伯爵家との話し合い
今日は我がスペード子爵家とクレイ伯爵家の話し合いの日だ。
あれから父はすぐにクレイ伯爵に先触れを出した。「婚約の見直しをしたい」と伝えたため、伯爵にも話の重要性は伝わっているはずだ。しかし、クレイ伯爵は「領地での仕事」を理由になかなか会ってくれない。
しびれを切らした父は、あえて予告なしで領地の伯爵邸に乗り込むことにした。今回の訪問の先触れは、あえて私たちの到着直前になるようにした。伯爵を逃がすまいとする父の強い意志を感じる。
「私も行く! 伯爵が屋敷のどこかにエドワードを隠してるかもしれないでしょ? 私が首根っこつかまえて、ジャクリーンのもとまで連れていってやるわ!」
ロレッタは謎のやる気を出していたが、今回はご遠慮いただいた。私たちと会いたがらない伯爵家との話し合いが、穏やかに進むとは思えない。当事者でもない貴族のお嬢様を修羅場に巻き込むわけにはいかないだろう。
伯爵領まで、馬車で3日かかった。
「これはスペード子爵。来訪の先触れはもっと余裕をもって出していただきたい。あいにく、私はこれから領地の見廻りに行くところでして。お構いできず申し訳ない」
伯爵の身なりを見ると、明らかに先触れに慌てて、逃げ出そうとするところだった。外套はよそ行きの服だが、その下はどう見ても普段着だ。おおかた、家でくつろいでいたときに先触れを受け取り、逃げる準備が間に合わなかったのだろう。
袖のカフスボタンは美しかったが、正装にも普段着にも合いそうな意匠である。たぶん普段使いしている品だと思われる。
「こちらの手違いで先触れが遅くなって申し訳ありません、クレイ卿。
しかし領地の見廻りなら後日でもよろしいでしょう」
父の言葉に、伯爵がしまったという表情をした。対して、丁寧な口調とはうらはらに父の表情は冷ややかだ。
「今日は婚約見直しの話し合いに来ました。
エドワード君が王都のタウンハウスにいないことは確認済みです。あなたが放置している『幼なじみの看病をしている』という悪評が嘘だということも」
「ああ、そのことですか。今は遠乗りに出かけているが、エドワードはこの領地にいる。ご心配には及ばない」
「⋯⋯そうそう悪評といえば。卿の領地と、その幼なじみがいる男爵領は近いせいか、お互いの領地の情報が入りやすいそうですね。
男爵家のメイドは、ナンシー嬢に伯爵領で広まっている、ある噂を教えてくれたそうです。『伯爵家の跡取りは、この4年間いちども領地で姿を見かけない。こんなことで伯爵領は大丈夫なのか』とね」
父はそこでいったん言葉を切った。
父の横顔と、昔に比べて白髪が目立つ伯爵を見ながら、私はエドワードと婚約した幼い頃を思い出していた。私から見た伯爵は、他人には容易に気を許さないが、息子のエドワードに対しては愛情深い人間だった。その伯爵が息子の行方不明や悪評を放置しているのだ。何か事情があるに違いない。
父も私と同じことを思ったのだろう。伯爵に向ける目には厳しさと、ほんの少しの憐れみがある。
「クレイ卿。どうか事情があるなら隠さずお話いただきたい。長年、娘は婚約者に放置され、周囲の人間に笑いものにされてきました。本来なら婚約破棄したいと思っています。
ですが誰もエドワード君を見ていないというのは、どう見ても異常事態です。どんな事情があるにせよ、娘をないがしろにしたエドワード君とは婚約解消したいと考えていますが、同時に心配もしています。事情がわかれば、何か力になれるかもしれない」
「⋯⋯⋯⋯」
伯爵は押し黙っている。伯爵家の玄関には、私たち以外に使用人たちの目もある。本来は伯爵が応接室に案内すべき場面だが、そんなことも思いつかないほど、伯爵は顔面蒼白で何か思い詰めている様子だった。
「あなた⋯⋯」
突然の闖入者に、その場の視線がいっせいに集まった。一瞬誰だか分からなかったが、髪を振り乱して狂気の表情を浮かべるその人には、かつてしっかり者で厳格だった伯爵夫人の面影があった。
「あなた⋯⋯、ねえ、あの子はどこ⋯⋯?」
さまようような足取りで、伯爵に近づく。伯爵がぎょっとして後ずさった。
「奥様⋯⋯。さあ、お部屋に帰りましょう」
苦しげに声をかける侍従は、エリオットだった。
「エリオット⋯⋯。あなた、タウンハウスにいたのではなかったの?」
思わず話しかけてしまった。エリオットはそこで初めて私と父に気づいたようだ。驚きつつも説明してくれる。
「ああ、ジャクリーン様⋯⋯。私は普段からタウンハウスと領地を行き来しているのです。領地で勉強しなければならないこともありますし」
「勉強? 侍従なのに領地のことを学ぶの?」
純粋な疑問だったが、エリオットはなぜか目を泳がせた。ごまかすように伯爵夫人の方に向き直る。
「奥様、さあお部屋に⋯⋯」
「あの子はどこなの⋯⋯。まさかあなたが隠したの?それともあなたの母親が?」
伯爵夫人がエリオットを見る目は憎しみがこもった暗い目つきで、私は思わず息をのんだ。エリオットは慣れているのか、ため息をひとつだけついた。
「私も母もそんなことはいたしません。」
「じゃあどうしてあの子がいないの?あの子はどこに⋯⋯」
そこでようやく私は、伯爵夫人がエドワードを探しているのではないかと気づいた。母親でさえも伯爵家嫡男を見ていない⋯⋯?
「⋯⋯わかった。もうよい」
伯爵がしぼり出すように言った。
「もうこれ以上は隠し通せないだろう。できれば我が子を跡継ぎにしたかったが⋯⋯」
伯爵が力なく父と私を見た。
「スペード子爵、ジャクリーン嬢。今まで申し訳なかった。心から謝罪する。
⋯⋯実はエドワードは、もう亡くなっているのだ」




