2-18 敗北の確定フラグ。もう、お前は○んでいる
―――2時間後。
一次試験と二次試験が終わり、結果の集計を待つ間、学園の闘技場は月に一度の魔導演武発表会の開催によって、お祭り騒ぎの熱気に包まれていた。
超満員の観客と、現役の魔法教師たちがズラリと並ぶ巨大学園の中央決闘場。
「これより、発表会の特別枠として――エバスト皇子殿下と、一般受験生による『神聖なる決闘』を執り行う!」
実況のアナウンスが響き渡り、地響きのような大歓声が降ってくる。
おれは長槍の柄を手に、闘技場へと続く薄暗い入場ゲートの前に立っていた。
その横には、どこかで買って来た布を器用に加工して作ったバージンロードを背後に引きずり、両手に婚姻届とブーケを握りしめたケイコが、完全に臨戦態勢(挙式準備)で、なぜかスタンバイしている。
きみなんでこんなとこ(選手入場口)にいるの?
その手荷物(精神攻撃用武器)ナニ?
これ以上こいつの異常に構ってられねぇ。
おれの人生を委譲する事になる。
おれはケイコを無視し、一歩、光の中へと足を踏み出した。
おれの目に飛び込んで来たのは、とてつもなく広い闘技場の空間と、その中心にある、直径50mほどの決闘場の舞台、こっちを向きながら歓声を上げている観客達の姿、そして―――。
『祝・御成婚』『アキヒロ♡アイシャ』と血文字のようなド派手な赤インクで書かれた巨大な横断幕が掲げられていた。
その横断幕を、地震娘が恐怖でガタガタと全身を振動させながら必死に支えており、泡娘にいたっては精神的ショックからか、なぜかおれと一緒に入場し、歓声に手を上げて応えているドレス姿のケイコを見た瞬間から、泡を吹きこぼして完全に白目を剥き、死体のように地面に転がっていった。
……お前らの関係性について、後でじっくり聞かせてもらおう。
おれは何も見なかったことにして、舞台の上に降り立つ。
超満員の観客が見守る中央決闘場の中心で、対峙するおれとバカ殿。
噴水デバフの気絶から強制復帰したあいつは、汁まみれのスーツを着替え、純白の戦闘衣を纏っている。
バカ殿は、懐からあのチート魔道書『星詠みの魔導書』を静かに、優雅に引き抜く。
その美しい顔に、先ほどまでの限界オタクの締まりのない笑みはない。
冷徹な、ガチの「強者」の瞳がおれを射抜く。
「貴様……。試験での不覚は認めよう。だが、実戦は別だ。全人類の頂点たる私の、本当の深淵を見せてやる!」
もちろんポーズを決めて、3分のドブ捨てを終えた後のセリフだ。
バカ殿の宣言に対し、おれは一言だけ返す。
「もう終わってるから。泣くんじゃねえぞ」
「―――それでは、はじめ!!」
舞台袖にいる審判の合図とともに、バカ殿がチート魔道書『星詠みの魔導書』を開いて詠唱の構えを取り、おれはだらんとただ槍を握った状態で無防備に立っている。
ヤツは、舐めるなとばかりに、詠唱を終わらした挨拶代わりのファイアーボールをおれへ放ってきた。
眼前に迫る火の玉に対して、おれは前世の廃人だけが知る、というか廃人にしか出来ないテクニカルなバグ技を敢行する。
魔法には、グラフィックが切り替わる、わずか「1フレームの判定の隙間」があり、おれは槍の穂先で、ファイアーボールのグラフィックが切り替わるその刹那を見極め、その中心を撃ち抜いた。
ズバァン!と、空間のパッチが強制修復されるような奇妙な破裂音が響き、おれを呑み込むはずだった火魔法が、ダメージ判定を発生させる前に霧散した。
「………な、なんだと!?私の魔法が!消えただと!?………貴様、一体何をした!?」
そう叫びながら、バカ殿は詠唱を開始し、今度はファイアーボールを3個作り出し、おれへと放ってきた。
おっ、3個同時とは中々やるじゃん。
1つの魔法を多数発言させるのも中々コツがいるんだよね。
並列詠唱は☆8のスキルだから、1つずつの詠唱を分けて紡ぎ、それを保留状態にしたまま、3回繰り返す必要がある。
っと考えている間に、おれは迫ってくる3つのファイアーボールを観察し軌道を見極め、それぞれを全て同じ処理で離散させていく。
魔法が、ただの鉄の槍で消されてしまうという、ありえない光景を目の当たりにしたバカ殿は、とうとう口を開けて唖然とし、その場に立ち竦んでしまった。
おいおい手が止まってるぞ。
おれは目覚ましを手伝ってやろうと、ちょっとした技を繰り出す。
槍の真ん中を持ち、バカ殿から離れたこの距離から、シングルスラストのスキルを発動させ、スキル発動の0.4秒後に、握っていた手を緩める。
すると、シングルススラストのスキルスピードのまま、槍がものすごい勢いでその方向へ飛んでいくんだ。
弾丸のような速さで飛んだ槍は、バカ殿の頬を掠め、そのまま壁へと「ドガッ!」と突き刺さる。
ヤツの頬からは、血がツゥーと流れていた。
よしよし。狙い通り。
おれはアイテムボックスから再び槍を取り出し、左手を上げ「早く来い」と手招きしてやる。
バカ殿はワナワナと震え出し、ケイコにも負けず劣らずの赤顔をしながら、次の詠唱を開始し出した。
「――燃え盛れ、烈火の嵐!ファイアーストーム!」
バカ殿の冷徹な発声とともに、おれの視界が真っ赤な爆炎で埋め尽くされた。
火属性の中級範囲魔法。
だが、あいつはそれを一発で終わらせない。間髪入れずに左手を突き出す。
「―――穿てストーンランス!逃がさんぞ!ウィンドカッター」
土属性の中級魔法『岩槍』が床を突き破っておれの退路を断ち、同時に風属性の『真空刃』が目にも留らぬ速度で爆炎を切り裂きながらおれの首条へと迫る。
火、土、風、三つの属性の中級魔法が、波状攻撃となっておれを圧殺しにきていた。
観客席から「これが、入学前のやる魔法かよ……!」「コンボが完璧すぎる、避ける隙間がない!」と絶叫が上がる。
だが、激しい爆炎と砂塵が渦巻く中、おれの脳はどこまでも冷徹に静まり返っていた。
おれは長槍の柄を最小限の動きで傾け、真空刃の風圧を肌に感じた0.1秒前、槍の側面でその軌道をわずかに弾く。
システム上の『受け流し』だ。
キィィン、と硬質な金属音が響き、真空刃はおれを外れて後方の防壁へと消えた。
そのまま、突き出す岩槍の予備動作から、瞬間に生じる地面の魔力のブレを視認し、歩行ステップだけで完璧に見切って完全回避。
さらに、眼前に迫る火の嵐に対して、「1フレームの判定の隙間」を使い、その座標に向けて長槍の穂先をピンポイントで突き立て、離散させた。
「なっ……な、何をした……!? 私の三重複合魔法を、ただの長槍一本の身のこなしだけで完封しただと……っ!?」
爆炎の向こうから現れたおれの「無傷」の姿を目にし、バカ殿は苦悶の表情を浮かべている。
だが、あいつはさすがに最高峰の天才だ。
即座にステップを踏みながら、次なる手札を最速で切ってくる。
「ならばこれで、溺れろ!アクアプレッシャー! 吹き荒べバースト・ゲイル!!」
水属性の中級魔法による高圧の濁流が正面からおれを押し潰しにかかり、同時に風属性の中級魔法による乱気流が、おれの回避ルートを強引に吸い寄せようと背後から吹き荒れる。
水と風のコンボで、逃げ場を完全に無くし、確実に動きを止めるためのハメ手だ。
だが、おれは冷酷に口元を歪めた。
バカ殿よ。お前は知らないだろうけど、お前のその魔導書を使うと、水と風の同時展開の瞬間だけ、処理落ちで『前方の当たり判定』が5ミリ後ろにズレるんだわ。
おれは長槍の先端を前方の大理石に突き立て、棒高跳びの要領で自らの身体を垂直に跳ね上げた。
水流と突風の判定が交差する、わずかな「隙間のミリ単位の座標」をおれの身体が綺麗にすり抜ける。
眼下で激突した水と風が派手な水飛沫を上げて大気へ散っていくのを、おれは空中で見下ろしていた。
「な……!? なんなんだお前は!!?………馬鹿な、………あり得ないッ!!あり得ないでおじゃる!!」
どれほど圧倒的な手数を尽くそうとも、まるで未来を予知しているかのように、すべてをテクニカルに、かつ最も体力を消耗しない最短ルートで無効化し続けるおれに、バカ殿のプライドが完全にへし折れかけていた。少しヲタが漏れている。
「ええい、おのれぇぃぃ! 魔法が通じぬならば、この気高き美の剣技を以て、直接その不届きな四肢を切り刻んでやろう!!」
激昂したバカ殿は魔導書を懐へ収めると同時に、腰に帯びた白銀の細剣を抜いた。
あいつの基礎ステータスは、魔法だけでなく物理攻撃力や敏捷もバケモノのそれだ。
しかし、今のお前は職業が魔術師だろ?
剣を使用する補正が掛からねぇぞ。
キィィィンッ!と大気を切り裂く鋭い風切り音とともに、ヤツがおれの着地寸前の隙を狙って、目にも留まらぬ超高速の突きを連続で繰り出してきた。
点と線が交差する、一分の隙もない完璧な物理の閃光ラッシュ。
だが、おれの目はその超高速の刺突を、すべてコマ送りのフレーム単位で捉えていた。
おれは着地した瞬間、長槍を両手で構え、ヤツの剣先が届く0.5秒前のタイミングで、最小限の軌道修正を連続で叩き込んだ。
ガガガガガガンッ!!!
闘技場の中央で、火花が激しく飛び散る。
バカ殿が放つ、一撃必殺の鋭い突きに対して、おれはそのすべての剣先を、長槍の穂先と石突きを交互に狂いなく噛み合わせることで、全てパリングでことごとく逸らし続けた。
あいつの剣は、おれの服の繊維をわずかにかすめることも出来ない。
「な、なぜ当たらん……!? 私の最速の連撃を、なぜすべて予測したかのように受け流せるのだぁぁぁ!!」
「言ったろ。お前との勝負はもうとっくに終わってんだよ」
何を隠そう、こいつはあるクエストのイベントボスなのだ。
前世で何度も戦い、都度勝利している。
全て既知のルーチンみたいなもんだ。
連続で突きを放ち、最大の手数を使い果たしたバカ殿のレイピアの軌道が、ほんのわずかにブレた。
攻撃を出し切った瞬間の、その僅かなスキをつき、おれは長槍の柄を思い切り引き戻し、エバストのレイピアの鍔に向けて、槍の石突きを正確無比に叩き込んだ。
パァンッ!!という激しい金属音とともに、エバストの細剣が手元から弾き飛ばされ、大理石の床へ突き刺さる。
「あ、あ、我の愛剣が――」
―――さぁ終焉といこうか………。




