2-4 アクロバティックアーチェリー(ボウ=カタ)
おれはアイテムボックスから弓を取り出し、弦のわずか手前からアイテムボックスの空間へ手を入れ、5本の矢を引き抜くと同時に弦を引き絞り、弓全体で左フックを放つように円弧を描きながら一気に矢を放つ。
ヒュパパパパンッ!
と夜の静寂を切り裂いて放たれた五連の閃光。
それらは文字通り一瞬で、先頭の馬上にいる首領の周囲を固めていた野盗5人の肩へと正確無比に撃ち込まれた。
落馬する者、激痛で地面をのたうち回る者、そのすべてが完璧に行動不能に陥る。
よし。先頭集団がこの状態だ。
これで全体の進行は強制的にストップするはず。
命令を下す一番の親玉だけは生かしきりの状態で残し、おれはそのまま音もなく森の暗闇へと姿を消した。
背後から「し、襲撃だぁぁー!!」という野盗たちの血の気の引いた絶叫が響き渡る。それを耳にしながら、おれは冷徹に次の最適行動のチャートを起動した。
さてと。まずはお約束通り、連中の『目を潰す』としますか。
おれは気配を消したまま森の木々を滑るように移動し、アイテムボックスから取り出した水袋を矢の先端に取り付ける。
狙うのは、暗闇の中で松明を掲げている約30の光点だ。
「うわぁぁ!」とか「なんだ、どこから飛んできて――」とかいう大混乱のただ中で、暗闇の中に自ら『的』として浮かび上がっている光を射抜くなど、廃人のエイムからすれば赤子の手をひねるより容易い。
おれはわずか2分足らずで、街道に灯っていたすべての火を完全に消し去ってみせた。
―――よし、舞台は整った。
おれは暗視スキルを発動する。
視界が一気に緑がかった明瞭な世界へと切り替わった。
ここからは一方的な蹂躙ゲームの開始だ。
まず、村の人たちを人間の盾にされる最悪の展開を防ぐため、牢馬車の周囲を警戒していた野盗たちに向けて、先ほどと同じ変則五連射を容赦なく叩き込んでいく。
一射ごとに正確に5人が無力化されていく目に見えない恐怖。
そして、あえて急所を外され、死ねずに激痛で叫び声を上げ続ける仲間の悲鳴が、暗黒の街道をさらなる底なしのパニックへと叩き落としていく。
おれは3射ほどして周囲の包囲網を薄くした後、その大混乱の渦中へと自ら正面から紛れ込んだ。
一人また一人と、野盗の懐へ影のように肉薄し、至近距離から肩口へと矢を突き刺していく。
「て、てめぇか、襲撃者は!」と、おれの微かな気配を捉えて剣を振り下ろしてくる野盗もいた。
だが、わずかな月明りしかない薄暗い闇のなか、正確な狙いも定まらないそんな鈍すぎる剣速が、おれのステップを捉えられるはずもない。
おれは刃を紙一重でかわし様に相手の懐へと滑り込み、手に持った矢の先端を、相手の左右の膝へと2箇所ずつ瞬時に突き刺した。
はい、残念。
こういう完全な暗闇の時はさ、味方への同士討ちを恐れずに、めちゃくちゃに剣を振り回した方がまだおれに当たる確率が上がってマシだったかもよ?
心の中でそんなアドバイスを送りながら、二度と武器が握れないように、目の前から相手の肩へと矢を深々と打ち込んだ。
襲撃を敢行しながら街道を文字通り横切り、今度は反対側の森の斜面から再び五連射を何度も放つ。
そしてまたパニックに陥った集団のど真ん中を切り裂きながら道を往復し、真逆の方向から矢の雨を降らせる。
左右どちらの暗闇からも同時に攻め立てられているこの絶望的な状況。
野盗たちからすれば、自分たちが一体どれほどの大規模な軍勢に包囲され、森の中から狙撃されているのか、その正体も規模も分からず、さぞかし狂いそうな恐怖に直面していることだろう。
そうなってくると、心理的な最終防衛本能により、彼らは指示を受けられるよう、首領の声が聞こえる方へ向かい、その首領の周りを固めるようにして一点へとすり鉢状に集まっていく。
そして、いつ、どこから飛んでくるかも分からない見えない矢に怯えながら、完全にその場から身動きが取れなくなってしまうのだ。
よしよし、いい子だ。
すべておれの作戦チャート通りだな。
連中が恐怖で硬直しているその隙に、おれは街道のあちこちで肩や膝を押さえてのたうち回っている野盗たちの顎を片っ端から容赦なく蹴り上げ、1人ずつ確実に気絶させていった。
「侵入者はどこだ! 姿を現しやがれ!」という首領の悲痛な大声が遠くから聞こえる中、おれは馬車の周囲の安全が完全に確保されたことを確認すると、即座にメイン職を盗賊へと転職し、ガチャリと音を立てて牢馬車の鉄格子の鍵を鮮やかに開錠していった。
暗闇に怯えて震えていた村の獣人たちに対し、口元に右手の人差し指を立てるジェスチャーをしてみせ、ある小さな女の子に、みんなを助けてほしいと頼まれた事を伝える。
おれがそれをボソボソと告げると、集団の中から「えっ!?」と驚きながら、一人の女性がボロボロと涙を流しておれの方へと駆け寄ってきた。
「あ、あの娘は……あの娘は無事なのでしょうか……っ!?」
その必死な形相からして、おそらくあの獣人の女の子のお母さんなのだろう。
「大丈夫。おれ達の仲間と一緒に、安全な場所で皆さんの帰りを待ってるよ」と伝えてあげると、彼女は心の底から安心したのか、その場に崩れ落ちるようにして再び泣き出してしまった。
とりあえず、今は彼女を慰めている時間も惜しい。
おれは「一緒にもう一台の馬車まで付いてきて」と声をかけ、隣に並んでいたもう一つの牢馬車の鍵も一瞬で解除した。
村人全員を、街道の最も安全な最後尾スペースへと一箇所に集めた。
村の代表だという初老の獣人から、「お、お救いいただき感謝いたします……。我々はこれから、一体どうすれば……」と不安そうに問われたため、おれは前方の闇を見つめたまま答えた。
「すぐにすべて終わらせて戻ってくるから、みんなはここで大人しく待っていてよ」
おれはメイン職を槍士へと転職し、新調したばかりの鋼の長槍を流れるような動作でアイテムボックスから引き抜き、それを鋭く構えて前方の闇へと歩き出した。
村長が「あ、貴方はこれからどこへ行くのですか!?」と驚いたようにその背中に問いかけてきたため、おれは顔だけをすっと後ろへ振り向かせ、廃人としての完全なる勝利を確信しながら、不気味に笑い、不敵に答えた。
「―――完クリです」
街道の前方に固まって陣取っている野盗の元へと歩みを進めると、おれの矢で負傷した怪我人も含めて、まだ五体満足な戦闘員が40人ほど、首領の馬を取り囲むようにして冷や汗を流して身構えていた。
暗闇の向こうから、槍を肩に担いだおれが平然と一人で歩いてくる姿を目視し、馬上から首領の大男が怒鳴り散らすように叫んできた。
「だ、誰だお前はァァ!! 一体何人の仲間を森に潜ませてやがる!?」
「ん? 仲間? ……いや、おれ一人だけど?」
「嘘をつくなぁぁ!! そんなバカげたことがあるわけ――……え? いや、本当に……本当にお前一人だけなのか……っ!?」
おれがとぼけたフリもしてない様子を見て、首領はみるみるうちにその顔を引きつらせ、あまりの不条理さに信じられないといった様子で何度も同じ質問を繰り返してきた。
おれはただ、無言のまま、静かにコクりと頷いてみせる。
「お、お、お前は一体……何者なんだ……っ!?」
恐怖に声を震わせる悪党の親玉。
おっ、これはあのセリフを言うチャンスか……?
ん、ん、んんっ。あー、あー。マイクテスト、よし。
「おれか? おれは趣味でヒー○ーをやってる者だ」
マントはないけどね―――。




