エリオットの頼みごと(伯爵視点)
伯爵視点です。
妻におびえつつ、なんとか執務をこなしていたある日。私のもとにスペード子爵親子が訪ねてきて、私のたくらみが露見した。
言い逃れをしても冷静に矛盾点を突かれ、逃げ道をふさがれた。極めつけは妻の登場だ。誰かを探す妻の異様な様子を目撃した子爵たちを、これ以上欺くのは不可能だった。
あれだけ悪あがきした結果がこれだ。いっそ笑えてくる。だが、意外にも私の気持ちは晴れやかだ。隠し続ける毎日に、私も疲れていたのかもしれない。
長らく計画に巻き込んでしまったエリオットには、見晴らしの良い丘に小さな家でも建ててやろう。そう思っていた矢先、めずらしくエリオットが頼みごとをしてきた。
「何でもするので、ジャクリーン様⋯⋯スペード子爵令嬢に求婚できる身分をください」
驚いた。
エリオットは唇を引き結び、私の返答を待っている。並みの覚悟で言っているわけではなさそうだ。
「平民でも子爵令嬢と婚姻できる身分となると⋯⋯代官か。
だが、厳しい道のりになるぞ。代官は普通、地元の有力者から選ばれる。年若く、地元出身でもないお前が就任したら、必ずやっかみを受ける」
「問題ありません」
「⋯⋯なぜ、そこまでスペード子爵令嬢を?」
尋ねてみると、みるみるうちにエリオットの顔が赤くなる。
「⋯⋯あの方は、違ったからです」
「違うとは?」
「俺を俺として扱ってくれました。
⋯⋯生まれてからずっと、息をひそめて生きてきました。奥様やほかの使用人の目を避けるように暮らして、『目立たない侍従』に徹しました。そうしないと、生きてはいけなかったんです。この家でエドワードが太陽だとしたら、俺はその影でした。
でもジャクリーン様は違いました。エドワードの件で謝罪したら、『エドワード様が不在なのはあなたのせいではないでしょう』『あなたが謝ることはないわ』と言って気遣ってくださった。
俺を一人の人間として尊重してくださったんです」
「⋯⋯それだけのことで?」
私の疑問に、エリオットはかすかに笑う。
「それがどれだけすごいことか、おわかりになりませんか?
貴族はたいてい身分が下の者をぞんざいに扱います。俺が伯爵家の実子だと知る前から、あの方は俺に優しくしてくれた。
エドワードを探しに来た男爵令嬢だって、男爵家の迎えが来るまで介抱していたと聞いています。普通の貴族は、いくら具合が悪そうでも馬車に乗ったまま声をかけて終わりか、そもそも声をかけないでしょうね」
「⋯⋯そうだな」
貴族とはそういうものだ。「貴族は立場の弱い者を守るべし」という意識があっても、自ら介抱したジャクリーン嬢は、貴族としてはかなり珍しい部類に入る。
庶子という微妙な立場に生まれついたせいで、エリオットはこれまで身分に振り回され、苦労してきたのだろう。
息子の気持ちを聞いて、縁談の世話をしてやることにした。しかし相手は成りかわり計画で迷惑をかけたスペード子爵家。断られる可能性がきわめて高い。もっとも、子爵令嬢との縁組を熱望するエリオットには、そのことは言えなかったが。
ちょうど老齢で引退した代官がいたので、後任にエリオットをねじ込んだ。それから三年、年上の代官たちのやっかみを受けながらも、エリオットの実力が少しずつ認められだした。約束どおり息子のために縁談を世話したが、子爵家から手紙の返事は来なかった。
(やはりだめだったか⋯⋯)
エリオットにどう伝えようかと頭を抱えていたら、ようやく子爵家から結婚を承諾する手紙が届いた。
すでに交易面で深く結びついているため、いまさら政略結婚をする必要はない。ジャクリーン嬢も息子を憎からず思ってくれていたのだろう。エリオットの片思いでなかったことに安堵する。
ジャクリーン嬢には、さんざん迷惑をかけてきた。私にそんなことを願う資格がないのは百も承知だが、どうか彼女には幸せになってほしい。
爵位を譲り渡す予定の親戚が、来月からこの屋敷に移り住んでくる。遠縁だが、新伯爵キースは有能な男だ。家令や家政婦長の助けがあれば、そつなく執務ができるに違いない。
エリオットだけでなく、私を取り巻く環境も大きく変わろうとしていた。
ラストスパートです!
次回は、10月9日(金) 18:25頃にアップします。




