1-2 決意とは胸の内に秘めるもの
さて、冷たいベッドの上で仰向けになり、天井のシミを見つめながら、とりあえず現時点で判明している事実を整理することにした。
おれは今、直前まで文字通り人生を賭けてプレイしていた、あの【極悪最難関ゲーム】の中にいる。
これはもう、疑いようのない事実だ。理由はさっぱり分からないが。
唯一の手掛かりがあるとすれば、あの海の砂浜で拾った、出所の分からない立体パズル。
あれをカチリと完成させた刹那、視界がホワイトアウトしてこの世界に飛ばされた。
一体誰が、何のためにこんな事を?
「まあ、考えても意味ないか」
早々に思考を放棄する。
そもそも、おれは元の世界では完全に人生の迷子であり、将来に途方に暮れていた身だ。
地獄のような現実に戻されるくらいなら、この世界に骨を埋める方がよっぽどありがたい。
それよりも重要なのは、これからの生存戦略である。
このゲームは、おれが20歳の時にサービスが始まった。
当時は美麗なグラフィックと広大な世界観でそれなりに話題になったが、いかんせん「最終目的に到達するまでの難易度」が人間の限界を超えていた。
運営は「ユーザーにクリアさせる気などサラサラない」としか思えない鬼畜仕様を連発。
当然、ライト層は一瞬で消え失せ、しばらくすると中堅層も嫌気が差して引退。
サービス開始から2年も経つ頃には、画面の向こうには呼吸するようにデスゲームを楽しむ一握りの廃プレイヤーしか残っていないディストピアと化していた。
それでもなぜか配信終了(サ終)の告知は来ず、おれは「いつか絶対コンプリートしてやる」と執念を燃やし、8年半もの間、すべてをドブに捨てる勢いでログインし続けていたのだ。
そして――。
血の滲むような努力と、睡眠時間を削った苦労と、涙がつまった【完全コンプリート】を達成した瞬間に―――。
……あ、ダメだ………
思い出すだけで、また熱い何かが喉元まで突き上げてきそうになり、感情のジェットコースターが激しすぎる。
とにかく、ここは一般人が生きていける生易しい世界ではない。
おれが莫大な親の金を課金につぎ込み、8年半かけてようやくクリアできたレベルの「超絶鬼難易度ゲーム」なのだ。
もちろん、この世界で冒険などせず、市井の市民として大人しく畑でも耕して暮らす分には、命の危険などそうそうないだろう。
だが。
そんなもったいないこと、するわけがない。
おれはもう1度この世界で達成してみせる!
前世でも誰も成し遂げられなかった、前人未到の【完全クリア】をこの手で掴み取って見せる!
―――さて。
まずは今後の計画を立てるためにも、お約束のアレといこうか。
おれは、静かにそのワードを紡いだ。
「ステータスオープン」
刹那、視界の前に淡い光を放つ半透明のプレートが出現した。
アキヒロ
HP : 10/10 MP : 10/10 SP : 10/10
STR : 1 DEX : 1 VIT : 1 AGI : 1
INT : 1 MND : 1 LUK : 1
【職業】
無し
【職業履歴】
無し
【スキル】
無し
【所持金】
14000ゴールド
うん。知ってた。
やっぱり見事なまでのゲーム開始直後(初期値)である。
ゴミのような一般人Aだ。
一応、もう一つの方も確認しておくか。
「アイテムボックス」
唱えると、今度は別のリストウィンドウが目の前に展開された。
【アイテムボックス】
――アイテム無し――
よし……!
このゲーム、開始前のキャラクタークリエイト画面でのみ、唯一「リアルマネー(課金)」で拡張できるのがこのアイテムボックスの容量だったのだ。
おれは当時、迷わず親のクレカを使い、機能と容量を最大にしていたのだが、どうやらそのシステムはしっかりと引き継がれているらしい。
現時点で確認できるのはこれくらいか。
意図せず今日の宿代(独房)が浮いたのはケガの功名だが、明日からは本格的に活動を開始しなければならない。
おれは空中に浮くステータス画面をスワイプして消し、釈放後の脳内チャートを組み立て始めた。
まずは何が何でも【職業】を設定しなければ話にならない。
ここ始まりの街の周辺には、そこまで凶悪なモンスターは配置されていないが、全ステータス1の無職が街の外に出れば、文字通りスライム相手でも秒であの世行きだ。
せっかく掴んだ異世界ライフなんだ。
開幕即ゲームオーバーなど、お笑い草にもほどがある。
目指すは、街の中央にある神殿だ。
そこでは基本職である基本職の剣士、槍士、戦士、武道家に転職が出来る。
転職費用は1回3,000ゴールド。手持ちは14,000ゴールドあるから、全職の転職枠を解放してもお釣りがくる。
前世の初見プレイ時のおれは、「まずは形から!」とアホみたいに初期装備を買い込み、お金が少ない状態で神殿へ行き、絶望したものだ。
しかし、8年半の知識を持つ今のおれは、そんな無駄足を踏む必要がないことを知っている。
それどころか、最高効率のスタートダッシュ法をおれは知っているのだ。
もし最初からやり直せるならこうする、と脳内で妄想していた最強の育成アイデアが、次から次へとニューロンを駆け巡っていく。
「―――ふふふふふっ」
笑いが止まらない。
ネット小説の世界では「知識はチート」とよく言われるが、まさにその通りだな!
これからの育成予定を考えるだけで、全能感と嬉しさのあまり眩暈すらしてきそうだ!
前回のおれは、すべての職業をコンプリートするまでに8年半もの歳月を費やしが、今回は違う。
最短・最適・最速の効率で、基本職18種、上級職6種、最上級職3種をすべて一網打尽にコンプリートし、前世の何倍ものスピードでこの世界を完全攻略してやる。
待ってろよ!!
伝説の神職――【到達者】!!
おれは立ち上がり、牢獄の天井に向かって力強く拳を突き上げた。
今一度、このクソッタレで最高な異世界に、おれの魂の誓いを刻むのだ!
「到達者に!!! おれはなる!!!!!」
やってやる、やってやるぞ!!
脳内BGMは完全にクライマックスだ!!
「ウーララーーーー!!!!!」
―――ジャラジャラジャラ。
―――ガッッシャン!!!
……ふう。
ダメだ、ダメだ。
また見境なくはしゃぎすぎてしまった。
しっかりと地に足をつけた行動をしろ。
ここはゲームなんかじゃなく、生身の現実なんだ。
一歩間違えれば、危険がそのまま【本物の死】に直結することを、理解しろ。
一度、目を瞑れ。
心は熱く、頭は冷静に。
一つ一つ、目の前の事に集中するんだ。
おれは心を入れ替え、ゆっくりと目を開ける。
そこには、さっきまでの鉄格子をさらにグレードアップさせた、外の景色が1ミリも見えない超頑丈な鉄の扉がそびえ立っていた。
そして、おれはその、完全密閉された暗室の内側に――いる。
大丈夫。
いたって冷静だ。
心の蔵がケタマシイ音で鳴り響いているが、頭の中は冷静に、だ。
手には鎖のようなアクセサリーも追加されている。
大丈夫。
心は(動悸でもうすぐ燃え尽きそうなほど)熱いが、
頭は冷静だ。(血の気が引いている)
理由は判っている。
判りたくもねぇよくそったれ。
さて。時間も惜しいし、これからの「懲役」を踏まえた詳細計画でも立てるとするか。
――ところで。
おれ、明日ちゃんとここから出してもらえるよね……?(涙目)




