声にクリスティーナの心臓は嫌な音を立てる。


 ――声が……似てるだけよね……?


 恐る恐る顔を上げ、男の目を見て息を呑む。

 大好きだったグレーの瞳。最後に見たのは氷のように冷たい目だった。


 父を殺されるという忌々しい出来事以来の再会。


 クリスティーナの目が大きく見開き、全身がぞくりと粟立つ。


「クリスティーナ…………?」


 相手もクリスティーナ以上に大きく目を見開いてクリスティーナを凝視していた。


「なぜここに……?」


 それはこちらが聞きたい。


「ユージーン様どうされましたー?」


 向こうを向いていた彼の従者がこちらを振り返り声をかける。


「っ!」


 クリスティーナは咄嗟に短剣を取り出して、ザクっと自分の髪を思いっきり切った。

 そして急いでその場から逃げ出した。


「あっ、待て……!」



 ――なんでユージーン様がここ(アイテール帝国)にいるの……?!


 処刑台から逃げたクリスティーナをここまで追ってきたのだろうか。

 人ごみを掻き分けながら必死に逃げるが「クリスティーナ!」と呼びながらユージーンが近づいてくる。


 クリスティーナは祖国から追われている身で、彼に捕まればまた処刑台送りとなる。

 後ろを見るとまだ見える距離から彼もまた人ごみを掻き分けながら走っている。


 ハァハァと息切れしながら必死に逃げる。どくんどくんと動悸が強く速く鳴る。捕まってはいけないと警告音が鳴っている。


 早く、早く、逃げないと……!


「クリスティーナ!」


 パシッと腕を捕まえられた。


「ユージーンさまー?!」


 いきなり走り出したユージーンを追いかけて彼の従者がユージーンの名を呼んで彼のことを探していた。


 終わった……。


 ユージーンも護身のためにそれなりに身体を鍛えているし、ユージーンの従者は護衛騎士も兼ねていてクリスティーナ一人で対抗できる相手ではない。

 ゼクト公爵やユージーンらから国を取り返すためにここまで来たが、それももう終わりだ。


 クリスティーナが俯いた瞬間、ユージーンにグッと腕を引っ張られ狭い路地裏に連れ込まれた。 


「っ!?」


 そして、ユージーンの従者がユージーンを探すが、ユージーンは姿を隠すようにクリスティーナを抱き込み、通りに背を向ける。

 クリスティーナは突然のことに思考が止まる。

 ユージーンは従者がそこを通り過ぎて行くまで息を潜めていた。

 ユージーンを呼ぶ声が遠くなったところでクリスティーナはユージーンから解放される。


「行ったか……」


 何が起こったのか意味がわからなかった。


「なんで……?」

「あ……なんでだろうか……」


 どうやらユージーンも咄嗟な行動だったらしい。


「でも……処刑台での君の涙と笑顔が忘れられなくて……! 君を想うとなぜか頭が割れるように痛いんだ。今も……ずっと……」


 ユージーンは苦しそうに顔を歪める。


 一方でクリスティーナは処刑台と聞いて心臓がどくんっと音を立てる

 そして思い出すのは父の最期。


 ユージーンは冷めた目で断頭台に頭を置く父王に向かって「民のために死んでください」と言った。その言葉を合図に処刑人が父王の首を切断するため大きな刃を吊るしていたロープを切った。


 クリスティーナの目の前が真っ赤に染まる。


 ローブの中に隠れている手にはまだ先ほど髪を切ったときの短剣がある。


 ――お父様の仇……!


 苦しそうな表情をしている目の前のユージーンの顔が処刑台で見た冷めた表情に見えてくる。


 ――殺してやる……!


 罪のない父を殺すように指示したこの男を……

 大好きな父を殺した……この男を……


 殺してやる。強くそう思うのにローブの中で短剣を握る手が震えている。


 この人はなんの躊躇いもなく父を殺すように言ったんだ。自分だって躊躇う必要はない。

 父を失った日、あの湖で復讐を誓ったんだ。


 今目の前に復讐すべき相手がいる。チャンスなんだ。


「ユージーンさま……」


 掠れた声で名を呼んだ。

 彼は苦しそうな顔を優しい微笑みに変えて「うん」と返事をした。



 ああ無理だ。



 クリスティーナはローブの下に握っていた短剣をカタンと落としてしまう。


 今の今まで冷めた表情に見えていたユージーンの顔が、出会った日、夢を語ったあのときの微笑みと被って胸が痛む。

 あの優しい笑顔がずっと好きだった。


 ユージーンがローヴァン大公の称号を得たばかりの頃、クリスティーナとルーナ王国の新法案の施行について話し合った。


「この法案が通ればこの国はもっと暮らしやすくなると思う!」


 未来を描いて優しく笑った。たまにしか見せてくれない表情だったけど、その顔が見れてクリスティーナは嬉しかった。

 優しく笑うユージーンのことが本当に好きだった。



 初恋の人を殺すなんて自分には出来ない。



 目に涙が滲んで、ユージーンの顔がぼやけて見える。


 父を殺したこの男が許せない。

 許せないのに、この男に何も出来ない。

 殺すことも、傷つけることも、罵倒を浴びせることも、何も出来ない。


「っ……ううっ……」


 クリスティーナは足の力が抜けて、ずるっとその場にしゃがみ込み、泣き崩れる。


「……うっ、……ううっ……ふっ……」


 地面に両手をついてぼたぼたと大粒の涙がこぼれ落ち、地面を濡らしていく。

 そしてクリスティーナは手を支えることすら辛くなってきて蹲って泣き続けた。



「髪が……」


 ユージーンがクリスティーナの不格好に短くなった髪に手を触れようとしたとき。


「ティナさまーー?!」


 ランスロットの声が聞こえてきて、ユージーンはビクッと手を引っ込めた。

 ランスロットはクリスティーナのことを姫と呼ぶが、町中で姫と呼ばれるのは都合が悪いため大きな声で名を呼ぶときは「ティナ」と呼ばせている。


「あれ? どこ行ったんだ? ティナさまーー!?」


 スられた財布を無事に取り戻したランスロットはクリスティーナを探して呼んでいた。

 そしてとうとうランスロットがクリスティーナとユージーンのいる狭い裏路地を覗き込む。


「ティナさま?」

「!」


 ユージーンはサッとローブのフードを深く被って表通りへ抜けていく。


「え?」


 今のって?

 ランスロットはすれ違った男のことが気になったが、それ以上にクリスティーナと同じローブを着て蹲っている人が気になる。

 すぐに「大丈夫ですか」と声をかけながら近づいた。


「っ! 姫さん!!?」


 しゃがみ込んで近づくとそれはやはりクリスティーナだった。


「何があった!? 怪我してるのか!? 姫さん!」


 クリスティーナはランスロットが来ても蹲ったまま泣き続けている。


「ううっ……うっ……、ふうっ……」

「泣いて、いるのか……?」


 そしてランスロットは先ほどすれ違った男を思い出してハッとした。

 ローブを深く被っていて顔ははっきり見えなかったが、今までクリスティーナのそばで何度も感じた雰囲気がした。


「まさかっ!!」


 慌てて表通りへ戻って先ほどの男を探してみるが、もういなかった。


「姫さん……何があった……?」


 険しい顔をしてランスロットは蹲るクリスティーナの肩を抱いて身体を起こす。


「ランス……! うっ……ううっ……!」


 クリスティーナはランスの顔を見てもなお泣き続ける。


「っ! 姫さん、髪!!?」


 ランスロットはクリスティーナの髪が一部短くなっていることに気付く。


「け、怪我は……? ないか……?」

「ランス……ごめんな、さい……。ごめんなさい……」


 クリスティーナは涙を流しながら何度もランスロットに謝った。


「今……ユージーン様に……!」

「っ!」


 その名を聞いてランスロットは、やはり先ほどの男は……と思う。


「お父様の仇なのに……、わたし……わたし……!」


 悔しそうに嘆くクリスティーナの手元には短剣が落ちている。傷ひとつない綺麗な短剣。

 クリスティーナがユージーンに何をしようとし、どうなったのか、その短剣が物語っている。


 ランスロットは泣き続けるクリスティーナを優しく抱き締め、遠くを睨む。


「姫さん……陛下の仇は俺が取るから……」


 クリスティーナはランスロットに抱き締められながら慟哭した。

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