2-2 力が欲しいか?ならくれてやろう
昼食を摂るために一度街道の路肩に馬車を止め、小休止を取ることにした。
遠くに見えるのどかな景色とは裏腹に、馬車の周辺には相変わらずピリピリとした空気が漂っている。
だが、そんなものをいちいち気にしていてはレベリング効率が落ちるだけだ。
おれは集まった3人――赤顔娘と、さっきから「スタコラーシスターズ」と脳内命名した泡娘&地震娘を前に、これからの大まかな移動予定と、彼女たちの詳細な育成方針について淡々と話し始めた。
おれが口を開くや否や、案の定、泡娘が「はぁ!? 何でそんなことしなきゃいけないのよ!」とか、「そんなの出来るわけないでしょ!」と、再びボリュームMAXの怒声を撒き散らし始めた。
お前は叫んでないと息が出来ない病気か何かなのか?
「とりあえずこれを指に嵌めて、おれの言う通りにしてくれ」
叫び続ける泡娘の口を物理的に黙らせる意味も込めて、おれは自分の指から取り外した転職の指輪を彼女の鼻先に突きつけた。
泡娘は「な、何よこれ! 私をアイシャみたいに邪神の手先に誘惑しようって言うの!?」と相変わらず電波な悲鳴を上げていたので、おれは説明の手間を省くため、一度赤顔娘に指輪を渡して実演をしてもらうことにした。
アイシャの身体を淡い神秘的な光が包み込み、一瞬にして職業が切り替わる。
「ほら、このように念じるだけで、神殿に行かずとも一瞬で転職が完了しますの。とても簡単でしょう?」
アイシャが聖母のような笑顔で優しく解説する。
目の前で起きた不条理な光景に、泡娘は言葉を失い、しぶしぶといった様子で指輪を受け取ることを了承した。
だが、おれが指輪を渡すために彼女たちへ一歩近づいた瞬間、そのすぐ横に座っていた地震娘が「ひゃぅっ!?」と短い悲鳴を上げ、泡娘の背中に全力で引っ付きながら、ガタガタガタと凄まじいバイブレーションで揺れ出した。
……これ同意して連れて来てるよね?
誘拐なんてしてないよね?
振動で手元が狂いそうになりながらも、なんとか泡娘の指に指輪を嵌めさせることに成功した。
おれは彼女に対し、転職条件が必要ない基本職――剣士、槍士、戦士、そして武道家の4つへそれぞれ転職するように指示する。
半信半疑の泡娘は、「これで私も邪神と血の契約を結ばされるのね……」とか不穏な独り言をブツブツと呟いていたが、おれの指示通りにまずは剣士への転職を開始した。
フゥン……と淡い光が泡娘の華奢な肉体を包み込んでいく。
光が収まった瞬間、泡娘は「えっ……!?」と驚愕の表情を浮かべて自分の手を見つめた。
自分の身体の隅々を見回して確認した後、彼女は「と、とりあえず、まだ人間の意識は保たれているわね……」とまだぶつぶつ言っているので、おれは容赦なく次への転職を指示する。
「分かってるわよ!」と相変わらずの悪態をつきながらも、泡娘はおれの指示通りにそれぞれの初期職へと次々に転職。
ステータスボーナスをきっちり回収し、最後は元々の斥候へと再就職をしてもらった。
おれはここらで少し、リアル異世界のシステム的な検証をするべく、泡娘に「転職する前に比べて、筋力や身のこなしの体感がどう変わったか」を尋ねてみることにした。
4職の重複加算により、STRに関しては一気に『8』も跳ね上がっているのだから当然すぐに自覚できるはずだ。
問題は、上昇値がわずか『3』に留まるAGIの数値を、彼女の元々の基礎パラメータからの上昇率で、どれほど肉体的に恩恵として感じ取れているかだな。
「な、なにこれ……! こ、こんなの、嘘よ……っ!」
泡娘は自分の装備している短剣の重さを確かめると首を傾げ、さらに馬車からテントなどの重い野営用具をひょいっと取り出してその軽さに驚愕し、最終的には、隣に座っていた地震娘の細い脇腹を両手でガシリと掴み、彼女の身体を天高くへと持ち上げて息をしていた(叫んでいた)。
不意にリフトアップされ、恐怖のあまり白目を剥いて脱力している地震娘が少し哀れである。
その後、素早さの確認のために馬車の周囲の街道を少し全力疾走してもらったところ、「確かに、前より少しだけ身体が軽くなって、足の運びが滑らかになっている気がするわ……」と、変化を実感している様子だった。
まぁ、基本職の熟練度☆1の重複分の恩恵なんて、数値が見えない現地人からすればその程度の体感だろう。
はい、そこ。
これは邪神の呪いとか暗黒の恩恵じゃありません。ただの効率的な『仕様』です。
よし。
それじゃあ次は、地震娘――君の番といこうか。
転職の指輪を渡そうと地震娘に歩み寄ると、彼女はまだ目の前の結果がまだ信じられておらず、近付くおれに最大震度を叩き出しながら、静かに口を三日月に開き、乾いた笑いを口から紡ぎ出した。
―――処変わって、Hランクの初心者ダンジョン前。
道中で赤顔娘から指導を受けた地震娘の、初期職4種重複レベリングも無事に終わらせたおれ達は、本来の魔法国への遠征ルートから少しだけ道を逸れてもらい、かつておれが盗賊の転職条件を達成した、あのジメジメとした最弱の洞窟へとやってきていた。
ここで、泡娘――そしてついでに他の2人にも、盗賊の転職解放条件を満たしてもらう。
まずは現役の斥候職であり、スキル罠感知を持っている泡娘に先行してもらい、ダンジョン内の安全なトラップを解除しながらノルマを満たしてきてもらう算段だ。
彼女が攻略している間に、おれは残りの2人に罠の配置データと道順を解説すれば効率が良い。
おれは泡娘にピッキング用の鉄針を渡し、簡易的な宝箱の解錠方法を早口で説明する。
そして、念のために最深部屋にある隠し扉の説明と、その奥にある宝箱の説明も付け加えた。
―――それから、約小一時間後。
「ふぅ……。言われた通りの条件、全部クリアしてきたわよ」
無事に盗賊の転職条件を満たした泡娘が、少し汗をかきながら洞窟の奥から帰還した。
期待していた転職の指輪が入っていたはずの隠し宝箱は、やはり空っぽだったみたいだ。
残念。そうそうこの世界に美味しい無限増殖のバグ技は転がっていないか。
「よし、それじゃあ、次はルナ。君の番だ」
ステータスが重複加算されて、少し自信がついたのだろうかおれが転職用の武器として安物の短剣を手渡した時、驚くべきことに、地震娘の華奢な両手はもう一切ガタガタと震えていなかった。
凄まじい精神的成長だ。
感動のあまり、おれの心臓の方が逆に動悸で震えそうである。
彼女はおれから受け取った短剣の柄をぐっと力強く握り締めると、意を決したようにダンジョンの闇に向かってトボトボと歩き出した。
そして、入り口の手前でふと足を止め、こちらに向かって真っ直ぐに振り返った。
「―――私……が、頑張ってきます……っ!」
夕暮れの静かな洞窟の前に、蚊の鳴くような、しかし芯のある綺麗な声が響く。
――――――おら、オメエのまともな声を、初めて聞いたっぞ!!




