気づかないふり
「つまり、エドワードの浮気相手は別にいたってことね!」
「ロレッタはどうしてもエドワード様を浮気者にしたいのね⋯⋯」
あれから私はロレッタの家に行き、ナンシーを客室で休ませてもらった。横になったナンシーは、私と自分の話が食い違っていることが気になるようで、しきりに私から話を聞きたがった。
ナンシーの話はこうだ。
ナンシーとエドワードは幼なじみだ。ナンシーは昔から病弱だったが、エドワードはナンシーの看病をしたり、体調がよければ散歩につきあったりしていたという。
しかし、エドワードはある日ぱったり来なくなった。寂しい気持ちはあったが、伯爵家の跡取りだから忙しいのだろうと思っていた。ところが最近になって男爵家のメイドが聞いてきた情報では、エドワードは領地に帰っていないとのこと。
「きっとナンシー様をカモフラージュにして、別の女のところに入りびたってるのよ!」
ロレッタの予想は一見筋が通っている。でもエドワードを見た人が誰もいないなんてことがあるだろうか?
⋯⋯いや、エドワードと会って話している人間が一人だけいる。
ナンシーの家に事情を説明した手紙を送り、男爵家がナンシーを迎えに来た3日後。私はクレイ伯爵家のタウンハウスを訪れた。
「ジャクリーン様?! 一体どうされました?」
侍従のエリオットが慌てた様子で出迎えてくれる。エドワードの欠席を伝えるためにエリオットが訪ねて来ることはあっても、私から訪ねるのははじめてだ。彼が驚くのも無理はない。
私はナンシーから聞いた話を伝えた。
「ナンシー様の看病をしているという言葉を信じてたけど⋯⋯すべて嘘だったのね」
「⋯⋯申し訳ございません」
「あなたが謝ることはないわ。でも、あなたはエドワード様と会っているのでしょう? どういうことか説明してほしいの」
エリオットは意志の強そうな眉をひそめ、苦悩しているようだった。
改めてタウンハウスを見渡すと、どうにも使用人の数が少ないように感じられる。伯爵家嫡男が住んでいるなら、もっと使用人が多いはず。ここにエドワードはいない気がする。
ようやく、エリオットが口をひらいた。
「私の口からは申し上げられません。私は伯爵家には逆らえないので⋯⋯。ですが伯爵様はおわかりになっていない。誰かの人生を、別の誰かが歩むことなどできないということを」
(エドワードと会っているような口ぶりで夜会の欠席を伝えにきていたから、ここに来てみたけど⋯⋯。
エドワードでなく伯爵の話をしている⋯⋯?)
タウンハウスにいるからエドワードの侍従だと思っていたが、エリオットは伯爵の意向で動いているのだろうか?
エリオットは顔を上げて悲しい笑みを浮かべた。
「きっと伯爵様の思い通りにはいかないでしょう。そのときがきたら、私は伯爵家とともに破滅するつもりです。
⋯⋯ジャクリーン様、どうかあなたは幸せになって下さい」
破滅という言葉に思わず息をのんだ。伯爵家は破滅しかねない何かに手を染めているのだろうか。
どこか陰のある彼の顔を盗みみる。エドワードの婚約者である私が侍従を心配するのがおかしいということはわかっている。しかしながら、顔合わせの席で一度会っただけの婚約者より、彼の方が私にとってよほど身近な存在なのだ。悩みがあるなら、私がその憂いを取り払いたい。
エリオットはそれ以上語らず、紅茶をサーブしてくれた。待ってみたが、結局エリオットはこちらの聞きたいことには答えてくれなかった。
だがわかったこともある。どうやらタウンハウスにもエドワードはいないようだった。半ば予想していたから落胆しなかったが、それよりもエリオットの悲しみに満ちた笑顔が頭から離れない。
気づかないふりをしていた。
いつもどこか暗い悲しみをにじませ、それでも私の苦しさに寄りそってくれる人の存在に。そして、婚約者よりも彼の顔を思い浮かべることが増えてきた自分の心に。
こみ上げる気持ちを抑えて空を仰ぎみる。馬車に乗り込む直前にみた空は、厚い雲に覆われていた。




