キングとクイーン
「びっくりだわ! ジャクリーンったら、好きな人がいたのね。あなたがそんなにそわそわしているところ、はじめて見たわ」
「浮かれるのは良いけど、少し落ち着け。どれだけ急かしても、これ以上は早くならないんだからな」
ロレッタの嬉しそうな声と、兄の半ば呆れた声を聞きながら、私は自然とほころぶ口元を抑えることができなかった。
結婚が決まってから、ずっと心が浮き足立っている。
結婚に差しあたっての打ち合わせは、すべて父が一手に引き受けてくれている。嫁入りの準備はメイドたちが進めてくれるので、私は特にすることがない。
落ち着かない私を見兼ねて、ロレッタと兄がゲームでもしようと言い出した。
リラックスしてできるゲームをということで、「キングとクイーン」をやることにした。まあ、一言で言ってしまえば質問ゲームだ。
サイコロで決めた目を引き当てた人が、キングやクイーンとなって質問をする。質問された人は、それに対してユーモアのある返しをしなければならない。臨機応変さが求められるゲームである。
ゲームが始まる。最初にクイーンになったのはロレッタだった。ロレッタは兄をジトっとした目で見ながら質問した。
「ちょっと、ジャクソン。最近仕事をさりげなくサボってるの、気づいてるわよ。
姿を消してる間、いったいどこに行ってるの?」
「えっ、俺?! ⋯⋯すべては陛下のお心のままに。
我が家の天使、アネットが俺を虜にしてしまったのです。美しい花があれば愛でずにはいられません。きっと愛の女神も許してくれるでしょう」
「何が愛の女神よ! ずるいじゃない、私はアネットのところに行きたいのを我慢して家政の仕事をしてるのに!」
ロレッタが兄をぽかぽかと殴る。ほとんど力は入ってなさそうに見えるのに、兄は大げさに「ああ、愛の女神からのお仕置きが〜」とか、「やめて、そんなに叩かれたら、新たな扉が開いちゃう〜」とか叫んでいる。
新たな扉ってなんだろう。興味がないので、親バカな二人を放っておいて、サイコロを振る。
二が出た。兄だ。
「「げ⋯⋯っ」」
私とロレッタの声が重なる。私たちとは対照的に、兄は大喜びだ。
「おっ、俺の番か! さて、何にしようかな?」
私とロレッタを交互に見比べる。私たちは必死に兄から目を逸らした。
「そういえばジャクリーン。お前、俺が結婚前、ロレッタにアプローチしているのを見て笑ってたな」
ぎくりとする。普段飄々としている兄が、恋愛になると情熱的になるのが意外だった。ロレッタに自作の詩を贈ったと聞いたときは、兄をさんざんからかったものだ。
「よし、王様からの質問だ。ジャクリーン、お前が恋愛でやらかした、一番恥ずかしい行動を教えろ」
「⋯⋯すべては陛下のお心のままに。残念ながら、情熱的な陛下のお耳に入れられるほどの出来事はございません」
「嘘をつくな。お前が何もやらかしてないわけないだろ」
とぼけてみたが、やはり通用しなかった。
「⋯⋯エリオットに、告白めいたことを言いました」
「告白?」
「婚約解消後に二人きりになる機会があって、その時に⋯⋯」
私の声がだんだん小さくなっていく。あまりの恥ずかしさにこの場から逃げ出したくなった。
「やるじゃないか! さすがは俺の妹だ」
「⋯⋯えっ?」
「恋愛は伝えないと始まらないが、その勇気を出せる者はそうそういない。
つまらない答えを返したら容赦なく罰ゲームを与えてやるつもりだったが、これじゃあ、褒美をやらないといけないな。よし、明日は俺の給仕をさせてやろう」
「それはむしろ罰ゲームなので、ご遠慮します⋯⋯」
自分の心の奥底をさらけ出すのだ。告白するのはたまらなく恥ずかしい。
でも、勇気がある人だけができることでもある。兄が手放しで褒めてくれたことが嬉しかった。
意外にもゲームは白熱して、最後にクイーンを引き当てたのは、ロレッタだった。
「私がクイーンね! じゃあジャクリーンに質問! 例の代官とはどうやって知り合ったの?」
この質問が来ることは想定内。私はうやうやしくロレッタに頭を垂れた。
「すべては陛下のお心のままに。ですが宮廷において、恋は秘すべきもの⋯⋯恋の行く先を見つめることができるのは、空を自由に飛ぶ小鳥のみでございます」
「⋯⋯なんか、誤魔化そうとしてない?」
ばれたか。仕方なく、説明することにした。
「単に照れくさいから言えなかっただけよ。お兄様は知ってると思うけど、彼はエドワード様の弟だから。
婚約者の弟に懸想するなんて、あまり褒められたことじゃないでしょ」
「きゃあ、すごい! まさに秘すべき恋じゃないの!
⋯⋯あら? じゃあもしかして、成りかわり計画に出てきた庶子って、代官のことなの?
なるほど、それがきっかけで知り合ったのね」
我が国における爵位継承を揺るがしかねない事件だったため、伯爵の成りかわり計画は国中の知るところとなった。
当時、まだスペード子爵家の一員でなかったロレッタも、成りかわり計画の経緯を詳細に知っている。
そこで私は、一つの可能性に気づいた。
「⋯⋯エリオットと最後に話したとき、思わず私の気持ちを伝えちゃったの。彼が結婚を申し込んでくれたって聞いて、とてもうれしかったわ。だから舞い上がっちゃったけど⋯⋯。
もしかしたら、彼は成りかわり計画に罪悪感を感じて、同情して縁談を持ちかけてくれただけなのかもしれない」
エリオットの陰のある表情を思い出す。彼は罪滅ぼしに、私と結婚しようとしているのではないだろうか。
頭から、冷たい水を浴びせかけられたような気持ちになる。縁談が来てからずっと、幸せすぎて落ち着かなかった。でも今度は、心臓が冷えて鈍い痛みを訴えてくる。
罪滅ぼしのために求婚してきたと考えたら、辻褄が合う。
真面目な彼のことだ。すべての責任を取って、私の恋を成就させようとしているのかも。
どうしよう。私が告白したことで、エリオットの人生を縛りつけてしまったのだ。
彼に幸せになってほしかったのに。もし、彼に望まれていないなら、私は——。
「罪悪感や同情で結婚? そんなわけないじゃない」
ロレッタが、私を思考の海から引き戻す。顔を上げると、あきれたように見つめ返すロレッタがいた。
「どれほど、努力したのかしらね」
「⋯⋯?」
さっきまでとは一転して、ロレッタは真剣な口調になった。
「たった三年よ? 彼の若さで、たった三年で代官としての実力が認められるなんて、相当努力しなきゃ実現不可能だわ。
もちろん、伯爵の後押しもあったんでしょう。でも、広大な領地を持つ伯爵家なら、ほかにもたくさん代官がいるわよね? 軋轢を生むから、あまり表立って優遇できなかったはずよ」
ロレッタの言うとおりだ。つまり彼は、ほぼ実力だけでここまでのし上がってきたのだ。
富や名誉のためじゃなく、ただ子爵令嬢を妻にするために。
「もし代官が罪悪感や同情で結婚するようなやつなら、私がジャクソンを使って叩きのめしてやるわ」
「俺?!」
兄が慌てる。仕事は早いが、荒事は苦手なのだ。
「いや、俺アネットより重いもの持てないし、非力すぎて無理⋯⋯」
「何言ってるの? 今の私はクイーンなんだから、命令は絶対よ!」
ロレッタがわざとツンと顎を上げて、高飛車に言い放つ。二人のやり取りに、少し心が軽くなる。
大丈夫だ。エリオットは軽い気持ちで誰かに求婚できるような人じゃない。誰よりも彼の性格を知っていたのに、つい不安になってしまった。
ぎゃあぎゃあ言う兄を、ロレッタがきれいに無視する。私に向き直り、自信満々な笑みを浮かべた。
その貫禄は、まさにクイーンだ。
「だから安心して行ってきてね。何かあったら、必ず助けに行くから」
クイーンなのに、時に騎士のようにかっこいい、私の親友。
結婚したら彼女ともなかなか会えなくなる。今までの感謝と敬意を込めて、私は言った。
「ありがとう。行ってきます。ロレッタ、どうか元気でね。
⋯⋯あ、もしお兄様に飽きたらいつでも私のところに来て。それまでに、かっこいい男性を見繕っておくから」
あせって文句を言う兄。ロレッタと私は顔を見合わせて笑った。
『安心して行ってきてね』
私が子爵家で過ごせるのもあとわずかだ。
クレイ卿の使いから、「代官と貴族令嬢の婚姻が、伯爵領では好意的に受け入れられている」と聞いている。
それでも不安がないと言ったら嘘になる。でも大切な人の言葉は信じられる。私はきっと大丈夫だ。
——ビリアム男爵から手紙が届いたのは、私の嫁入りを目前に控えた、ある日のことだった。




