2-22 またいつものとこでいつものように
【アルカノ魔法国立学園・大図書館】―――その最奥、通常の方法では絶対に進入できない不可視の壁の裏側に、それは隠されていた。
おれはその階段を降りる前に、ケイコへ「20時間ぐらい掛かるから2人と宿で待ってて」と伝えたが、一緒に来るみたいだ。
来るの?暇だよ?
おれはケイコに引きずれた2人と一緒に、その隠し扉の先へ進んでいくと―――そこに広がっていたのは、床から天井までをびっしりと覆い尽くす、数十万冊に及ぶ『禁忌の魔導書』が浮遊する不気味な円形空間だった。
そして、その部屋の中央に鎮座する、高さ10メートルはありそうな巨大な石化高台のてっぺん。
そこには、とてつもなく『変な動物』がポツンと座っている。
頭部はフクロウ、身体はカピバラ、尻尾はトカゲ、そして何故か顔面の中央には、人間のような立派な「カイゼル髭」を蓄え、頭には博士帽を被った、キメラというにはあまりにも締まりのない奇妙な生物。
そいつは、おれ達が部屋に入ってきたのを認めると、これ見よがしに「フッ……」と髭を蓄えた口元を歪め、大賢者のような不敵な笑みを浮かべて、部屋中に響き渡る高慢な声で喋り出してきた。
「よくぞ我が『知識の試練の神域』へと辿り着いた、無知なる迷い子たちよ。我が名は【魔導智獣・ビブリオ】。この世界のすべての魔力の理を司る、大いなる叡智の番人なり……」
これは、前世の廃人プレイヤーでも、中々クリアが難しいと囁かれる伝説の隠しクエスト。
なぜならこいつは、クエスト条件を満たそうとするプレイヤーに対し、人間の脳細胞を物理的に破壊しにかかる超難解な『魔術に関する問題』を、なんと【1000問ノンストップ】で出し続け、1問でも間違えた瞬間にシステム的に強制退去させ、また最初から答え直しとうい鬼畜な仕様をブチかましてくる、最悪の初見殺しクソモブなのだ。
「フハハハ! 愚かなる人間の若造が! 我が脳内に蓄えられし、神々の時代より伝わる究極の魔導数式を解き明かすなどおよそ不可能……いや、絶対不可能なのだ! さぁ、絶望の宴の始まりだ! 第1問!!『始源の魔力粒子における、第七位反転コードの固有振動数と、精神魔力の流動パーセンテージの関係式を、10秒以内に述べよ』!! さぁ、答えられずに脳髄を溶かして死ぬが良い!!」
ビブリオは博士帽を激しく揺らしながら、現地の人間なら聞いた瞬間に発狂してショック死するレベルの、複雑怪奇極まりない最悪の魔法概念問題を、ドヤ顔で突きつけてきた。
おれは、耳をほじりながら、1秒の猶予すら与えず、ハキハキとした良い笑顔で秒速の回答をブチかました。
「あ、答えは『F(x) = int_{0}^{x} / frac{sin(t)}{t}dtの極限値に対して、AGIとDEXの重複加算による2.3%のシステム補正を乗せた、固有値:41.285』。はい、次。2問目どうぞ」
「……はえ? ――あ、いや、え?」
ビブリオの時が完全に止まった。
カイゼル髭が、信じられないものを見たようにピクピクと痙攣を始めている。
「な、なぜ……なぜその、150年前に大賢者が生涯をかけても解けなかった幻の数式の最適解を、1秒で……!? 偶然だ! 奇跡のバグだ! 第2問!!『魔法国立大図書館の地下3階・第14棚の右から7番目にある、禁書の142ページ・4行目に記載されている、初級火魔法のシステム強制キャンセルのための隠しコードを述べよ』!!」
「あ、それ文字化けに見えるけどただの逆アセンブリのプログラムデータだから。『0x4F, 0x50, 0x41, 0x42, 0x41』。ついでに言うと5行目はただの開発者の愚痴ね。はい、次。3問目早くして」
「デュフッ!? な、何故それを……っ!? あ、あそこの部屋は、結界が張られていて誰も入れないはずなのに、なぜ中身のデータを網羅しているのよぉぉ!?」
変な動物の顔面グラフィックが、驚愕と混乱で一瞬にして百面相のように歪み始めた。
高慢だった叡智の番人のオーラはどこへやら、今やただの「クイズ番組で出題ミスをやらかした、冷や汗ダラダラのおっさんカピバラ」に成り下がっている。
そこからは、まさに世界の理をバグらせた、一方的な『クイズ蹂躙ゲーム』の独壇場だった。
あいつが脳の細胞をフル回転させ、涙目を浮かべながら必死になって「古代魔法の魔力循環率のバグ技」や「召喚術における異次元の座標ハッキング論」といった、この世界で最も難解とされる問題を絞り出すたびに、おれは前世の8年半で培ったトップ廃人の知識(攻略wikiデータ完全暗記)をもって、紅茶を優雅に飲みながら、1秒たりとも考え込むことなく、すべて余裕のワンパンで正解を叩き込み続けた。
~3時間経過~
「第142問! 『魔法国の結界の維持に必要な――』」
「コアの魔力効率は毎時12,000MP。消費MPの5%が還元されるから、裏で加算されるMNDの基礎値は+24。はい、次」
「ひ、ひぃぃっ!? もう問題のストックが、ストックが消え失せるぅぅ!!」
~8時間経過~
「第450問……っ、も、もう勘弁して……『上級光魔法の……反転……』」
「y = ax^2 + bx + c のグラフにおける、頂点の座標 ((-frac{b}{2a}, -frac{4ac-b^2}{4a})) に魔力をスワイプさせるだけ。1分で終わるよ。はい、次」
「あ、頭がおかしい……っ! こいつ、脳内に邪神のデータベースでも直接埋め込んでるんじゃないのぉぉ!?」
~15時間経過~
「第990問……(白目を剥き、よだれを垂らしながら博士帽を床に落とすビブリオ)……『おれは……だれ……ここは……どこ……』」
「お前はただの没データのカピバラフクロウ。座標データはX:412、Y:89。はい、次。こちとらもうタイムアタックに切り替えてるから、サボらずに早く次の問題出して」
「もう許してぇぇぇぇ!!! お願いだから間違えてよぉぉぉ!!! 我輩の『叡智のプライド』が、跡形もなく粉砕されて消し飛んじゃうよぉぉぉーーーっっっ!!!」
高台の上で、全盛期のトップ廃人の容赦ない『正論ノック』を浴び続け、精神ゲージを完全に削り取られた変な動物が、涙を流してガタガタと震えながらのたうち回っている。
おれの後ろでずっっっと見ていたケイコは、顔面を点滅信号させながら、猛烈なスピードで15時間ノートを書き殴り続け、完全に魔導知識を完全理解させていた。
そして、ついに1000問目を回答した、その瞬間―――。
【システムログ:隠しクエスト『魔導智獣の蹂躙』を完全クリアしました】
ピキィィィンッッ!!! と大図書館の隠し部屋に、クエストクリアの高らかなファンファーレ(※脳内BGM)が鳴り響いた。
「は、はぁ……っ、お、終わった……。我輩の負けだ……」
ビブリオは口から盛大に白い泡をブクブクと噴き出しながら、高台の上から床へと文字通り直線的にパタリと倒れ伏し、二度と動かなくなった(気絶)。
そしておれの手元が光出し、その光が消えていくと、おれの手の中に、お目当てのアイテムが握られていた。
前世のクソゲーにおける魔術師系統の最高峰ぶっ壊れレアアイテム――【叡智の探求者の栞】。
アイテム鑑定をすると、そこには全プレイヤーが喉から手が出るほど欲しがったチート性能がズラリと並んでいる。
【効果:読書速度+10000%、全言語自動翻訳・即時理解、読破した文献の魔導知識をダイレクトに脳内メモリへ完全同期】
よし!これで勝ち確だ!!
隠し部屋から出たおれ達は、早速そのアイテムを使い、再起動済みのスタコラシスターズを含めた3人の前に、本棚から取ってきた魔術師の転職条件に必要な魔導書を並べた。
その数実に156冊。
これを順に全て頭に入れていってもらう。
前に並べられた本の山を見て、強制再起動を果たしたばかりの泡娘が早くも白目を剥きかけていたが、このチート栞を本に挟んでページをパラパラと高速スワイプしていくだけの、安全極まりない作業なのだ。
それを理路整然と説明すると、スタコラシスターズの2人も、しぶしぶといった様子でおれの指示に従って読書を開始した。
―――2時間後。中央大聖堂。
おれ達は、荘厳な光が差し込む大聖堂の巨大な女神像の前に直立していた。
チートアイテムの持つ読書速度+10000%というバグじみたパッシブ効果は、まさに圧倒的の一言だった。
現地の高名な魔術師の卵たちが、それこそ寝る間も惜しんで最短でも半年はかけて必死に読み解くであろう156冊の超難解な魔導書。
それを、おれ達は3人がかりで、わずか2時間という異次元の超高速スキップで完全に頭の中に同期させ、終わらせてしまったのだ。
「――ようこそ、大いなる魔力の道を志す若き探求者たちよ。神聖なる魔導のフラグは満たされた。そなたらに【魔術師】の祝福を授けよう」
教皇モドキの厳かなテンプレ台詞と共に、大聖堂の空間から溢れ出た眩い魔力の光が、おれ達4人の身体を包み込んでいく。
おれが脳内で画面をスワイプすると、おれを含めたパーティメンバー4人全員の職業欄に、見事なまでに【魔術師☆1】の輝かしい文字が開放されて表示されていた。
さて、基本職の解放が終わったとなれば、次なる効率厨の最重要課題は決まっている。
何が何でも最速で熟練度を上げきることだ。
魔術師の習熟上げは、当然魔法の使用MPに依存する。
おれの後ろでは、無事に達成出来た事に喜びの表情で、お互いを称え合っている姦娘達。
おれは、そんな最高にエモーショナルで美しい感動の余韻に浸っている彼女たちの正面へとスタスタと歩み寄ると、冷徹なトーンで淡々と告げる。
「じゃあ、戻ってデスライドしに行くぞ」
――――――おれの両鼓膜が破裂した。




