2-17 犯した誤ちを正せるのは、いつだって自分自身なんだ
社会的ステータス(=人権)が跡形もなく消滅した、完全なる焼け野原。
おれはもはやケイコに声をかける気力すら失い、ただの自動歩行プログラムと化した死んだ魚の目で、大講堂の重厚な扉をくぐった。
一次試験の『筆記』試験会場は、すり鉢状になった巨大な大階段教室で、機械的に入った順に渡された受験番号の並び順のせいで、おれの席は信じられないくらい最悪なデバフ環境に設定されていた。
おれの右隣には、ドレスをアーマーで締め直すのを諦めて開き直った、100%の純白ウエディングドレス姿で神父への追加報酬を計算しているケイコ。
そして左隣には、純白の自作受験スーツの襟を正しながら、早くも次の3分間ポージングを構築して、カチコチに凝固しているバカ殿。
挟まれたおれの受けるスリップダメージは、毎秒最大HPの10%を超えている。
クソが、座っているだけでライフがゴリゴリ減っていく。
「これより、アルカノ魔法学園・入学一次試験『筆記テスト』を開始する。制限時間は一時間。……はじめ!」
厳格な試験官の号令とともに、一斉にペーパーを裏返す音が講堂に響いた。
おれは即座に問題用紙へと視線を走らせる。
前世のゲーム内のフレーバーテキストや、世界観設定の裏資料にあった問題がそのまま出てやがる。
予想通りの結果に、おれは内心でほくそ笑む。
効率厨のおれの脳内データベースにかかれば、こんなペーパーテスト、ただの消化試合――
「――フッ、他愛もない。この程度の魔力回路の方程式、我が『星詠みの魔導書』の真髄の前に、一瞥する価値すらないわ」
静寂に包まれた試験会場に、左隣から無駄に低音の響く、よく通る声が聞こえてきた。
言っている内容は至極まともで、受験生たちを圧倒するような強者のセリフだ。
だが、あいつは右手を額に当てた『深淵の知性』のポーズで完全硬直したまま、口先だけでその完璧な発声をこなしている。
絵面が完全に不気味な腹話術の人形だ。
「……あなた。第五問の『生涯を共にする伴侶への魔力分配率』の計算問題ですが、もちろん私達の愛の出力は、100%の永久機関ということでよろしいかしら……? 婚姻届の裏面に、この方程式を刻んでおきますね……っ!」
問題文を勝手に脳内でゼクシィに変換するな。
何が悲しくて、最高峰のエリート魔法学園の試験中に、左から腹話術ポーズの強者アピール、右からガチ恋の重婚プレッシャーを受けなきゃならないんだ。
おれの筆記試験の難易度だけ、明らかに『インフェルノモード』に設定されている。
……あー、クソ! 集中できねえ……! このままだとマークシートの書き込み効率が15%は低下する……!
おれが冷や汗を流しながら、マークシートのズレを計算し直していた、その時。
教室の廊下側に立っていた近衛騎士が、死んだ魚の目のまま、おれの方を見つめていた。
その目からは『あのバカを社会的に叩き潰してくれ』という、無言のメッセージが込められていた。
おれは魂の戦友に向けて、問題用紙の裏で静かに親指を立てた。
サンキュー、戦友。お前のおかげで、このインフェルノモードの攻略チャートを達成する為の勇気100%たぜ……!もうやり切るしかないさ!
おれは前世のデータをフル活用し、爆速の効率論でマークシートを真っ黒に塗りつぶしていった。
続いて雪崩れ込んだ二次試験―――『実技』の会場。
学園の広大な演習場に集められた受験生たちの前には、魔力の出力と緻密なコントロールを測定するための巨大な「魔導測定水晶」がずらりと並んでいた。
水晶に手を触れ、内部の魔力回路をいかに素早く、かつ膨大に満たせるかを競う試験だ。
当然おれの試験順は、またしてもあのバカ皇子の直後だ。クソ。
試験官に呼ばれ、金髪を美しく掻き上げながらバカ皇子が前に出る。
あいつは純白の受験スーツの懐から、おれが狙っているあのぶっ壊れレアアイテム『星詠みの魔導書』をスッと取り出した。
その瞬間、あいつの身体から放たれた凶悪なまでの魔力の奔流が、一瞬で測定水晶へと流れ込む。
悔しいが、魔力操作の出力だけはマジでバケモノだ。
「―――久遠なる星幽の彼方より、我が血脈の呼び声に応えよ。狂い爆ぜる星骸の輝きを以て、眼前の因果を虚無へと還さん……! 迸れ、『終焉を告げる星流』ッ!!」
バカ殿がイケメンなガチトーンで魔力を流し込んだ瞬間、巨大な水晶は目も眩むような眩い光を放ち、周囲の受験生から「おおお……!」と地鳴りのような歓声が上がる。
………先に断っておくが、あの魔導書を使うからといって、あんなふざけた詠唱など全く必要ない。
あのチートアイテムは、ただ持ってるだけでその効果を発揮するんだ。
なら何故あんな中二の病気みたいな詠唱をするのか?
それは、あの魔導書にポーズの挿絵付きで、そう掲載されているからだ。
魔道師足る者の戒律と様式の講座が、中二マチックに掲載されているのだ。
………もうお分かりだろう。………そう。
あのバカ殿がなるべくしてなったのは、あの魔導書の、残念な犠牲者で被災者なのだ。
もちろん、使用を続けていれば、そんな呪文やポーズなど必要ない事は分かってくるはずなんだ。
しかしあいつは、高貴な身分と元々のナルシストが絶望的に相乗効果を発揮し、気付いた時にはもう全て手遅れの残念皇子へと変貌を遂げていた。
近衛騎士が正気に戻そうと頑張った結果が、あの光を通さなくなった虚無の目へと繋がっていく。
「す、すごいぞ!819点だ!」「今までの最高得点が283点だから、およそ4倍近いぞ!」
バカ殿の出した点数に、周りの連中が称賛を上げたばかりに、その称賛がトリガーになった当の本人は、130°にまでなった腰の反りで、もはや前からは顔が見えないだろう。
こっち側から見ると、エクソ○ストの階段で登場する化け物にしか見えねぇんだが。怖ぇんだが。
「次、68番」
おれの番号が呼ばれたので、測定水晶の前へとフラリと進み出た。
水晶の前に立ち、おれは『測定器の仕様』を確認する。
この魔導水晶は、『ゲーム初期バージョン』と同じやつだな。じゃあ問題ない。
おれは水晶にそっと手を触れると、水晶は眩しく輝くこともなく、「ウィーーーン……」とマヌケな電子音を立ててその場でガタガタと痙攣し始め、頭部の測定メーターが『999999』を表示してそのまま煙を吹いて停止した。
実はこの水晶は、正攻法で魔力を流すと効率が悪いが、『水晶の底部にある特定の魔力節に対して、1フレームの間に極小の魔力を3回連続で小刻みに注入する』と、システムがバグを起こして測定不能(限界突破のエラー)になる脆弱性があるんだ。
魔力を1ミリも消費しない、エコすぎるチート攻略だ。
「なっ……魔力をほとんど使わずに測定器をオーバーフローさせただと!?」
試験官の目玉が飛び出さんばかりに驚愕し、周囲の受験生たちが「おいあのテロリストの旦那、ヤバすぎるぞ……」と戦慄していた。
そんな中、おれの後ろからは「しゅぅぅぅ……」とさらにヤバい熱気が立ち上っていた。
おれがそっちの方を振り向くと、ケイコが「あなたぁーーーっ!」と叫びながら両手を広げ、こっちに向かってダッシュしている。
おれはすぐにそのバカの頭をアイアンクローの形で取り押さえ、
「アイシャ、頼むから一文字たりとも喋るな!!! 」
と小さな声で怒鳴るという神業をやってのけた。
結構強めに握ってるが、ステータス差のせいで微塵も効いちゃいねぇ。
ケイコは頭を掴まれたまま「愛のスキンシップですね!」と言わんばかりに目を輝かせている。
ダメだこいつ。
おれの後ろの方では、130度の角度で固まっていたバカ殿が、今度はおれの叩き出した文字通りの『桁違い』の点数を見つめながら、ワナワナと激しく震え始めていた――。
―――そして……
「アッ……アババババwww 待って待って、拙者、人妻属性の『叶わぬ恋に身を焦がす切ないルート』を妄想してたのに、旦那がチート級の隠れ強キャラとか公式による最大手の供給過多ァァ!! 尊死……っ、拙者の尊い設定資料集(脳内)が物理的に燃え上がるぅぅぅ!!! コポォッ!」
口と鼻から盛大に七色の虹色の何かを噴射し、そのままフィギュアのようにカチカチに固まった姿勢のまま後ろへ「ドターン!!」と大文字でひっくり返った。
隣にいた近衛騎士は、「殿下ァァァー――ッッッ!!!」と叫びながら駆け寄ることもせず、ただ黙ってこちらを見つめ、サムズアップしていた。




