別離の時
父と伯爵が交易の話を突き詰めるため、別室に移動した。伯爵夫人は侍女たちに連れられ、私室に戻された。応接室に残された私は、エリオットをまじまじと見る。
「⋯⋯領地とタウンハウスを行き来していたのは、後継者教育のため?」
何を言って良いかわからず、とりあえず口をついて出たのがそれだった。
「ええ。領地では領地経営を学んでいました。そして、タウンハウスにいたのは、あなたや兄の友人に『エドワードは生きている』と思わせるためでした」
「私たちに?」
思わず首をかしげる。タウンハウスにいることが、エドワードの死を隠すことと、どうつながるというのか。
「はい。兄の生存を信じてもらうには、兄と直接会話したかのように証言する者が必要でした。ですが、エドワードの死を知っているのは、領地にいるほんの一握りの使用人だけ⋯⋯。タウンハウスにいる使用人にまで秘密を明かすのは、あまりにもリスクが高い。そこで、夜会の欠席を伝える役目は俺が請け負うことにしたのです。」
「ああ、そういうこと⋯⋯」
いつかの彼との会話を思い出す。
『エドワード様はナンシー様が苦しんでいるのに、放ってはおけないと仰せになっております』
今思えば、エリオットの証言がなければ、早々にエドワードの不在が明るみにでただろう。彼が抱えていた秘密の大きさを思い、私は黙り込んだ。
「⋯⋯ずっと騙していたこと、申し訳なく思っています。ジャクリーン様には怒る権利がある。何を言われても受け止めようと決めていました。どうぞ、怒りでも憎しみでもぶつけていただいてかまいません」
私の沈黙の意味をどうとらえたのか、エリオットがなんだか悲痛な顔をした。
「あなたには怒っていないわ。⋯⋯ただ少し残念には思っているけど」
「残念?」
「あのまま⋯⋯伯爵様の計画どおり進んでいたら、あなたと結婚できたかもしれないもの」
私の言葉にエリオットが沈黙する。たっぷり5秒くらいたってから、じわじわと彼の顔が赤くなる。
婚約見直しの話し合いをすれば、結果はどうあれ、もうエリオットと会うことはないと思っていた。口に出すつもりではなかった思いだけど、せっかくこうして会えたのだ。最後くらいは言ってしまって良いだろう。
「ええと⋯⋯ジャクリーン様、それはっ」
「でもこれでよかったとも思ってるの」
わざとエリオットの言葉をさえぎる。
「エドワード様のことで嘘をつくとき⋯⋯あなたいつも苦しそうだった。
伯爵様の計画は、私たちが黙っていればうまくいくかもしれない。でもこれ以上つらそうなあなたを見ていたくないの。だから⋯⋯」
もう会えない。ならば、最後に彼の記憶の片隅にほんのわずかでも残りますように——。
「今までありがとう。あなたは、どうか幸せになってね」
口の端を持ち上げる。ちゃんと笑顔が作れただろうか。そのまま、彼の返事を待たずに応接室を後にした。
父がいる伯爵の執務室に立ち寄る。
「少し疲れたので先に馬車に乗っています」と言うと、父は何かを察したのか、すぐに了承してくれた。
馬車に近づくと、父と一緒でなかったため、御者が不思議そうな様子を見せたが、私はあえて何も説明しなかった。
そのまま馬車に乗り込み、目をとじる。
(そういえば、エリオットに言った私の言葉、どこかで聞いたような⋯⋯)
エリオットに伝えたいと思ったことを言っただけなのだが、なんだか既視感がある。
何だったっけ。流行りの小説か戯曲だろうか。
(あ⋯⋯)
思い出した。
『ジャクリーン様、どうかあなたは幸せになって下さい』
どうしてだろう。思い出した瞬間、涙があふれてくる。
「うっ⋯⋯、うう〜⋯⋯っ」
止まらない涙にあせって、自分の口から漏れる嗚咽にまた驚く。
うれしい。うれしい。
私が彼に伝えたいことと、彼が私に伝えてくれたことが一緒だった。それがたまらなくうれしい。
彼が私にいだく気持ちが、たとえ私と同じじゃなかったとしても。
彼が私を大切に思ってくれていた、それだけでこれから生きていけそうなほどうれしかった。
(ああでも、もう会えないんだなあ⋯⋯)
嬉し涙だったはずが、悲しい涙に変わっていく。エドワードを介してつながっていた私たちが、これから会う理由なんてどこにもない。
嗚咽をこらえても、しゃくり上げるような吐息と涙は、いっこうに止まってはくれなかった。
私が泣き止んだころ、父が馬車に戻ってきた。私をチラリと見たが、何か言うことはなかった。馬車の中でスンスンと鼻をすする音だけが響く。あえて気づかないふりで窓から景色を見ていてくれる、父の気づかいがありがたかった。
クレイ伯爵家は、嫡男の死を王宮に届け出た。4年前にすでにエドワードが病死していたことや、庶子に爵位を継がせようと目論んでいたことも、つつみ隠さず報告したという。
偽装工作をした罰として、クレイ伯爵家は領地をいくつか没収されることになった。爵位は遠い親戚に継承されるらしい。
伯爵は約束を守った。交易はわが家に有利な条件で継続された。スペード子爵領は莫大な利益を得るだろう。
しかし失ったものも大きかった。伯爵は婚約解消にいたる経緯をきちんと公にした。それでも、婚約解消はそれだけで外聞が悪く、私へ持ち込まれる新たな縁談は、条件が悪いものばかりだった。
この状況は、エリオットへの思いを引きずる私にはかえって好都合だった。
「王都にいても、口さがない貴族たちの噂の的になるだけだから」と頼み込むと、父は仕事を手伝う条件で子爵領に帰ることを認めてくれた。「領地まで一人で帰すわけにいかない」と、兄も一緒に帰ってくれることになった。ありがたい限りだ。
王太子の婚約記念パーティーが終わっても、大部分の貴族はせっかく王都まで出てきたのだからと社交に精を出している。私たちはそれを尻目に、一足先に領地へと戻っていった。
子爵領で兄を補佐していると、性に合っているのかやりがいを感じる。
(こうして領地経営を手伝いながら、子爵家のために生きていくのもいいかもしれない)
そして、3年の月日が流れた。




