2-21 考える猶予など貰えず
「―――あーダメ!もう無理!分かんない!」
読んでいた本を勢いよく閉じ、泡娘が机に突っ伏している。
その横では地震娘が、魂の抜けた亡骸のように椅子に深く腰掛け、虚空を見つめていた。
ケイコも珍しく「うーん……」と眉間にしわを寄せて頭を悩ませている。
無事に入学手続きを終えたおれ達だったが、実際に学園へ籍が登録され、授業や施設へのアクセスが完全解禁されるまでには3日間のタイムラグがあった。
おれはその貴重な3日間を利用し、あのバカ殿からひったくったチート本『星詠みの魔導書』を教材にして、彼女たちが魔術師へと転職するために必要な基礎魔導知識を先行学習させていたのだが――結果はこの有り様だ。
この魔法国に来る道中、入試問題にただ合格できるよう、問題文と答えの文字列だけを強制的に丸暗記させていただけだったツケが回ってきたらしい。
そもそもの『知識の土台』が0からスタートしている3人は、魔導書に書かれている「多元的魔力演算理論」や「精神収束効率論」といった文字列を見ただけで、脳の許容量を超えてショートしていた。
おれは当然、前世の廃人知識ですべての内容を完璧に把握しているため講師役に回っているわけだが、知識ゼロからこれを叩き込むのがどれほど地獄か、前世の経験から痛いほど分かっている。
―――仕方がない。
学園に正式入学したら、一番最初にあのクエストを終わらせてしまおう。
あれさえクリアしてしまえば、大賢者までのビルド道は半分開いたようなものだ。
なのでとりあえず、頭を使う座学は一旦中止だ。
入学するまでは、実技――『魔力操作の修練』にすべての時間を注ごう。
この国までの道中、彼女たちの体内に直接おれの魔力を流し込んで「強制体感」をさせてきたため、体内の魔力を動かす感覚自体はある程度できている。
だが、スタコラシスターズの二人はまだ経験値が低すぎて、魔術師へと転職できる最低ラインの力量には達していない。
まずは魔力操作のステータスを最優先で爆上げし、あの隠しクエストが終わったら、すぐにでも全員で転職できるようになるまで鍛え上げる。
おれはそう決意し、机の上にある魔導書をアイテムボックスへと仕舞い込んだ。
「よし、お前ら。今から『最短最速魔力ブートキャンプ』を開始する。座学がチンパンジーレベルなら、肉体で覚えるしかないからな」
「え、肉体…って…? まさかまたあの、無理やり体内に魔力エネルギーを流し込むやつするの……っ!?」
泡娘が身構え、地震娘がおびえた目でこちらを見る。
実はあの「強制体感」、結構な体内の鈍い痛みと疲労感が半端ないのだ。
それを経験している為、2人とも少し警戒している。
「いや、今回はもっと原始的、かつ超効率的なトレーニングだ」
「な、なにを……するのよ?」
「とても単純だ。体内にある魔力を感知する。そして、それ以外の事を何もしない」
「えっ!?そんな事でいいの!?」
おれは2人の目を見て頷いてやる。
あからさまホッとしている2人を見ながら、おれは「死の宣告」を2人に告げる。
「―――睡眠も、食事も、さらにはあらゆる行動も全て禁止ね。
寝ず、食べず、動かずの『三途』を3日間してもらうから」
「……………はぁっ!?」
「(ガタガタガタガタ)」
「まぁさらに言えば、見ず、聞かず、話さず、泣かず、怒らず、笑わず、漏らさずの『容赦せず』も同時にするから」
「……………ばぁぁぁっっ!!?」
「(ガタガタガタガタガタガタガタガタ)」
―――3日後、そこにあるのはまさに地獄絵図……
(※モザイク処理及びR18規制)
目に入れず、何も言わず、誰も触れず、我関せず。
とりあえず、誰も死なず、完全勝利のガッツポーズ。
「―――この度はご入学おめでとう御座います。手続きはすべて正常に完了しました。ようこそ、我が学園へ」
3日後の朝、おれ達は学園の正門を通り、無事に受付を済ますことが出来た。
学園の案内役を務める自動浮遊球体が、機械的な音声でおれ達の前に立体ホログラムのマップを展開する。
『本学園は、主に3つの基幹施設によって構成されています。これより簡単な施設概要を説明いたします』
ナビゲーションが指ししめすマップの構造を、おれは前世の記憶と照らし合わせながら頭の中でアップデートしていく。
【中央大聖堂】
転職の祭壇がある。
学園の中央に位置する信仰の象徴。
内部の祭壇では、一定の力量に達した者が、魔術師への、また、上位職への『転職』を行うことができる。
現在はまだ使わない。
姦娘達の魔法理論がある程度満たされてからだ。
【王立中央闘技場】
月に一度の演武発表会や、学生同士の公式決闘が行われる巨大なコロシアム。
数日前にバカ殿を完封して、おれがハメ技の掌打でボコボコにした現場。
二度と近づきたくない。
【学園大図書館】
建国以来の魔導書や、歴史的な文献が収蔵されている巨大な知識の迷宮。
魔法関連の本だけでも数百万冊ある。
おれ達の真の目的地。
この図書館の隠し部屋に、全プレイヤーが喉から手が出るほど欲しがった、最強のチートアイテムが存在する。
他にもたくさん施設はあるが、おれ達が主に使用するのはこの3つだ。
『――説明は以上です。まずはどちらの施設へ向かわれますか?』
「あとは勝手にやるからもういいぞ」
おれはナビの音声を遮るようにしてきびすを返し、大図書館へと続く大理石の渡り廊下を進み始めた。
縄で縛られた、両目を漆黒にしたスタコラシスターズを引きずりながら。
いやがおうにも悪目立ちしているが、もう今さらだ。
階段でガンガンガンと頭が跳ねている。
―――見えてきたな。
廊下の突き当たり、おれ達の目の前に現れたのは、もはや巨大な山と見紛うほどの超巨体建造物―――学園大図書館の重厚な鉄の扉だった。
ここを潜れば、いよいよ魔法国に於ける爆速育成が本格的に始動する。
おれは不敵に口元を歪めると、重い扉のノブへと手をかけた。
おれは大図書館の重厚な鉄の扉を押し開け、3人を伴って(内2人は引きずって)内部へと足を踏み入れる。
一歩入った瞬間、天井近くまで届く巨大な本棚が幾重にも連なる、文字通りの『知識の迷宮』がおれ達を出迎えた。
静寂が支配する空間には、かすかに古い紙の匂いと魔力の残渣が漂っている。
見上げるほど高く、天井まで届く本の壁を見て唖然しているケイコと、まだ感情を失ったまま気絶を続けるスタコラシスターズををその場に放置し、迷いのない足取りで大図書館の北西、歴史文献エリアの『第13書架』へと向かった。
その本棚に到着すると、おれはある作業を開始する。
まず、3段目の7冊目の本と、5段目の12冊目の本をガッと引き抜いて入れ換えて、
さらに、2段目の4冊目の本と、6段目の9冊目の本を流れるように入れ換える。
間髪入れずに、4段目の1冊目の本と、1段目の15冊目の本をクロスするように入れ換えて、
そこからさらに、3段目の7冊目の本と、6段目の9冊目の本を元あった位置を狂わせるように入れ換えて、
さらに、さらに――。
ガガガガガガガガガガガガガッ!!!
大図書館の静寂に響く、異様な高速の摩擦音。
おれの手元は完全な残像となり、本が消えては現れる怪現象が繰り広げられる。
そして、50回目の入れ換えが完了した、その瞬間。
カチッ、という奇妙な音が聞こえ、第13書架の重厚な本棚が、まるでシステムエラーを起こしたように不自然にガタガタとスライドを始めた。
その奥にある大理石の壁が割れ、そこから地下へと続く、地図には一切載っていない薄暗い隠し階段が姿を現したのだ。
―――さぁて、クイズ1000本ノックといきますか。




