1-3 初めての転職
「本当に、大変お世話になりましとぅわッ!!」
おれは留置所の看守らしき人物に向かって、何度も何度も直角に近い角度で頭を下げていた。
無事にシャバの空気を吸えた喜びのあまり、声の裏返った奇妙な挨拶になってしまったのはご愛嬌だ。
しかし看守は、おれの方を薄気味悪いものでも見るように一瞥しただけで、絶対に目を合わせようとはしなかった。
「もう……本当にもう、2度とここには来ないでくれ……」
それだけを絞り出すように呟くと、蜘蛛の子を散らすような足早さで留置所の奥へと引っ込んでしまった。
あれ? おかしいな。
こういう釈放の時って、「もう悪さすんなよ」とか「これからは真面目に働けよ」とか、頼れるベテランお巡りさん的な良い笑顔で送り出してくれるもんじゃないのか?
一体おれの何が悪かったんだ。
……あ。一晩中タイホされて手を縛られた状態のまま寝ることもできず、今後の神がかった育成計画を口に出してブツブツブツブツと独り言をのたまっていたのが、そんなに煩かったんだろうか。
まあ、いい。終わったことは気にするな。
切り替えの早さは廃プレイヤーの美徳である。
とりあえず昨日、あの極寒の独房で練り上げた完璧なスタートダッシュ計画を勧めよう。
まずは神殿で転職だ。
おれはいてもたってもいられなくなり、小走りで神殿のある方角へと向かった。
ゲームの画面越しにしか知らなかった中世ヨーロッパ風の美しい街並みが、軽快に視界の後方へと過ぎ去っていく。
ずっとゲームの中で見慣れていたはずの景色なのに、肌を撫でる風の冷たさ、漂うパンの香り、石畳の凹凸――そのすべてがリアルで、胸のワクワクが止まらない。
今度ゆっくり街並みを観光しよう、などとキョロキョロしながら進んでいたら、いつの間にか目的地の神殿のすぐ近くまでたどり着いていた。
「あー……! この洗練されたグラフィック(造形美)よ……! ゲームのまんまだ!!」
なんて感動的なんだ。
景色を見に海外旅行へ行く人たちは、きっとこんな感動を味わうために高い旅費を払っているのだろう。
うほっ、最高!
――っと、まずいまずい。
この感動のままに広場でまた怪しいステップ(踊り)を披露するわけにはいかない。
昨日学習したばかりの前科を増やしてどうする。
おれはすっと真顔に戻り、早速中へと足を踏み入れた。
神殿の内部は、巨大なモスクか大宮殿のようで、静謐でとても厳かな雰囲気が満ちていた。
おれは受付のような場所へ向かい、事務的に「転職がしたい」旨を伝える。
すると、準備をするので指定の場所で待つようにと、冷徹な美人受付嬢に促された。
しばらく待っていると、教皇のような豪奢な法衣をまとったお爺さんが、神殿の中央に鎮座する女神(?)像の前へとやってきた。
受付嬢に名前を呼ばれ、おれはその像の前まで進み出る。教皇っぽいお爺さんの前で跪くように指示を受けた。
「では、どの職業に就くか、希望を教えてくれたまえ」
おれは背筋を伸ばし、淀みなく答えた。
「はい。剣士、槍士、戦士を先に就き、最後は武道家に転職をお願いします」
おれがそう告げた瞬間、お爺さんも受付嬢も、完全に時が止まったかのようにキョトンとした顔でおれを見つめてきた。
あれ?
何か作法を間違えたか? 異世界の転職接って土下座みたいな格好が必要だったりするのか?
「あ、失礼しました。こうですかね」
両手両膝を床につき、おでこを大理石の地面に擦り付けようとしたその時、慌てた様子で受付嬢が止めに入ってきた。
「いやいやいや! そうではありません! あまりにもあなたが奇妙なことをおっしゃられたので、少し困惑して固まってしまっただけです! ……あなたは、本当に、その内容で転職なさるのですか?」
受付嬢がまるで未知の生物を見るような目で、逆にビックリするようなことを聞いてくる。
おれは頭の上に大量の疑問符を浮かべたまま、もう一度ゆっくりと繰り返した。
「はい。剣士、槍士、戦士はどの順番でも構いませんが、それぞれに転職し、最後は武道家への転職でお願いします」
お爺さんと受付嬢は、もう一度顔を見合わせて「マジかこいつ」と言いたげに視線を交わしている。
今度は、お爺さん教皇の方が、諭すような口調で問いかけてきた。
「お前さん本当にそんな事をするのかい?
お布施は転職した回数に応じて頂く事になっておるゆえ、4度も転職すればその分お金が掛かってくることになるのじゃが」
「ええっと、そのつもりでいますが……何かシステム的な問題でもありますか?」
おれがそう答えると、再び見つめ合うお爺さんと受付嬢。
ちょっと、何その微妙なリアクション。
おれは首を傾げたまま、不穏な空気の中で硬直してしまう。
「まぁお主がそうしたいなら何も言わんよ。ただ別に最後に武道家になるんじゃったら何の為に剣士等を経るのか意味が判らんかったのでな」
――えっ?
――ちょっと待て。
何を言ってるんだ、このお爺さんは。
このゲームのシステムは、ただその職業に「転職するだけ」でも、莫大な恩恵(ステータス底上げ)が受けられるはずなのに。
このゲームにおける職業には、それぞれ【ルーキー】、【ノーマル】、【エリート】、【エキスパート】という熟練度のランクが存在する。
そして、その職業に就いた瞬間(=熟練度☆1のルーキー)、少なくともそのルーキー分のステータス向上ボーナスは永続的に加算される仕様だ。
例えば、基本職の【剣士】を例に挙げると、こうだ。
剣士
熟練度☆1 ルーキー
熟練度☆2~4 ノーマル
剣豪
熟練度☆5~☆7 エリート
剣聖
熟練度☆8~☆9 エキスパート
さらに、最終の☆10にすることで、その職業はマスターランクとなるのだ。
転職の儀式を執り行うだけで、自動的に熟練度☆1(ルーキー)は習得扱いとなる。
そのため、少なくとも剣士の☆1の初期スキルと、ステータス上昇分である
STR2 DEX1 VIT1 AGI1 INT0 MND0 LUK0
は、その後に別の職業へ変えようが、プレイヤーの基礎ステータスにしっかり反映(永続加算)されるはずなのだが……。
……まさか、このリアル異世界は、原作ゲームと「仕様」が違うのだろうか……!?
「それでは、転職の儀式を始めるぞ」
おれが脳内パニックを起こして混乱しているのを置き去りにして、無情にも転職の儀が開始されてしまった。
――まずい、まずいぞ。
もし前世の仕様と違って、ステータスが重複加算されないのだとすれば、おれはお布施を文字通りドブに捨てただけの「ガチの残念な人」になってしまう。
それどころか、これからの最強最速育成計画の前提が、根底から大崩壊してしまうのだ……!
おれはただ、心の中で神(仕様)に祈りながら、4回分の転職エフェクトが通り過ぎるのを待つしかなかった。
「―――転職は無事完了した。そなたはこれから【武道家】として、その拳の道を歩むが良い」
セリフのテンプレ具合だけはゲームと一緒だな、などと現実逃避気味に思いつつ、おれは「もし仕様が違ってたら、またすぐにあの留置所にお世話になってやるからな」と、引き攣った顔で口を尖らせていた。
4回の転職が終わってしまった。
おれは恐る恐る、自分の運命の命運を分ける結果を確認するべく、祈るようにあの言葉を呟いた。
「……ステータス、オープン」
――頼む。
――頼む。
――頼むからゲームの仕様通りであってくれ……!
おれはぎゅっと目を瞑って祈り、心臓の爆音を聞きながら、目の前に展開された半透明の画面を見るために、ゆっくりと、瞼を開けた。
アキヒロ
HP : 50/50(+40) MP : 10/10 SP : 60/60(+50)
STR : 9(+8) DEX : 6(+5) VIT : 5(+4)
AG I : 4(+3) INT : 1 MND : 1 LUK : 1
【職業】
武道家☆1(0/10) NEW
【職業履歴】
剣士☆1(0/10) NEW 、槍士☆1(0/10) NEW 、
戦士☆1(0/10) NEW
【スキル】
スラッシュ NEW 、シングルスラスト NEW 、ラッシュ NEW 、正拳突き NEW
【所持金】
14000ゴールド
「っっっっっしゃゃゃゃあぁぁぁーーー!!!!
コンニャローーー!!!!!!」
神殿の厳かな静寂を、おれの勝利の雄叫びが木霊した。
そして、この直後、神殿で大声を出しながら奇妙なポーズでガッツポーズをキメたおれは、受付嬢の手によって再び衛兵を呼ばれるかどうかの瀬戸際に立たされるのだが――
それはまた別のお話である。




