2-13 男には避けて通れぬ道があるとかないとか
おれは目の当たりにしたそのあまりにも凄惨な光景が信じられず、脳内の全システムが思考を完全シャットアウトしていた。
もはや1文字のツッコミすら浮かばず、しばらくの間、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
おれの横では、赤顔娘が「まぁ……っ、どうしましょうあなた……っ!」とか、トチ狂ったかのように嬉しそうにブツブツとほざきながら、両手を熱い頬に当て、顔面を真っ赤に発光させながらおれの方をチラチラ、チラチラと盗み見ており、
その背後では、泡娘が口元からブクブクと盛大な白い泡を吐き出しつつも、このキモオタ皇子から赤顔娘を守ろうと、なんとか白目の幽霊のような状態で気絶のデバフに耐え忍んでおり、
さらに隣の地震娘にいたっては、あまりの恐怖と嫌悪感から、珍しく「キシャー――ッ!!」と野生の魔物のように狂暴に吠えながらガタガタと振動させており、
バカ殿はおれ達の反応を完全に無視して次の「早口セリフ」へ向けたアヴァンギャルドなポージングを構築しながら、またしても3分間という貴重な時間をドブに捨てて完全に凝固し、
その横の近衛騎士は、自分の主君を、一切の光を通さない完全なる虚無の瞳で見つめていた。
―――混沌だ。
この世界に来て、間違いなく一番最悪で地獄のような空間がここに出来上がっていた。
あいつがポーズを切り替える次の3分間が経過するよりも早く、なんとか強靭な精神力で意識を回復させたおれは、バカ殿に向かって冷徹に断りの一報を入れることにした。
「……すみませんが。彼女はおれ達の大切な旅の仲間ですので。そのような身勝手なお誘いは、申し訳ないですが100%お断りさせて頂きます」
おれがガチトーンでそう告げると、バカ殿はシステムログが書き換わったかのようにスッとポーズを変更。
おれの方を人差し指で上空からビシィッと鋭く指し示しながら、冷酷な目で睨みつけてきた。
「貴様、この気高き美の化身たる私が彼女、いや、我が脳内に降臨せしリアル女神を直々に誘っているのだ。全人類の頂点に立つこの私に対し、ゴミ虫風情の貴様が気安く話しかける許可を与えた覚えは一切無い」
相変わらず、男に対してだけはテンプレート通りに無駄に厳しい態度を取ってくる。
―――どうしようかな……。
このまま強制的に包囲を突破して逃げ切るか……?
おれが途方に暮れていると、隣にいた赤顔娘が、何を血迷ったか突如としておれの右腕を両手でギュッと我が物顔で抱き抱え、バカ殿に向かって凛とした声で堂々と宣言しやがった。
「お引き取りください、殿下! 私は、神に誓ってこの方の『妻』です!! したがって、私があなたのものになることは、今世はおろか来世に至るまで金輪際絶対に御座いません!!」
―――このクソバカァァァッッーー!
余計な油を火の中に注ぐんじゃねえ!
おれは腕を抱きしめてきている赤顔娘の顔をキィッ!と鋭い殺意の眼光で睨みつけた。
すると、赤顔娘は誇らしげにどや顔を決め込み「これでいいんですよね?」とも言いたげな顔で潤んだ瞳で熱烈におれのことを見つめ返していた。
―――あーダメだ。
こいつのあだ名は、これからKY娘に変わりました。
「ヒュッ……!? ぶ、ぶひぃぃっ!?」
おれ達の既婚(※ただのアイシャの拡大解釈)の宣告を受け、バカ殿の身体がブルブルと激しく震え始めた。
あいつの顔面グラフィックが、一瞬にして限界オタクのそれへと完全変形していく。
「い、今なんと……なんとおっしゃいましたかなお嬢さんんんん……!? いやいやいや、おかしいでしょwww 待って待って、拙者ことこの美の化身たる高貴な皇子様が、一目惚れしたお嬢さんに秒速で夫持ち(人妻)宣告されてフラれるとか……コポォッ! 完全に世界のシステムバグ、あるいは『前世の記憶』がバグって異世界の因果律が歪んだ類では??
デュフフwww ちょ、そんな冷たい目で、完全にゴミ虫を見るようなゴミを見るような冷徹な眼光で拙者を見るの、ぶっちゃけご褒美すぎて脳汁がドバドバなんですけどー!? いやこれマジでドMの新たな扉が開きそうなんですわwww
っていうかさぁ! この鏡を見るたびに世界が震えるレベルの超絶イケメン拙者を振るとか、お嬢さん、逆張りにも程があるって言わざるを得ないよね!? 逆にセンスあるわー! 拙者の顔面ステータス、完全にカンストしてて【魅了】のパッシブスキルが常時発動してるはずなんですけどぉ!?
お嬢様待望の『イケメン王子による溺愛ルート』だよ!? あ、もしかしてこれ、小説でよくあるいわゆる『メインヒロイン確定ルート』のツンデレイベントってコト!? もしくは拙者を『ざまぁ』した気になってる闇堕ち系ヒロインの不穏なムーブ!? そうだよね? そうに決まってるよねぇぇ!? んあぁぁぁぁお嬢さん尊いよぉぉぉ、ペロペロさせろとは言わないからせめてギルドカードのIDだけでもぉぉぉぉ!!」
一息で早口言葉の限界に挑戦するバカ殿を見て、おれはもう手遅れになったことを観念する。
あー、クソ!! ―――仕方ない。
どうせ強制イベントに巻き込まれるんだったら、前世であいつがストーリー報酬として持っていた、あの『魔術師系の最強ぶっ壊れレアアイテム』を手に入れるまで、この残念ハイスペック皇子の遊びに付き合ってやるか。
おれは覚悟を決めると、腕を絡めてきているケイコの細い肩へと右手をガシッと力強く回し、彼女の華奢な肉体を、おれの胸元へと強引に引き寄せた。
ケイコから「ふわぁわぁわぁわぁわぁっ!?」とか聞こえるが、無視だ。無視。
密着させられたケイコの頭頂部から、シュウウウ……と本物の蒸気が立ち上るような音を聞きながらおれはバカ殿に向け、悪役ムーヴを敢行する。
「こいつはおれの人生を懸けた大切な女なんどぅあ!悔しかったらおれを倒してみろぉい!」
直後、バカ殿は隣の地震娘を凌駕するレベルの、凄まじい全身バイブレーションでワナワナと震えた後、再び3分間のドブ捨てポージングを完璧にキメてから、おれに向かってこれ以上ないほどの大音量で叫んだ。
「貴様に―――神聖なる学園の決闘を申し込む!!!」
「受けて立つ!!!」
最高に美味しい報酬確定演出を頂きました―――




