1-32 その力は、おれの想像なんかよりもっと桁外れの力を持つ
「おれが外で寝るから、アイシャがテントを使え」
「いいえ、なりません。私のミスです」
「良いとこのお嬢さんを放って、おれだけテントで寝れる訳ないだろ」
「いいえ!なりません!私のミスなので!」
「幸い寝袋以外にも外套があるから、それにくるまって寝ればいいから」
「それなら私が外で寝ます!」
「女性にそんな事させられないから」
「ッポ。だ、大丈夫です!私はこれでもAランク冒険者ですから」
「だから、それでもおれは男で―――」
「うひっ。い、いやしかし―――」
――――――。
夕暮れの鬱蒼とした森の広場で、そんな不毛極まりない押し問答のラリーが、実に150回以上も繰り返されることになった。
結果から言おう。おれが折れた。
結局、2人揃って狭い1張のテントに転がり込むことになったのだ。
幸い、サバイバル用のテントだったため中はそこまで狭くはなく、成人が2人並んで横になっても、身動きが取れなくなるほどのスペースではない。
彼女の実家に泊まった時にも痛感したが、この赤顔娘は、こちらの心がバキリと折れるまで絶対に自分の意見を曲げないという、底なしの頑固さを持っている。
……え? 人見知りの女性経験ゼロのコミュ障人間はどこへ行ったかって?
どれだけ見た目が可哀想なほど可愛かろうが、おれは今後、この赤顔娘を絶対に「女性」だとは認めないし、断じて承認しない。
効率厨のソロプレイを脅かす不条理なバグの化身、ただそれだけだ。
おれはアイテムボックスから取り出した簡単な夕食を済ませた後、夜間の不意打ちを警戒するため、狩人のスキル――【罠設置】を発動し、テントの周囲の草むらに、鳴子代わりとなる簡易トラップを幾重にも張り巡らせていった。
「おい。明日は朝一番から移動するから早く寝るぞ」
おれは作業を終え、テントの中から声をかけて彼女に入室を促した。
赤顔娘はというと、さっきの食事の際にも緊張で手を震わせてパンのクズをボロボロと盛大にこぼし、おれが周囲に罠を設置している最中も、そして今も、ずっと湿った石の上に腰掛けたまま、何やらぶつぶつと呪文のような独り言を繰り返して微動だにしていなかった。
おれが、そんな様子じゃこの先一緒に旅を続けるなんて無理だな、とおれが冷たく突き放すと、彼女は弾かれたように立ち上がり、なおも「あわわ……」とぶつぶつ言いながら大慌てでテントの中へと這い入ってきた。
ランタンの灯りを消したテントの内部。
赤顔娘は備え付けの寝袋にすっぽりと収まり、おれはその少し離れた隣で、厚手の外套にくるまって横になる。
余計なことは考えずにさっさと寝てしまおう。
おれは意識をシャットダウンすべく静かに目を瞑ったが、すぐ横の寝袋の暗闇から、耳を澄まさないと聞こえないレベルの微小な「奇声」を拾い上げ始めた。
「……ヒャァア……っ」
「……ヒュゥワ……」
「……ウホップ……っ」
無視だ。完全に無視。
おれはこんな奴を絶対に女だとは認めない。
―――明くる朝。
まだ東の空がうっすらと紫がかった薄暗い時間帯。
おれよりも先にテントの外へ這い出していた赤顔娘は、すでに器用にパチパチと小さな焚き火を起こし、携帯用のクッカーでお茶を淹れていた。
「……あ、おはようございます」
おれの足音に気づき、ハッと振り返った彼女の顔を見て、おれは思わず言葉を失った。
その美しい瞳は真っ赤に充血しており、目の下にはまるでものの見事な「グラデーションのような濃い隈」がくっきりと刻まれていた。
誰がどう見ても完全なる一睡もしていない『深刻な睡眠不足』のそれだったが、彼女はそれを悟らせまいと、背筋を直立に伸ばして大商会の令嬢らしい気品に満ちた態度を健気に取っていた。
い、痛々しい……っ。
温かいお茶を喉に流し込み、手早く朝食を済ませた後、おれ達は本日の最終目的地を目指して再び歩き出す。
そこから約1時間ほど、朝露に濡れた森の中を突き進んでいくと、突如として目の前の木々が途切れ、視界が一気にパァッと開けた。
眼前に広がっていたのは、見渡す限りの青々とした広大な草原。
そしてその中央には、朝の澄んだ青空をそのまま鏡のように映し出す、息を呑むほど美しい巨大な湖が鎮座していた。
ここが、おれの脳内データベースが指し示す目的地だ。
このファンタジーの極みのような美しいロケーションには、何故か『魔物』ではなく、システム上『純粋な野生動物』のカテゴリとして扱われる超希少種――聖獣【ユニコーン】が群れをなさずに住み着いている。
今回、調教師の最後の5種類目としてこいつを捕まえ(ハッキングし)に来たわけだが……。
ユニコーンの捕獲難易度は、鬼畜仕様だった。
なんせ聖獣の為に警戒心が尋常ではなく、気配を殺す技術は完全に【暗殺者】の上級職レベル。足音すら一切立てずに移動する。
おまけに、ユニコーン特有の固有パッシブスキル『認識阻害』を常時発動させているため、おれの広範囲な『気配察知』にすら一切の反応が感知されないのだ。
遮るものが何もないこのだだっ広い草原の空間だ。
ステータスが少しマシになった程度のおれの現在のパラメータでは、まともに追いかけ回して捕らえることなど困難を極めるだろう。
片っ端から広範囲に捕獲用の罠を設置して泥臭い追い込み漁をするか、あるいは完全に気配を消して、ユニコーンが偶然近くを通るのを何時間、下手をすれば何日間も草むらの中でじっと待ち続けるか。
しかも、こいつらは信じられないほど気性が荒いため、仮に背中に飛び乗れたとしても、そこから騎士の【突撃】コンボで従わせるには相当な肉体的労力が必要になるはずだ。
……まぁ、作戦を練る前に、まずは広大な草原から姿を見つけるのが先決だな。
よし、とおれは危険を考慮し、赤顔娘には一旦ここで待機してもらおうと考えた。
「アイシャ。君はちょっとそこで――」
そう言って、おれが後ろを振り返ったおれの目には、衝撃の光景が飛び込んで来た。
「ふふ、よしよし、良い子ですね。毛並みがとても綺麗です……」
おれの視界の先で、赤顔娘が、まるで実家の飼い犬にでも接するかのように嬉しそうに鼻面をすり寄せて甘えてくる純白の聖獣ユニコーンを、優しく微笑みながら「よしよし」と撫で回していた。
あの気性の荒いはずのユニコーンが、完全に骨抜きにされたように目を細め、嬉しそうに彼女の手のひらに自身の角をすりつけている。
―――はぁぁぁぁぁぁっ!? 認識阻害はどうした!? 暗殺者レベルの隠密能力はどこへ行った!? 運営の悪意が詰まった鬼畜仕様の警戒心はどこに消えたんだよコンチクショウ!!!
おれが全盛期のトップ廃人のノリで何十時間もの泥臭い拘束時間を覚悟していた最難関の聖獣が、出会い頭の数秒で完全に調教されている。
脳内メモリが処理落ちを起こす中、おれはただただ呆然と、異世界の理すら秒速でバグらせる光景を見つめていた。
―――この世界における『すぐに顔を真っ赤にする純潔の乙女』という、隠しステータス補正の魅力、マジでえげつねぇぇぇ!!!
おれの心の中の、世界のバグに対する最大級の絶叫ツッコミが、日に照らされる美しい湖畔にて、虚しく、しかし盛大に炸裂するのだった。




