幼なじみとの邂逅
「そうか⋯⋯。クレイ伯爵家とは交易の面でお互い利があるから婚約したが、お前をないがしろにしていたとは⋯⋯。
わかった、この婚約は見直そう。ジャクリーン、今まですまなかった。」
夜会の次の日、意を決して父を呼び止めた私は、あっさりと父が婚約見直しを了承したことに驚いた。
「え⋯⋯。いいのですか?」
「かまわん。エドワード君が幼なじみにかまけていることは前から噂になっていた。だが、さすがにお前との最低限の交流はしていると思っていた。⋯⋯まさか、婚約者であるお前と何年も会っていなかったとはな。
交易のことがあるとはいえ、お前を犠牲にしてまでクレイ伯爵家と結びつこうとは思わんよ」
父は領地だけでなく娘も大切にしてくれていたのだ。私は交易をふいにしても、娘を守ろうとする父に感謝した。
「お父様⋯⋯。ありがとうございます」
「そうと決まれば、クレイ伯爵家に先触れを出さねばなるまい。エドワード君がどういうつもりなのかきちんと事情を聞き、その幼なじみとやらとやましい関係でないなら婚約解消を目指そう。
だが、エドワード君が幼なじみを優先しているという噂は、もうかなり広まっている。クレイ伯爵が息子に幼なじみの看病をやめさせない点が気になるな⋯⋯。
もしクレイ伯爵家が信用に値しないようなら婚約破棄させてもらう。」
父はすぐに先触れを出してくれたが、クレイ伯爵はタウンハウスにはいなかった。昨日の夜会も欠席だったとのこと。
噂では、領地のひとつを任せていた優秀な代官が高齢で引退してしまったようだ。伯爵夫人はもう何年も病に伏せっており、領地の仕事ができない。伯爵は領地の管理に追われ、夜会どころではないらしい。
「仕方あるまい⋯⋯。こうなれば、伯爵家の領地にこちらが出向いていくしかない。伯爵領まで馬車で3日かかるから、いろいろと準備が必要だな」
「そうですね⋯⋯。お父様のお仕事は大丈夫なのですか?」
「ジャクソンにまかせる。今はこちらの方が大事だ」
ジャクソンとは私の兄のことだ。父との会話を終え、私はロレッタの家に向かう。婚約解消か婚約破棄か⋯⋯。
いずれにせよ、私は姿を見せない婚約者にとっくに愛想を尽かしているのだ。婚約者に放置されていた私を誰よりも心配してくれたロレッタに、長年の苦しみから解放されそうだと報告したい。
ロレッタの家まであと少しというところで、急に馬車が止まった。
「どうしたの?」
我が家の御者に声をかけると、御者が困惑した表情で、振り向く。
「あ、お嬢様⋯⋯。馬を止めて申し訳ありません。あそこで若い女性がふらふらと歩いているのが気になってしまい⋯⋯」
馬車に同乗している侍女と顔を見合わせた。御者の指さす方を見ると、確かに若い女性が供も連れずに歩いている。だがその歩みは遅く、足取りはおぼつかない。
「あの、すみません。大丈夫ですか?どこか体調が悪いのでは?」
私が馬車を降りて声をかけると、その女性は真っ青な顔を上げた。
「あ⋯⋯。ご親切にありがとうございます。大丈夫です。人を探しているのですが、もともと虚弱体質なため、すぐ疲れてしまって⋯⋯」
そう言う女性の呼吸は浅く、とても「大丈夫」には見えない。
「そうなのですね。でも今はひとまず休んだ方がよさそうです。私はこれから友人の家に行くので、よかったら一緒に馬車に乗りませんか?」
「ありがとうございます⋯⋯。私はビリアム男爵家のナンシーと申します。病弱なため人探しするのを家の者に止められてしまって⋯⋯。実は侍女の目を盗んで出かけたのです。」
「えっ、そうなのですか?!」
これだけ病弱なのに人探し⋯⋯。しかも侍女に内緒でここまで来たらしい。
⋯⋯あれ?今この女性はナンシーと名乗らなかっただろうか?
「あの⋯⋯。もしかしてあなたは、エドワード様の幼なじみのナンシー様でいらっしゃいますか?」
ふらつく女性を支えながら馬車に乗り込む。おずおずと切り出すと、女性は目を見開いて私を見た。
「私はエドワード様の婚約者のジャクリーンと申します。スペード子爵家の長女でございます」
私が名乗ると、ナンシーは一瞬目を見張ってから、安心したように笑顔になった。
「エドワードの⋯⋯、いえ、エドワード様のご婚約者でしたか! そうです、私は彼の幼なじみでして⋯⋯。
ああ、よかった! 婚約者ということは彼の居場所をご存知ですね?彼をずっと探していたのです。もう何年も会っていないし、伯爵家に手紙を送っても返事がないので心配してました!
もしや王都のタウンハウスにいるのではと、こうして探しに来たのです」
「何年も会っていない? 彼はあなたの看病をしていたのでしょう?」
「え⋯⋯?」
噛み合わない会話にお互い戸惑う。話をすり合わせてみると、奇妙なことが判明した。




