2-20 初心忘れるべからず
おれがのそりと視線を巡らせ、完全武装(花嫁衣装)のケイコの方をじっと見つめていると、どうにも得ない違和感が脳を支配する。
あれほど熱を帯びていた彼女の双眸から、いつもなら絶対に放たれているはずの、あの盲目的な熱狂の光が綺麗に消え失せているのだ。
いつもならここで「あ、あなたぁぁーーー!!! 素晴らしい勝利ですわ、さあ婚姻届にサインを!!!」とか脳が焼けつくような戯れ言を叫びながら、おれへと猛ダッシュで駆け寄って来たはず。
だが、今の彼女は胸の前で小さく手を組んだ状態のまま、ただじっとこちらを見つめている。
そこから何のアクションを起こそうともせず、彫刻のように佇んでいた。
何かあったのかと、視線をその斜め後ろ――スタコラシスターズの方へと向けると、地震娘は横断幕へ伝わる超振動で、闘技場の足下の方で小さな竜巻を起こし、泡娘はさっきの気絶状態のまま微動だにしていなかった。
……おれはなんでこんな致命的なバグを抱えたやつらとパーティーを組んでるんだ?
改めて我が身の不運を呪いたくなる。
とりあえずこの騒がしい会場を後にしようと、おれは舞台を降りて、先ほど入場してきた薄暗い通路口の方へと歩を進めた。
そのすれ違いざまにケイコへ短く声を掛ける。
「おい、アイシャ。もう行くぞ」
「……………」
返事が無い。どうやらただの屍のようだ。
おれは内側に広がる得体の知れない不気味さに背筋を凍らせながら、もう一度、今度は少し声を荒らげて軽く怒気を強める。
「おい! アイシャ! 帰るぞ!」
「っ、はいっ!」
おれの怒声でようやく意識が引き戻されたのか、彼女はハッとしたように肩を震わせ、弾かれたような返事をしておれの後ろへと付いてきた。
どういうことだ。
いつもの五月蝿い突撃がない方が、まじで恐怖をそそるんだが………
従順に、かつ無言でおれの後ろへ付いて来るケイコの向こう側では、神父が「どうすれば?」とこちらに目を向けオロオロしていた。
おれは秒でスルースキルを発動させ、前を向き直し、バグったNPC(16Bit)になり果て、同じ場所をウロウロと徘徊し始めた神父を置き去って、おれ達は未だ鳴り止まない大歓声の渦を背に、静まり返った通路の中へと足を踏み入れた。
背後からは群衆の地鳴りのような歓声が壁を伝って届いているが、この閉ざされた廊下には、おれ達二人の足音だけが不自然に響いている。
そこに会話は一切ない。
いつ後ろから背中を刺される(婚姻届け提出という名の物理&精神攻撃)か分からない緊迫感の中、おれは全神経のアンテナを最大出力で張り巡らせながら、一歩ずつ廊下の奥へと進んでいった。
緊迫した沈黙のまま、しばらく廊下を二人で歩いていた、その時―――。
突然、背後から硬い声が上がった。
「あ、あの!」
おれは心臓がビクッ!と鼓動すると同時に、短刀をアイテムボックスから急いで取り出し、素早く構えながら電光石火でケイコの方を振り向く。
すると、彼女はウエディングドレス姿のまま、寸分の狂いもない完璧な90°でキレイなお辞儀をした状態で固まっていた。
そして、そのまま地面を見つめたまま、堰を切ったように言葉を吐き出し始めたのだ。
「すみませんでした。私、今まで何て愚かでバカな態度ばかり取っていたのでしょう。私があなたに付いて行きたいと願ったのは、あなたのような圧倒的に強き人に成るためで、弱きを挫き強きを助ける、そんな正しい人に成りたくて、その純粋な思いが私を突き動かし、あなたへの同行を懇願していたはずでしたのに! それなのに、私はそんな最初の初心を完全に忘れ、ただあなたの御迷惑になるような奇行ばかりを繰り返し、ただあなたを不安にさせるような言葉ばかりを並べ立て、同行を特別に許可していただいたあなたの寛大な気持ちを、その尊いプライドを、徹底的に踏み躙るばかりでした! 本当に、本当に申し訳御座いません! これから先はこのような愚行が二度と起こらないように細心の注意を払い、あなたに一切の御迷惑が掛からないよう、あなたのように強く、気高き人になれるよう、精一杯あなたの一挙手一投足から学んで行きたいと思う所存です! ですので、もし、もし御迷惑でなければ、これからも私の同行をどうか、どうか、どうか!許して頂けませんでしょうか……っ!? お願い致します!!!(この間約3秒)」
………どこの世界の早口言葉だよ。
こんな超高速フレーム、おれじゃなきゃ聞き逃しちゃうね。
ただ、ひとまずは、彼女のその異常な態度の理由が分かったことに、おれはホッと胸を撫で下ろした。
これだけ精神的に不安定な地雷オブジェクトと、二人きりで逃げ場のない『逆・精神と時の部屋』に閉じ込められるような事態だけは、何としてでもご免被りたい。
おれはすり減る奥歯をギリリと噛み締めながら、努めて冷静な声を絞り出しながら、同行を許可した。
―――ガチャ。
おれ達が控え室で待っていると、スタコラシスターズが扉の隙間から恐る恐る中を覗き込みながら入ってきた。
状態異常が解呪出来た、まともな服装へと着替えているケイコを見て、2人とも「よかった。本当に…。本当に……!本当に………!!」と涙を流して喜んでいた。号泣レベルだ。
無事に合流が出来た為、おれ達は一息つくと、いよいよ本日のすべての試験結果が発表される、学園の中央大聖堂のホールへと足を運ぶことにした。
大聖堂の巨大な扉を開けると、そこは荘厳な光に満ちた大ホールだった。
天井近くまで届く巨大な魔導魔鏡がいくつも浮かび、そこには一次試験から決闘にいたるまでの総合評価、そして『合格者一覧』が刻一刻と映し出されている。
周囲は、文字通り自らの生死を分ける結果を待つ受験生たちの、張り詰めた熱気とざわめきで満ちていた。
「おい、見ろ……! 総合順位のトップが更新されたぞ!?」
誰かの悲鳴のような声が、静寂を切り裂いた。
受験生たちの視線が一斉に、中央の最も巨大な魔鏡へと注がれる。
そこには、学園の歴史を塗り替える異常なリザルトが刻まれていた。
【第1位】 アキヒロ(一般受験生)
・一次試験(筆記:魔法概念):S
・ 二次試験(実技:魔力操作):S
・特別査定(神聖なる決闘):測定不能(異常者)
受験生たちからの、畏怖と驚愕の視線が一斉におれへと突き刺さった。
試験開始前をには、やれテロリストだなんだと嘲笑っていた連中が、今は目を皿のようにしてガタガタと震えている。
おれの社会的ステータスも少しは回復出来ただろう。
お、無事に3人とも合格出来ているな。
おれは姦娘達を労おうと後ろを振り向く。
さっき更生(?)したばかりのケイコは「さすが私の選んだ『運命の人』」だとか軽く発作を出しつつも、それを抑えようと、さながら点滅信号のように、顔面を赤から白、白から赤へと素早く切り替えている。
泡娘は「1位……? 私たち、国家転覆の片棒を担いじゃったんじゃ……」とかぶつぶつ呟きながら顔を真っ青にし、口からだけじゃなく、目からも泡をふくという特技を追加しながらスクリーンを凝視している。
地震娘は、人間の耳には聞こえない超高速の振動を空気に伝えることで、物体を触らずに空中へ浮かせる『音響浮遊』を発動させ、2mmほど浮かんだ状態で、足を前に出しても進めずバタバタしながら空中を泳いでいた。
―――この状況(人類の神秘)を見て入学拒否とかにならないよね?………よね?




