1-5 この世界の衝撃事実
―――今、おれは一体……。
―――何を聞かれたんだろうか……?
頭がその言語を情報として処理できず、おれは脳がフリーズしたマシンのように、しばしの間ポカンと呆け果ててしまった。
あまりにも質問の意図が理解できなかったため、もう一度お姉さんに噛み砕いた説明をお願いすると、さらにこちらの脳細胞を破壊しにかかるような、驚愕の事実が返ってきた。
「私たちが普段、『人物鑑定』の魔法などで目にする個人のステータスには、名前、年齢、現在の職業と熟練度、過去の職業履歴とその熟練度、となっております。ですので、あなたが先ほどからおっしゃっている『えすてぃーあーる』という言葉は聞いたこともありませんし、そのステータスの恩恵?というのも意味が不明です」
―――衝撃の事実を、今、文字通り突き付けられた。
この世界の人たちは、ステータスの閲覧内容が根本的に『制限』されている……のか?
それに、自分の意志でいつでも開けるおれとは違い、人物鑑定のスキルを使わなければそもそも自分の情報すら見られない?
えっ? 本当に?
あまりにも想像の範疇を超えた設定の食い違いに、ただでさえこんがらがっていたおれの脳内メモリは完全にキャパシティをオーバーした。
しかも、その最悪のタイミングで、お姉さんは追い打ちをかけるように爆弾を発言したのだ。
「また、職業の『熟練度☆1』で習得できるスキルがあるのはもちろん知っていますし、それは理解できるのですが……。その職業に就いている間しか使用できないスキルを、わざわざ大金を払ってまで広く浅く覚えるなんて、そんな必要性はまったく無いと思うのですが……」
―――はっ?
―――今、なんて言った?
えっ?
ってことは……。
まさか……!!!
「すみませんお姉さん!! あの……今、この世界で一番『最強』と謳われている方は、どなたになるのですか!?」
急にガタッと身を乗り出し、声を荒らげたおれに驚き、肩をビクッと震わせながらもお姉さんは答えてくれた。
「えっと……最強かどうかは分からないのですが、現在ギルドでは最高峰のSランクであられる【ホーネット】さんが、実力・人気ともにナンバーワンです」
「その方の! 現在の職業と熟練度は何ですか!?」
さらに怒声に近い、必死の形相で問い詰めるおれに対して、お姉さんは恐怖から2歩ほど後退りしながらも、怯えた声で答えてくれた。
「えっ、えっと……職業は【大賢者】で、熟練度は……最高ランクの『☆7(セブンスター)』に……なりますけど……」
――――――――――――えっ?
☆7(セブンスター)が……。
最高ランク……。
―――だと?
あまりの喧騒ぶりに、おれは見かねた他の受付嬢たちによって引き剥がされ、ギルドの片隅にある待合ベンチへと強制移送された。
おれはただ、遠くの壁の一点を見つめたまま、魂の抜けた殻のように座っていた。
―――時間が経つにつれ、点と点だった情報が少しずつ脳内で繋がり、理解することができてきた。
だから、ギルドの登録用紙には、あれだけの最低限の項目しか必要がなかったんだ……。
だから、神殿で4つも前衛職を渡り歩いたことに対して、あんなにもおれの行動が奇妙で、狂気の沙汰に見えたんだ……。
プレイヤーなら誰もが、息をするように確認しているステータス画面。
そこに当然のように記載されているはずの『STR』や『VIT』という基礎概念が存在しないせいで……この世界の住人は……。
職業の熟練度が上がった際に、裏で加算されている、永続的な基礎ステータスの上昇ボーナスについて、その存在すら認識していないんだ。
ましてや……。
まして、や……。
☆7が、この世界の最高ランク、だなんて。
職業の熟練度を最高の『☆10(マスターランク)』にまで極めることで、その後どの職業に転職したとしても、【マスターした職業のスキルを、職の垣根を越えて自由に使用可能になる】という、このゲームの仕様が、誰一人として知られていないなんて……!!
「この世界の住民のくせに、そんな大切な、命に関わる内容も判っていないなんて……!」
おれは彼らの無知に対して、どこか激しい憤りに似た感情さえ抱いていた。
あまりにも非効率的で、あまりにも不便極まりない。
しかし、本当にそんなことがあり得るのだろうか?
確かに前世のゲームでも、☆7の『エリートランク』から、☆8の『エキスパートランク』へと上限突破するためには、それこそ数々の理不尽な超高難度ミッションをこなす必要があった。
それでも、この世界が始まってから今日に至るまで、誰一人としてその先(☆8以上)を発現させていないなんてことが、本当に……あり得るの……?……か?
いや、もしかして……。
この世界の上級職(大賢者など)へ転職するためには、その基となる基本職が☆7になっていれば条件を満たせる仕様だった。
だから、彼らは「上級職になれた=これ以上先はない、これが最高ランクだ」と、都合よく勘違いしてそこで満足してしまったのか……?
確かに、上級職はスキルの系統ツリーが下に連なっているため、同じツリー内の一部のスキルはそのまま使用することができるが……。
でも、それでも、不便で仕方がない……
上級職のマスター(☆10)は人間の限界を超えているとしても、せめて基本職くらいは、マスターにしてスキルを汎用化しておくことが、冒険者の『前提条件(義務教育)』だと思っていたのに……。
ステータスの上昇についてもそうだ。
仮に、順当に一つの職業の熟練度だけを上げてきた成長させた後の武道家が、剣士に転職した場合、全能力に対する上昇パーセンテージはごく僅かなため、数値が見えない彼らが「なんかちょっと体が軽い気がする?」程度でスルーしてしまうのは百歩譲って理解できる。
だが、例えば上級職の【暗殺者】なんかは、転職したその瞬間に『AGI』が固定値で【12】も爆発的に上昇する。
「これに……気づかないの……か?」
ちょっと待てよ、計算が面倒になってきたぞ。
暗殺者になるために必要な基本職を……すべて☆7まで上げた時点での、AGIの総量は……。もしその基本職(前提職)だけしか上げていない平均的なキャラクターの場合、基礎値はせいぜい【84】前後のはずだ。そこに転職ボーナスの【12】が乗るということは、上昇率は一気に約14%!
暗殺者に転職した時点で、明らかに体感速度が跳ね上がるはずなのだ。
これだけ劇的な変化があれば、いくら数値が見えなくても気づきそうなもんだけどな……。
……あ、いや、STRと違って、AGIは体調や気のせいで片付けられやすくて分かりにくかったのか?
あるいは、他のどうでもいい生活職業も無駄に上げていたせいで、基礎値が中途半端に高くなり、上昇率の割合が小さくなって判りづらかったのか……?
―――ダメだ。
―――もう、考えても判んないや。
おれはギルド内の片隅で、自分が一人ポツンとベンチに座っている現実も忘れ、先ほどまでの激しい脳内思考の最中、当然のごとく無言で何パターンもの「苦悩のポージング(頭を抱える、天を仰ぐ、顎に手を当てる)」を全力で決めており、最後には両手を上げて「お手上げ」の降参ポーズを取っていた。
遠くの受付カウンターの方から、ヒソヒソ話とは到底思えないボリュームの、明確な悪口(正当な評価)が聞こえた気がした。




