2-3 どんなに困難な勝利でも、そこに希望があるのなら
無事に3人の盗賊の転職フラグを回収し終えたところで、本日はいったんこの最弱ダンジョン前で夜営をすることにした。
パチパチと薪が爆ぜる焚き火の周りで、3人娘達は今日のレベリングの成果について、実に楽しそうに談笑している。
……まぁ、こういう賑やかな夜営っていうのも、意外と悪くないもんだな。
おれは少し離れた大木の根元に腰掛け、夜風を浴びながら手元で黙々と生き物への「餌やり」に没頭していた。
これは調教師の習コツで、スキル口笛で呼び寄せた周囲の野生動物たちに特定の餌を与えることで、戦闘をせずとも安全に習熟度を蓄積できる。
ふと横を見ると、赤顔娘もお喋りをしながら、口笛に釣られて集まってきた足元の可愛いイタチや、肩にちょこんと乗ったリス、膝の上で目を細めるムササビ、横に大人しく寄り添うシカ、そして腕に静かに止まっているフクロウたちに優しくエサを分け与えていた。
―――相変わらず、異常なほど動物にモテるやつだな。
あれか? 君は前世の童話に出てくるデ○ニーのプリンセスか何かですか?
対照的に、おれの足元を見てほしい。おれの周りには、泥に塗れたドブネズミ、不気味なトカゲ、這い寄るカエル、大木の裏に止まった大量のコウモリ、そして珍しいところでおぞましい数のカマドウマ(便所コオロギ)が真っ黒な塊となって群がっていた。
あれか? おれはホラー映画の召喚術か悪霊の類か何かですか?
美しい薔薇の園と、ジメジメとしたペンペン草の生い茂る墓場ほどの圧倒的な格差。
おれはカマドウマに餌を投げながら、異世界固有の隠しステータス補正の理不尽さに涙目で内心のツッコミを炸裂させていた。
美味しい夕食も終わり、そろそろ寝るためのテントの準備でも始めようとした、その刹那だった。
―――ガサガサガサッッ!!!
突如として、背後の暗い草むらが激しく揺れ、何かが猛烈な勢いで飛び出してきた。
「――っ! モンスター!?」
すぐさま腰の得物に手をかけ、一瞬で臨戦態勢を取る3人娘たち。
だが、おれは事前にメイン職を切り替えながら、広範囲に気配察知を常時展開していたため、その飛び出してきた正体の生体データを最初から完全に把握していた。
おれ達の張り詰めた視線の先に現れたのは、モンスターなどではなく、獣の耳と尻尾を生やした、およそ5歳くらいの小さな獣人の女の子だった。
夜の暗い森を死に物狂いで駆け抜けてきたのだろう。
その小さな服はあちこちが鋭い枝で汚れてすり減り、肌には無数の引っかき傷が痛々しく刻まれていた。
少女は大きな瞳からボロボロと涙を溢れさせながら、一番近くに座っていた不審者の存在を完全にスルーし、赤顔娘の元へと吸い寄せられるように飛び付き、その細い腰に必死になってしがみついた。
「お、お願い……っ! たすけて……っ! みんなが、みんなが連れてかれちゃうの……っ!!」
アイシャが優しく抱きしめて落ち着かせ、途切れ途切れの言葉から事情を聞き出す。
どうやら彼女の住む隠れ里のような村に、突如として武装した大量の人間たちが押し寄せ、住人たちを一人残らず力ずくで連れ去ってしまったらしい。
少女の両親は、襲撃の瞬間に機転を利かせ、少女を狭い物置の奥へと隠してくれたお陰で見つからずに済んだみたいだ。
賊が去った後、命からがら助けを求めてこの森を走ってきたのだと、震える声で一生懸命に説明してくれた。
なるほど。……どれ、ちょっとシステム的な索敵範囲を最大まで広げて確かめてみるか。
おれは目を瞑り、脳内のレーダーをさらに遠方へとスキャンしていく。
すると、ここから北西に約8キロメートルほど進んだ、山道の街道沿いを移動している集団を捉えた。
鉄格子の檻が設置された大型の輸送馬車に入れられ、家畜のように連行されている村の住人たちが、計58名。
そして、それを取り囲むようにして、武器を帯びて警戒にあたっている――おそらく大規模な『野盗』だと思われる戦闘員が、全部で102人。
―――中々の人数だな。
ただの泥棒にしちゃあ規律が取れすぎている。
裏にどこかの大きな非合法組織でも絡んでいるかもしれないな……。
おれが脳内で戦力の計算を行っていると、赤顔娘がスッと凛々しい顔つきで立ち上がり、腰のミスリル長剣の柄を握りしめた。
「すぐに出発して、彼女の村の人たちを助けに向かいましょう!」
「そうよ! 悪党どもの好きにさせるもんですか!」
と、泡娘も即座に武器を構えて同調し、地震娘も「うんうん」と頷いている。
おれはそんな熱い正義感に燃える3人娘達の前に立ち、片手をすっと上げて彼女たちの進軍を冷酷に制止した。
アイシャが信じられないものを見るような目で、おれを鋭く睨みつけてくる。
「なぜ止めるのですか!? 現に今も、彼女の家族や村の人たちが理不尽な悪党に囚われて困っておられるのですよ!」
「アイシャ。お前は人質を取った状態の武装した対人戦において、一度に何人まで同時に相手を出来る?」
おれが淡々と問い詰めると、彼女は一瞬言葉に詰まりながらも、誇り高きAランク冒険者としての実力を口にした。
「……これでも現役のAランクです。人質の安全を最優先の前提としても、30人程度までなら、私の剣技で即座に片付けてみせます!」
「その3倍以上だ」
「えっ……?」
「ここからちょうど8キロメートル先を進んでいる、連行されている住人が58名。そしてそれを囲んでいる野盗と思われる人間の数は――全部で102人だ」
おれが脳内ログの正確な数値をそのまま伝えると、アイシャは「102人……っ」と絶望的な数に言葉を失い、その場に力なく立ち尽くして俯いてしまった。
横にいた泡娘も「ちょっとあんた……なんでそんな、見たこともない8キロも遠くの正確な人数が分かるのよ……」と、おれのバケモノ染みた索敵能力に少し口から泡を出しながら呟いていた。
重苦しい沈黙が広場を支配する。
だが、わずかな逡巡の後、赤顔娘はキッと鋭い闘志の宿った瞳を再びおれへと真っ直ぐに向けてきた。
「……それでも! 助けられる可能性が、1パーセントでも残されているのであれば、私は見捨てるわけにはいきません! 向かいます!」
その後ろで、スタコラーシスターズの2人も「うん、うん!」と拳を握りしめ強く頷いている。
……はぁ。やっぱりそうだよな。
お前達なら、絶対にそう言うと思ったよ。
正義感の塊みたいな真面目ちゃんと、農家の兄ちゃんなんかを命懸けで護ろうとしたやつらなんだ。
目の前の命を見捨てるわけがないのだ。
―――仕方がない。
「ダメだ。お前たちでは危険すぎる。大人しくここに残って、その子の面倒を見るんだ」
「そ、そんなっ……! どうして助けに行かせてくれないのですか! 見殺しに――」
「―――おれが1人で行く」
あ、しまった。
また彼女が熱弁を振るっている最中に、言葉を途中で遮って喋ってしまった。
現実世界の恋愛シミュレーションなら一番嫌われるやつだ。
後で怒らないでね。
おれは少しの説明の後、彼女たちの呆然とした視線を背中に浴びながら、革鎧の紐をきゅっと締め直すと、夜の闇が帳を下ろす森の奥へと、一瞬にして音もなく消えていく。
―――よし、追いついた。
おれは森の中をシステム的な直線ルートで最短爆走し、幾度となく気配察知を繰り返して山を駆け抜けた。
移動開始からわずか数十分、おれは街道を塞ぐように進む野盗達の巨大な軍勢を、ついにその視界へと捉えることに成功した。
おれは一度、職業を狩人へと切り替え、遠視スキルの鷹の目を発動。
大木の影から静かに連中の情報を観察する。
住人たちが家畜のように詰め込まれた檻の馬車が、前後に2台、縦に並んで街道を進んで、その周囲の前後左右を、100人を超える野盗の戦闘員が隙なく囲み、突発的な襲撃に備えて武器を抜いて警戒にあたっていた。
そして、その集団の先頭。
おそらく全体の頭目だと思われる、一際豪奢な鎧を着た大男が、馬の背に揺られながら周囲の部下たちへ大声で指示を出しているのが見えた。
……配置は把握した。
おれは気配を完全に消したまま、馬車が進む街道の横の斜面を、草木をすり抜けるようにして高速で先行する。
連中の移動速度を遥かに上回るスピードで先回りし、集団の完全に前方へと回り込んだ。
誰もいない、月明かりに照らされた夜の街道。
おれはその道路の中央に、ポツンと一人、微動だにせず直立不動の姿勢で立ち塞がり、ヤツらの軍勢がこちらへ近づいてくるのを静かに待った。
それから1分ほどが経過した頃。
馬の蹄の音と不穏な車輪の音を響かせながら、野盗達の先頭集団が、おれの存在を目視でハッキリと確認できる位置までやってきた。
暗闇の街道の真ん中に、見たこともない革鎧の男が一人で立ち塞がっているのを発見し、先頭の野盗の一人が、威嚇するように剣を突き出して大声で叫んだ。
「おいっ!? お前はどこの馬の骨だぁ、そこを退けッ!! どかねぇと、多々っ殺すぞコラァ!!」
おれは、その怒鳴り散らしている小物のザコには目もくれず、馬の上から目を見開いている首領の大男の顔を真っ直ぐに見つめながら、廃人の絶対的な全能感を込めて、ハキハキとした良い笑顔でこう応えた。
「どうも皆さん、初めまして。
――――――では、さようなら」
久々の集団対人蹂躙ゲームの開幕だ!




