真相
結局、我が家とクレイ伯爵家の婚約は解消となった。伯爵は私たちを応接室に通して、婚約解消の書類にサインした。
伯爵夫人はまだ息子を探しているようで、両手を何もない空間にさまよわせている。
「婚約破棄でなく、解消にしてくださったこと、感謝申し上げる。
ジャクリーン嬢の長年の苦労に報いるため、交易はスペード子爵家に有利になるよう取り計らうことをお約束しよう」
伯爵は深々と頭を下げた。
伯爵とエリオットから聞いたところによると、エリオットは伯爵と侍女の間にできた子だったそうだ。エリオットは侍従として正妻の子エドワードに尽くすことで、なんとか正妻の悪感情をやわらげようと努力したという。
「まあ、無駄でしたが」
エリオットは力なく笑った。
どんなに尽くしても正妻の信頼は勝ち取れない。それどころか、一生飼い殺しにされそうだと感じたという。母と一緒に逃げようと考えた矢先、エドワードが帰らぬ人となった。エドワードが病気がちな幼なじみの見舞いに行き、そのときもらった風邪がもとであっさり亡くなってしまったのである。
この国では庶子に相続権はないが、伯爵は自分の子であるエリオットに継がせたかったようだ。エドワードとエリオットは異母兄弟と思えないほどよく似ている。そのため、エドワードの友人や私を数年間遠ざけ、それからエリオットをエドワードとして表舞台に立たせようと計画した。それならば、周囲にバレないのではないかと伯爵は考えたのだ。
それが、結果的に「幼なじみを看病するために婚約者をないがしろにするエドワード」という悪評を生んだ。
「しかしどうしてもわからない点があります。クレイ卿は亡きご子息を愛しておられたはず。悪評を放置していたのはなぜですか?」
私の疑問に、伯爵が答えてくれた。
「もう一人の息子⋯⋯エリオットを私の手元に残すためだ。
エリオットはエドワードによく似ているが、すぐに成り代わったらばれてしまう。幸い、若者は数年経てば顔つきや声が変わる。何年か期間を置いてから、伯爵家嫡男として社交界に出すつもりだった。
エリオットが跡継ぎの座に興味がないことはわかっていた。だが、妻があのままエリオットにつらくあたっていたら、きっとエリオットは母親とこの家を出ていってしまったことだろう。跡継ぎという、伯爵夫人に対抗できる権力を与えてやりたかった⋯⋯。
エドワードを亡くした私には、もう子どもが一人しか残されていない。エリオットだけは手放したくなかったのだ⋯⋯」
うなだれる伯爵をかわいそうだと感じる。こんな成りかわりがうまくいくはずがない。しかし動機の根底には、父親の不器用な愛情があった。だからこそ、エリオットは計画の破綻を予感しても、伯爵とともに破滅する覚悟でそばに居続けた。
「もうエリオットを後継者にすることはできない。親戚に爵位を譲ることになるだろう。
エリオットとその母親は、この家にいても幸せにはなれない⋯⋯。エリオットたちが良ければだが、伯爵領のどこかで平民として穏やかに過ごせるようにしてやりたいと思っている。⋯⋯エリオット、そこにときどきは私が会いに行ってもいいだろうか?」
不安そうに聞く伯爵に、エリオットは苦笑する。
「⋯⋯もちろんです父さん。俺だけじゃなくて、きっと母さんも喜ぶ」
彼の一人称は、本当は「俺」だったのか。彼の素顔が見れたようで、ひそかな喜びを感じる。今までは大きな秘密を抱えて、気が休まるときがなかったに違いない。彼も必死だったのだろう。
今、ようやく2人は「父と子」に戻れたのかもしれない。




