1-34 Side アイシャ
―――運命。
そんな言葉を使うなんて、一生無いと思っていました。
あの日、あの時、あの人と出会うまでは。
幼少期から、街の領主にさえ意見を述べる事が出来る、とても大きな両親の影響で、私は、どこか腫れ物でも扱うように、周囲からは一線を置かれて生活しておりました。
私から話掛けても、とてもぎこちなく返ってくる答えと反応ばかり。
男性であっても、女性であっても、私が近付いて何かをすると、「ひゃあ」とか、「恐れ多い」とか言い、顔を赤くしながら離れて行きます。
友と呼べる者など、1人もおりませんでした。
上のクラスになっても、そのような態度は変わらず、男性にいたっては、余計に私への態度は酷くなり、私には近付きもせず、遠くの方からこちらを眺めてくるばかり。
誰とも、何をすることもなく、ただ流れていくだけの日々でした。
特段、寂しいという感情は無かったのですが、私も、誰か仲間と呼べる人と、何かをしてみたかった。
ある日街を歩いていると、冒険者の皆さんが、魔物を狩った帰りでしょうか、笑顔で肩を組み、とても楽しそうにギルドへ向かって歩いている姿を拝見しました。
もしかして、これなら私も、仲間と呼べる人と共に、何かを達成する事が出来るかもしれません。
幸い、将来を見越して、行者をする時の為に、年少の頃から武道の教育を受けていたので、Cランクぐらいの方には負けないと自負しておりました。
反対する両親を押しきり、13歳になった私は、学園を辞め、冒険者として新たな生活をスタートさせました。
しかし、このような良家出身の子供など、お嬢様扱いされてしまい、誰も仲間になってはくれません。
言い寄って来られる方はおりましたが、野蛮で、ガサツで、私の容姿ばかりを見て来ましたので、そんな方には、剣を使って少々分かって頂きました。
このような子供の私でも、強くなればきっと仲間に誘われるはず。
そう思った私は、1人で鍛練を繰り返し、クエストをこなし、ダンジョンでモンスターを狩る毎日。
最初に、男性冒険者を倒してしまったのがいけなかったのでしょうか、そんな私には、怖がって誰も近付かず、学生の時と同じ、ただ1人で過ごす毎日。
耳にした噂で、男性間では、私への触らずの誓いを立てられ、私の容姿も相まって【不可侵の女神】と呼ばれてしまう始末です。
気付けば、3年でAランクのソロ冒険者となっており、この街で1番の実力となってしまった事で、誰からもパーティーへは誘って頂けませんでした。
そんな中、ある2人の女性冒険者だけは、私を恐れず、慕い、懐いてくれていた為、一緒にクエストをする機会がありました。
初めてのパーティーでのクエストです。
1人では無いというこの状況に、私の心はとても満たされました。
ランクは離れていましたが、そんな事は関係ありません。
私は彼女達と一緒にもっと冒険したい。
一緒に何かを達成して、一緒に楽しみ、一緒に喜びたい。
そう思うようになりました。
しかし、今まで1人で過ごして来た為、緊張してか、中々言い出す事が出来ません。
いつか、いつかと考えながら、何も言えない日々が過ぎていきました。
ある時、彼女達がギルドの椅子で、魂が抜けたようにぐったりしているのを目撃しました。
何かあったのか訪ねると、とある男性冒険者の話を聞きました。
何も出来ず、恐怖を感じたと話すその男性冒険者に、私は必要以上の興味が湧きました。
もしかして、私と同じぐらい強ければ、仲間になって頂く事も可能でしょうか。
そんな期待が、私の中に沸々と生まれて来ました。
1度会ってみたい。
その思考へ行き着くのに、時間は掛かりませんでした。
そんなある日。
私はクエストを終えて街に戻ると、何やら門の方から喧騒が聞こえてきます。
何かあったのか覗いてみると、ある冒険者が門番の方と揉めているようでした。
―――きっと、この人だ。
何故そう思ったのか、今でも説明は出来ません。
私は思わず声を掛けていました。
この人と話がしたい。
この人の事が知りたい。
この人に、私を知ってもらいたい。
何があったかの話を聞きながら、私は手探りで、この人と関われるキッカケを探します。
「―――私と一戦してください」
そんな言葉が出て来た事に、私自身も驚きました。
ただ、この人を知るには、私を知ってもらうには、こうする事が一番の様に思ったのです。
不思議な方でした。
私を前にすると、どなたも畏まったり、恐縮してしまったりするのに、この方はそんな事を微塵も感じさせず、食事を取っておられました。
なんだか、特別扱いされていない事がとても新鮮で、自然と笑みが零れてしまうぐらいの嬉しさが、胸を駆け抜けていきます。
「危険にはならないから安心していいよ」
脆弱な、武器ともならないような装備を身に付け、彼は自信たっぷりにそう言いました。
私をただの小娘だと侮っておられるのでしょうか、少し驕りが見られます。
これでもたった1人でAランクまで登り詰めたのです。
そのような、人を逆撫でするような態度を取られては、少々痛い目を見て頂いても構いませんよね?
では、参ります。
彼女達から、彼がどれだけ凄いと聞いていたとしても、それでも、一瞬で終わると思っていました。
そんな私の剣を、彼は避け、弾き、全て受け止め、私の剣を奪い取り、転がされ、何も出来ないまま、制圧されたのは私の方でした。
しかも、彼の余裕の行動からは、もっと底知れぬ力を感じさせる事に、考えなどいりませんでした。
驕っていたのは私の方でした。
私は、この人に近付きたい。
この人に、教えを乞いたい。
こんな、孤高のような人になりたい。
彼と別れた後も、そんな想いが、ずっと、何度も、頭の中を数巡します。
―――あの人に、付いて行く。
そんな結論に至るのは、至極当然の事でした。
野良犬のように、ずぶ濡れになった彼を拾い、私の想いを彼にぶつけます。
何度断られても、私は諦めませんでした。
だって、だって、私の空虚な人生の中で、やっと見つけた、私の目標なのだから―――。
私の想いを受け取って下さり、同行を許されました。
この人を、これから知っていける。
この人のような人に、成る事を学べる。
私は逸る気持ちを抑えられず、彼の部屋の前で待っていました。
彼の動く気配を感じたので、待ち切れずに部屋に入ると、何かに少し驚かれている様子です。
ご自愛ください。
彼は回復士になる為に、教会まで来た筈なのですが、彼は回復魔法も使えないのに、治療をすると言われました。
頭で考えても理解が出来ない為、ただ黙って、彼の背中から学びます。
目を疑うような光景でした。
彼は武道家のスキルで、患者さんを治しています。
他人に使用する、出来るなんて聞いた事もありませんでした。
えっ?これを私もするのでしょうか?
そ、そんな。どうやって、、、
―――私は気付いてしまいました。
すみません。
本当に申し訳ありません。
やはり、こんな事も理解出来ない私なんかが、あなたのような人に付いて行く資格なんて無かったんですね。
あなたが、あんなにも断って来られた理由が、分かった気がします。
せっかく、人生の目標を、見つけられたと思っていたのですが、残念です。
私は心からの悲痛で、涙が出そうになりました。
―――その時。
彼が私の両手を取り、手のひらを合わせて来ました。
私の思考は瞬く間に機能を停止し、何が起こっているのか理解出来ませんでした。
すると突然、体がポカポカと温かくなり、優しい気持ちで満たされました。
なるほど。
本で見ていたので、言葉は知っております。
こ、これが恋の症状なのですね。
私は、生まれて初めてのこの感情に、とても整理がつかず、彼の顔を見る事でさえ、心臓が苦しくなり、思わず顔を伏せてしまいました。
ど、どうしましょう、、、
こんなにも熱心にアプローチされてしまったのです。
彼の気持ちに答えないといけません。
でも、どうすればいいのか、高鳴る胸の鼓動でまだ頭が回りません。
「―――これを付けて下さい」
えっ?ゆ、指輪?
本で見ていたので、言葉は知っております。
プ、プ、プ、プロポーズ!?
まだ頭の中は真っ白のままでしたが、何故か自然と涙が零れて来そうになりました。
私は離れなくていいのでしょうか?
あなたと一緒にいていいのでしょうか?
あなたと共に、生きて行く事を、許して下さるのでしょうか?
先程芽生えた負の感情を、あなたは全て吹き飛ばしてくれました。
本で見ていたので、言葉は知っております。
―――はい。お受けします。
私は、幸せです。
私を、幸せにして下さい。
あなたは、私の運命の人―――。




