僕の幸せ(エドワード視点)
エドワード視点です。
僕は恵まれている方だと、自分でも思う。広大な領地をもつクレイ伯爵家の嫡男として生まれ、順風満帆な人生を送っている。
7歳のとき、スペード子爵家のジャクリーンと婚約することになった。僕の2つ年下の少女は緊張した面持ちで、顔合わせの場にあらわれた。
正直、なんとも思わなかった。少女は栗色の髪に緑の目が愛らしかったが、特徴といえばそれだけだ。顔合わせ自体、親同士が話したあと、少女と軽い雑談をしただけで終わった。
それからは季節ごとにあいさつの手紙を送り合うくらいで、もう顔も思い出せない。スペード子爵領とは領地も離れているし、わざわざ会いに行くのもおっくうだ。
どうせなら婚約者じゃなく、もっと遊び相手になりそうな子を探してきてくれたらよかったのに。
領地の屋敷にも同じ年頃の子はいる。
僕より一つか二つ年下の男の子がいて、その子は将来僕の侍従?とかいうのになるらしい。できればその子と遊びたいけど、僕がその子と話したそうなそぶりを見せると、なぜか母上が良い顔をしない。めんどくさくなって、その子と遊ぶのはあきらめることにした。
そんなとき、ナンシーと出会った。
ナンシーは同世代の貴族家の子の中で、唯一うちと領地が近い。僕はやっと遊べそうな相手が見つかったことがうれしくて、さっそく父の許可を得てナンシーに会いに行った。
男爵家も娘が病気がちで、同世代の知り合いがいないことを気にしていたらしい。僕が友だちになりたいと言ったらたいそう喜んでくれた。しかもナンシーは色白で、ぱっちりとした青い目の、とてもかわいい女の子だったのだ。
「あの、エドワード様。私、病気ばかりしてて、お外であんまり遊べないんです⋯⋯。それでもお友だちになってくれますか?」
こちらを不安そうに伺う様子は儚げで、僕が守ってあげなくてはと思った。
「もちろんだよ! 部屋の中で一緒に遊ぼう!
うーん、でもそうだな。⋯⋯今日は君がいつもやってる遊びをしたいな。ナンシー嬢、僕に教えてくれますか?」
精いっぱい紳士ぶって僕がそう言うと、彼女は花がほころぶようにほほえんだ。
(か⋯⋯かわいい!!)
僕はその瞬間、恋に落ちた。
それから僕は男爵家に通いつめた。「エドワード」「ナンシー」と呼びあう仲になり、天にものぼる気持ちだった。
それから6年経ち、僕とナンシーは13歳になった。父に王都に連れていってもらえるようになり、同世代の友人が多くできた。
でも、ナンシーへの気持ちは何も変わらない。たとえ僕の世界が広がっても、ナンシーへの恋しさは募る一方だ。
その日はいつものようにナンシーと過ごしていた。ナンシーは僕といると食事をいつもより多めに食べられるので、昼食をともにする回数も増えた。
「⋯⋯ねぇエドワード、いつもありがとう。エドワードのおかげで、最近体の調子がいいの。あなたがお散歩に連れ出してくれるからだと思うの」
「あはは、そう言ってくれてうれしいよ。でもナンシーの努力の成果じゃないかな。⋯⋯そうだ! がんばっているご褒美に何かプレゼントするよ。何がいい?」
「え、プレゼント!? 何でもいいの?」
目を輝かせて喜ぶナンシーもかわいかった。ナンシーはしばらく考えていたが、やがて真剣な顔になってこう言った。
「⋯⋯プレゼントも健康な体もいらない。そのかわり、エドワードと結婚したいな」
「⋯⋯え」
願ってもない話だ。反射的に「うん」と言おうとしたが、その時になって自分に婚約者がいることを思い出した。
「ごめん。うれしいんだけど⋯⋯僕、親が決めた婚約者がいるんだ」
「え? そうなの?」
「うん。でも、政略だから! 僕の意志じゃないし、相手の子も僕のことなんて何とも思ってないよ、きっと」
「そっか⋯⋯。ごめんね、変なこと言って」
慌てて政略だと強調したが、ナンシーはうつむいてしまった。
それからと言うもの、ナンシーに呼ばれる頻度が減ってしまった。僕の婚約者に遠慮しているのか、僕と二人きりになるのを注意深く避けている。
正直なところ、政略結婚を取りやめるつもりはない。でもナンシーを手放したくもない。
ナンシーは病弱で領地から出ることができない。ほかの貴族との交流がなく、しかも病弱とくれば、良い縁談は来ないだろう。その頃に愛妾の打診をすれば、ナンシーも受け入れてくれるんじゃないか?
(僕の婚約者⋯⋯ええと、なんて名前だっけ。ジャクリーン?には事後承諾でいいだろう。結婚したあとならどうにでもなるし)
16歳になったある日、ナンシーが風邪ぎみだと連絡が入った。ナンシーは、僕には知らせるなと止めたそうだが、男爵が知らせてきた。
僕に婚約者がいることは男爵にも伝えている。それでも前々から、男爵は僕とナンシーを積極的に会わせようとしていた。
おそらく、男爵は愛妾でも良いと思っているんだろう。病弱なナンシーには、不利な縁談しか来ない。それぐらいなら、大貴族の愛妾になった方が、はるかに安定した人生が送れる。
だったら僕も遠慮しなくて良いだろう。伯爵家嫡男である僕に望まれて、しかも男爵の後押しがあるなら、ナンシーも愛妾になるのを断りきれないはず。
(子爵令嬢との結婚で伯爵領は栄えるし、大好きなナンシーとも離れずに済む。
これって名案じゃないか? そうだ、そうしよう!)
愛しい彼女のもとへ向かう足取りは軽かった。
満たされた、僕の完璧な人生。
僕は自分の幸せを、何一つあきらめるつもりはなかった。あきらめる必要もない。
この幸せな人生が、永遠に続くと思っていた。




