2-16 きっと、世界が間違っている
「おい……ちょっと待て。お前、何その……これから式場に殴り込みにでも行くようなガチのフル装備は。エイプリルフールにはまだ早いぞ(冗談も程程にしろよ)」
おれのINTが音を立ててすり減っていくのを感じながらツッコミを入れると、ケイコはもじもじと身体をくねらせながら、さらに大ボケ(特大デバフ発言)をぶちかましてきた。
「何って……殿下との決闘の準備に決まっています!あなたが『おれの人生を賭けた大切な女』とおっしゃってくださったのですもの!バカ殿下に勝利したその瞬間に、その闘技場でそのまま私達の【公開結婚式】を執り行えるよう、わたくし、寝ずに手配いたしました!」
「――――――は?????」
おれの思考システムが完全に停止した。
公開結婚式? 手配? 誰が? こいつが?
「神父様もバッチリ買収……ゴホン、手配済みです。 あのバカ殿をワンパンで葬り去って、わたくしをその強靭な腕で抱きしめて、ち、ち、ち、誓いの…………キキキキキスをしてくださイマセーーーっ!」
ケイコは完全にブチ上がったテンションでブーケを強く握り締め、おれに向かって熱烈なぎこちないウィンク(※破壊力抜群だが状況的に恐怖しかない)を送ってくる。
クソ運営様。
敵(バカ皇子)だけじゃなく、身内ヒロイン枠まで属性過多でバグらせるんじゃねぇ。
効率厨のソロプレイ用隠れ強キャラチャートが、結婚という名の『人生の永久縛りプレイ(ただの強制デバフ)』によって完全終了の危機を迎えてるだろォォォォォーーーーッッッ!!!!!
(強烈なフォルテッシモ)
おれは深いため息を一つ吐き、宿の天井を仰いだ。
……ダメだ。
ここでツッコミのMND(精神力)を消費するのは非効率極まりない。
「おい、アイシャ。お前その格好、まさかそのまま試験会場に行くつもりじゃねえだろうな」
「もちろんです、あなた! 私たちの愛の強さを、あの無礼な金髪バカ皇子に見せつけて諦めさせるのです。これぞ完璧なカウンターです!」
ドヤ顔で胸を張るケイコ。純白のベールがフワリと揺れる。
いや、違う。それはカウンターじゃない。
ただの「公開処罰」だ。
一般の受験生から見たら、おれ達はただの「試験会場にウエディングドレスで乗り込んできた、痛すぎるカップル」にしか見えない。
社会的ステータスが死ぬ。
「テルミナ、ルナ。そいつのドレスを剥ぎ取れ。身ぐるみ剥がして普通の装備に着替えさせろ。最悪、シーツでも巻いとけ」
おれが非情なレイドボスのトーンで命じると、部屋の隅で震えていたスタコラシスターズが、悲壮な目を向け、先程よりもさらに速くなった首振りにより、その頭部の残像で向こう側の壁が透けて見えていた。
「おれも手伝う!3人掛かりで押さえ込め!」
―――数十分後。
結局、ドレスのガードが異常に固く(※ケイコが謎の魔力操作でドレスを物理固定していた)、剥ぎ取ることは完全に不可能だった。
妥協案として、ドレスの上から無理やり黒いレザーアーマーをギチギチに締め付け、ベールをターバンのように頭に巻き付けた「世紀末の爆破テロリスト」みたいなよく分からない格好になったケイコを引きずり、おれ達は食堂へと足を運んだ。
出て来た冷めたバンに齧りつく。
うん。味がしねぇ。
宿を後にしたおれ達は、アルカノ魔法学園の正門を目指してへ歩いていた。
もちろん道中は、街の住人からの冷めた目線と、指を指されての嘲笑と、悪意のあるヒソヒソ話に身をゴリゴリ削られながらだ。
スタコラシスターズは100m後ろを歩いている。
お前ら後で覚えとけよ。
―――だが、巨大な大理石の校門をくぐった瞬間。
それまでのふざけた空気は、肌を刺すような鋭い沈黙によって一瞬で掻き消された。
「……ッ」
隣まで歩いて来た泡娘が、短く息を呑む。
それも当然だった。
門の向こうに広がる広大な敷地には、この国の未来を担う一握りの「天才」たちがひしめき合っていた。
漂う空気の密度が、宿のあった下町とは根本から違う。
すれ違う学園生や受験生たちの誰もが、一目で上質と分かる魔導衣を纏い、それぞれの武器や魔導書に手をかけながら、周囲を獣のような鋭い視線で牽制し合っている。
彼らが無意識に放つ魔力のプレッシャーが干渉し合い、大気がチリチリと音を立てて震えているのが分かった。
魔法学園の卒業生は、国家のエリート。
裏を返せば、ここは持たざる者が一発逆転を賭けて、あるいは持てる者がその特権を確固たるものにするために、互いの持てる全てを磨り潰し合う「戦場」なのだ。
学園の敷地は広く、大理石で造られた校舎はエリートの学び舎にふふさわしい荘厳さだった。
さすがに粒が揃ってるな。
基礎ステータスだけで言えば、おれ達より遥かに格上の化け物がゴロゴロいそうだ。
ここはヌルい世界じゃない。
一歩間違えれば、一瞬で圧殺されるガチのファンタジー空間だ。
おれはフッと脳内を戦闘モードへと切り替えた。
「―――待ちかねたぞ、ゴミ虫」
大講堂の前に立ち塞がるようにして、その男は待っていた。
金髪のバカ殿―――普段のその悍ましい言動のせいで完全に忘れていたが、あいつが纏う純白の礼装から放たれる魔力量は、周囲の生徒や受験生たちのそれを完全に凌駕していた。
あいつの背後に立つ空間が、膨大な魔力の歪みによって、陽炎のように不自然に揺らめいている。
その横には、相変わらず一切の光を通さない完全なる虚無の瞳をした近衛騎士。
だが、その佇まいは一分の隙もない一流の暗殺者のそれだった。
バカ殿の視線が、おれの後ろに控えるケイコへと向けられる。
防具の隙間から覗く純白のレース。
その異様な出立ちを目にした瞬間、バカ殿の冷徹な美しい顔が、一瞬だけ限界オタクのそれへと歪みかけた――が。
あいつは即座にそれを押し留め、冷酷な王族の瞳でおれを真っ正面から睨みつけた。
「グフッ……決闘を前に、あえて『婚姻の儀』のドレスをその身に纏うか。我が脳内に降臨せしリアル女神よ、それほどまでに拙者との闘いに、不退転の覚悟で臨むというわけか……。いいだろう。ならば私も、全人類の頂点に立つ者として、最高の礼を以てこやつを蹂躙してやろう」
相変わらずセリフの端々に不穏なオタク構文が混ざってはいるが、その声に宿る威圧感は本物だ。
大講堂の前に集まっていた他の受験生たちが、その圧倒的な覇気に気圧され、一歩、また一歩と後ずさりしていく。
「おい、バカ皇子。御託はいいからさっさと試験を終わらせようぜ。お前の持ってるその『星詠みの魔導書』を毟り取る以外に、お前には何の興味も無いんだ」
おれの挑発を受け、エバストの瞳に獰猛な光が宿る。
「デュフフ、いい度胸だ!この入学試験の『筆記』と『実技』、どちらにおいても私が圧倒的なトップを収め、その後開かれる魔導演武発表会の決闘場で貴様を公式に叩き潰してやる。……精々、試験の途中で絶望して逃げ出さぬことだな」
カチリ、とあいつの背後の空間が凍りつく。
その横で、近衛騎士がおれに向かって、スッと静かにサムズダウン(地獄に落とせ)のサインを送ってきた。
了解だ。
おれは魂の同士へサムズアップで返す。
―――その時。
重苦しい鐘の音が、学園内に鳴り響く。
『アルカノ魔法学園の入学試験がまもなく開始されます』
おれ達の、己のすべてを賭けた戦いの幕が、今ここに切って落とされた―――。
直後、おれの後ろでケイコの身体をギチギチに締め付けていた黒いレザーアーマーのベルトが、彼女のスタイルの良さに耐えかねて、パァン!と凄まじい音を立てて弾け飛んだ。
アーマーの拘束から解き放たれ、大講堂の前にまばゆく広がる純白のウエディングドレス。
そしてあまりの衝撃により、不恰好に頭へ巻かれていたベールが解かれ、まるで計算されたかのように自然と彼女を包み込む。
さっきまでおれ達の覇気に気圧されていた周囲の受験生たちが、一瞬で冷ややかな目へと変化し、哀れみとドン引きの声がそこら中から溢れている。
気がつけば一瞬で遠ざかって他人のフリムーヴをかますスタコラシスターズ。
バカ皇子が「えっ、拙者の目の前でお色直し……!? 尊っ……!」と鼻血を噴き出してその場にカチコチに凝固し、横にいる近衛騎士は完全に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
試験開始前から、おれ達の(社会的)ステータスは完全にゼロになった。負け確だ。
―――クソが、やっぱり解呪が必要なのは身内の方じゃねえかよ!!運営!!!今すぐこの世界をサーバーメンテナンスしろ!!




