1-33 なりたそうにこっちを見ている
視界を遮るものは何もない。
美しい湖、そして頬を撫でる爽やかな風。
大自然が織りなす広大な草原を舞台に、一人の美女が純白のユニコーンの背に揺られて優雅に駆け抜けている。
まるで高名な絵師が描いた絵画のように幻想的な雰囲気を纏いながら、ユニコーンに乗った美女はこちらに向かって優雅に手を振っていた。
―――大木の枝に頭から突っ込み、哀れにも上下逆さまの姿勢で宙ぶらりんになっている、このおれに向かってな。
つい数分前のことだ。赤顔娘に完全に骨抜きにされていたユニコーンの背後に忍び寄り、おれは首尾よくその背中へと飛び乗った。
そこまでは完璧だった。だが、おれが条件クリアを確定させるために騎士の初期スキル突撃を強制起動した瞬間、あの白いクソ馬は盛大に首を振り、おれの肉体を天高くへと放り投げやがったのだ。
おれを弾き飛ばしたドスケベ聖獣は、直後に赤顔娘の元へといそいそと近づくと、その背中へと乗るように嬉しそうに誘導。
今や、彼女を乗せて大喜びで大地を駆け巡っている。
上等だ。
おれの重複パラメータがさらに上がり、カンスト最上級職に達した暁には絶対に覚えていろよ。
全面戦争だ。
おれはフンスと鼻息を荒くしながら木から這い出ると、地面に降り立ち、転職の指輪を発動させ、
ひとまず目的のフラグが立ったかどうかを確認するため、静かに精神を集中させる。
「ステータスオープン」
アキヒロ
HP : 265/270 MP : 65/65(+30)
SP : 228/240(+20)
STR : 30 DEX : 24(+2) VIT : 27 AG I : 24
INT : 2(+1) MND : 11(+5) LUK : 5(+2)
【職業】
調教師☆1(0/10) NEW
【職業履歴】
剣士☆3(89/500)、槍士☆3(40/500)、
戦士☆3(0/500)、武道家☆3(6/500)、
盗賊☆2(0/100)、騎士☆3(0/500)、
斥候☆2(0/100)、狩人☆1(0/10)、
商人☆1(0/10)、回復士☆1(0/10) NEW
【スキル】
スラッシュ、回転切り、ダブルエッジ、シングルスラスト、足払い、三段突き、ラッシュ、地走り、アーマーブレイク、正拳突き、回し蹴り、チャクラ、スティール、解錠、ツインストライク、突撃、挑発、プロテクション、シールドバッシュ、気配察知、罠感知、気配遮断、暗視、鷹の目、追跡、夜目、罠設置、アイテム鑑定、査定、初級回復魔法 NEW、生物鑑定 NEW、調教 NEW、口笛 NEW
【所持金】
61150ゴールド
よし……! とりあえず、目標は達成だな。
画面に並んだ新たなスキルと、ステータス値を確認し、おれは不敵な笑みを浮かべた。
これで、この「始まりの街」の周辺で解放できる基本職はすべて網羅したことになる。
この先周辺に未解放の職はもう残されていない。
予定よりもかなりハイペースで初期チャートが終わった。
これなら及第点のスタートダッシュだ。
スケベ聖獣を一瞬で手懐けるバグを発生させてくれた赤顔娘にも、ほんの少しだけ心の中で感謝をするか――。
―――ん?
ドガァァァンッッ!!!
「ぶふぇっ!?」
物凄い衝撃音と共に、おれの肉体は再び天高く舞い上がり、そのまま近くの大木の枝へと真っ逆さまに着地した。
衣服が引っかかり、おれの視界がまたしても上下逆に回転する。
見れば、気持ち良さそうに草原を駆け巡っていたユニコーンの上で赤顔娘が「あわわわ……!」とオロオロしながらおれを見つめている。
なるほど。
あのドスケベ馬、おれを明確にロックオンして『ひき逃げ』しやがった訳だ。
おれは瞬時に剣士へと転職し、アイテムボックスから新調したての鉄剣へガチガチに装備すると、トップスピードの爆音を響かせて草原を走り出した。
ステータスが上がるまで待ってられるかぁぁぁ!!
今ここで開戦だクソヤローー!!!
―――処変わって、始まりの街、正門。
「ア、アイシャさん……。その、あなたの後ろにいる、やたらと立派な一本角の白馬はいったい……?」
「ふふ、森の奥でお友達になりましたの。これからギルドへ行って、私の『従魔登録』をしようと思いまして」
あの草原での泥死合の後、あの助平聖獣はおれ達の後をずっと付いてきた。
いや、正確にはおれを完全シカトして赤顔娘の後ろをぴったりとストーカーのように追ってきたのだ。
よっぽど彼女の「純潔の乙女」オーラが気に入ったのだろう。
街への復路の道中、おれが一切背中に乗ることを許さなかったくせに、彼女のことはずっとその背に乗せて歩いていた。
まさか【調教師】職のスキルによるテイムを一切行わずに、あの最高難度の聖獣が自ら仲間になるとは思わなかった。
恐るべし、異世界のチョロイン補正。
ひとまず森の奥から戻ってきたため、時刻はもうすっかり夜の帳が降りる遅い時間帯になっていた。
おれ達は急いでギルドの窓口で従魔登録の申請を済ませると、足早に赤顔娘の屋敷への帰路についた。
「では、シルフィードのことをよろしくお願いしますね」
商会の大きなお屋敷に到着すると、赤顔娘はいつの間にか勝手に名付けを完了させていた助平馬を、慣れた手つきでお抱えのメイドさんへと預けていた。
メイドさんも「まぁ、なんて美しい聖獣様かしら!」とえらい嬉しそうな満面の笑顔を浮かべて馬を撫で回している。
お屋敷の全員に歓迎され、完全におうちのペット枠に収まってしまった。……これじゃあ、後で誰もいない夜道でこっそりブッ倒して復讐をすることもできないじゃないか。
その後、お風呂に入ってさっぱりとしたおれ達は、食堂の広いテーブルで一緒に遅めの夕食を取っていた。
おれの正面に座る赤顔娘は、さっきから料理を口に運ぶたびにおれの方をチラチラ、チラチラと盗み見ては、目が合う瞬間に顔を赤くし、大慌てで伏せるという、極限に不審な行動を繰り返していた。
いい加減にしろ。
おれはコップの水をゴクリと飲み干すと、明日からの効率的なレベリング計画を確認するために思考を巡らせた。
まず、明日一番で盗賊の熟練度上げ(レベリング)を最速で終わらせに行く。
盗賊の次の習コツは、わざわざ街の外の危険なダンジョンへ遠出せずとも、この街の中で安全にこなすことができる。
時間はそれなりに拘束されるが、移動の手間がないのが最大の強みだ。
そして、それが完了した直後、次の本格的な目的地へ向かうための買い出しを行う。
次に向かうのは、ここから北西に進んだ先にある学問と魔法の国――【アルカノ魔法国】だ。
おれはそこで、【魔術師】と【召喚士】の転職条件を達成する予定だ。
さぁて、後の問題は……。
おれは、自分の「チラ見顔伏せゲーム」がおれに一切バレていないと都合よく勘違いし、令嬢らしい貴然とした態度を取り繕いながらスープをスプーンで掬っている赤顔娘を見つめ、深いため息を吐き出した。
もし、この目立ちすぎるお花畑が、おれの言葉通り本当にこの街を出ておれに付いて来る気満々なのだとしたら、今後の遠征予定を最低限伝えておかなければ、現地でのタスク管理がさらに狂うことになる。
仕方がない、合理的(大人)にいこう。
「アイシャ」
「ふ、ふぁいっ!?」
「明後日、次の街に向かうから準備しといて」
「ふぁ、ふぁい」
―――ちゃんと聞いてる?




