1-31 たまに見せる仕草だから素敵なんだよね
花娘の案内で辿り着いた老舗の武具店で、おれはこれからの過酷なレベリングを見据え、必要となる武器と防具を一通り爆買いしていった。
剣、槍、短剣、盾、弓、杖。さらに、この直後に解放する予定である【調教師】の転職条件を満たすため、護身用としてはこれ以上ないほど心許ない「一本の鞭」も併せて購入する。
防具に関しては、今の段階では重い鉄鎧よりも、とにかく機動性と動きやすさを最優先した軽装の革鎧をチョイスした。
本格的な装備を揃えるのは、次の大都市へ移動してからで十分だ。
おれが大量の武器を次々と品定めして購入していく間、先ほどまで大通りで顔を真っ赤にして悶絶していたはずの花娘は、一転していつもの凛とした涼しい表情に戻っていた。
おれの後ろにスッと直立不動で立ち、その鋭い瞳でおれの買い物の動向をじっと観察している。
……いや、静かすぎるのが逆にめちゃくちゃ不気味なんだけど。
おれは気まずさを紛らわすため、「剣士系の職を鍛える時は、この間のミスリルの剣を使うの?」と尋ねてみると、彼女は事もなげに微笑んだ。
「剣士用としては、別のミスリルの長剣がもう一振りあります」とのこと。
あ、そう。
金持ち大商会の令嬢は格が違いますね。
すみませんでした。
武具店を後にしたおれ達は、そのすぐ隣にある大型の雑貨屋へとハシゴし、サバイバルに必要な様々な食料品や、本格的な夜営の道具を次々と買い込んでいった。
もちろん、これらもすべておれのアイテムボックスへ瞬時に収納していく。
よし、これで次のステップへの準備は完全に整った。
「それじゃ、おれはこれから条件解放のために森へ向かうけど……アイシャはどうす「行きます」る?」
「……………」
「……いや、今日中に帰って来られないかもしれないし、最悪は森の中で泊まり込みになるかもしれないけど、本当に付いて来「行きます」るの?」
あ、そう。どうしても来るのね。分かったよ。
そうして、おれ達は以前サバイバルをしていた場所とは異なる、より街に近い森へとやってきた。
……まあ、その入り口の門で、おれが「街一番のアイドルである花娘様」を連れ回しているという理由から、またまた門番たちと本日3回目となる大揉めを起こしたことは言うまでもない。
今回の門番たちは、この間の拳での攻撃とは違って、嫉妬に狂った顔でガチの鉄剣をシャキィィンと抜き放ちやがった。
おれはそれらの凶刃をすべて紙一重でかわし続けた……。
花娘? あいつはおれを助けようとも門番を止めようともせず、ただ無言のまま、おれがどのように敵の攻撃を避けているのかを、熱心にノートでも取るかのような真剣な目で観察していたよ。怖い。
さて、気を取り直して、【調教師】の転職条件を達成するため、まずは森の野生動物を探すことにしよう。
転職条件は、『5種類の異なる野生生物と、意志の疎通が完全に取れるまで、地道にエサやりをして仲良くなること』だ。
これ、普通にやれば数週間はかかる。
だが、この条件も、効率厨のための驚くべき『裏ワザ(抜け道)』が存在した。
システム上、「騎乗」が可能なサイズの大型動物であれば、その背中に無理矢理飛び乗った直後、騎士のスキル突撃を強制発動させることで、なんと『乗り手の指示を正しく聞いた=意志疎通が完了した』というバグ判定を貰えるのだ。
そのため、森の中に馬、鹿、猪、トナカイ、狼といった、乗れるサイズの動物が5種類いればおれの完全勝利となる。
もしそれらがいなかった場合は、仕方がないので、比較的プレイヤーに懐きやすいオウムやフクロウなどの鳥類、あるいはリス、ムササビ、キツネ辺りを探して地道にエサを配るのがベストだ。
よし。じゃあ早速――気配察知。
おれが脳内でスキルを起動すると、脳内マップにいくつかの光点が灯った。
おっ! 幸先いいじゃん。
野生の馬、鹿、猪の反応がすぐ近くに見つかったぞ!
早速向かおう、とおれは一度路地裏で自身の職業を騎士へと切り替え、その座標に向けて一気に森の木々を爆走し始めた。
ターゲットの野生馬が草を食んでいる開けたエリアの近くまで来ると、おれは、まだ隠密の足音が完璧に消せていない花娘に対し、「ここで大人しく待っていて」と小声で伝えた。
おれは気配を完全に遮断し、音もなく野生馬の背後へと回り込む。
近くの大木へと音もなく飛び移り、馬の真上の枝へと這い上がる。そしてタイミングを見計らい、枝を蹴って馬の背中目掛けて上空から一気に飛び込んだ。
ヒヒィィィンッッ!!!
突如として背中に不審者を乗せられた野生馬が、狂ったように前足を上げて暴れ狂う。
おれは振り落とされないよう、野生馬の首のたてがみをガチリと両手で掴み、暴れて飛び跳ねる馬の脇腹を自身の両足で「ギュッ」と強く締め付けて体勢を固定、強引にその暴走を落ち着かせた。
そして、馬の頭部がちょうど前方の一切障害物のない開けた直線へと向いた、その刹那――。
おれは騎士の初期スキル――【突撃】を発動した。
―――ドォォォォンッッ!!!
淒まじい衝撃波を置き去りにし、馬とおれの身体がシステム的に完全な一体となり、凄まじいトップスピードで前方の草原へと突進を繰り出した。
ここまでの強烈な『システム的暴走』を経験させられると、大抵の野生動物は恐怖と混乱で一気に大人しくなる仕様なのだ。
少しそのまま歩かせて馬の興奮が冷めた後、おれはアイテムボックスから取り出したニンジンを後ろから与え、首に手製の紐を括り付けて背中からひょいっと飛び降りた。
よし! 1種類目、きっちり完了っと!
おれは呆然とそれを見ていた花娘を呼び寄せ、彼女にも全く同じ手順を実践させる。
さぁ、この調子でどんどん数を稼ぎに行こう。
―――う〜ん。なかなか、最後の1種類が見つからないな……
あれから、おれ達は森をさらに奥へと進み、鹿、猪、そして運良く遭遇した巨大な野生狼の背中にまたがり、突撃をかまして計4種類のノルマを完了させていた。
しかし、そこから最後の5種類目のターゲットがどうしても見つからない。
おれの『気配察知』の索敵範囲が広すぎることも災いし、獲物を探してウロウロしているうちに、おれ達はだいぶ森の深い未開の奥地にまで足を踏み入れてしまっていた。
このイベント、対象が『モンスター』だとシステム上のフラグが立たないのが本当に面倒くさいのだ。
純粋な『野生動物』でなければならない。
ここまで奥に来てしまったんだったら……いっそのこと、この森の最深部を抜けた先にある草原エリアに陣取っている、『あいつ』を捕まえに行った方が早いか。
おれは脳内でレベリングチャートを素早く再構築し、森の最奥を目指すことにした。
気づけばもう、あと1時間もすれば完全に太陽が沈み、恐ろしい夜の帳が降りてくる時間帯だ。
ここまでの強行軍のせいで、後ろを歩く花娘の足取りにも、結構な疲労とダルさが溜まってきているのが見て取れる。
よし。川の近くにある見晴らしの良い広場で、今日はここで一晩夜営にして、お目当ての動物を捕まえに行くのは、明日だ。
そこから少し歩き、水場に近い絶好の広場へと到着すると、おれは手際よく夜営の準備を始めだした。
アイテムボックスから、さっき雑貨屋で購入したサバイバル用のテント一式を取り出し、地面にペグを打ち込んで手際よく組み立てていく。
―――その時、ふと隣にいる花娘の様子を見てみると、彼女は自身の足をガタガタと生まれたての小鹿のように震わせながら、青ざめた顔でその場に立ち尽くしていた。
ん? どうした? 今日はここで一晩泊まりだから、早く自分の荷物を出して準備しな。
おれが当然の疑問を口にすると、彼女は一瞬にして顔を強張らせ、激しい直角の角度で深々と腰を曲げ、大音量の悲鳴のような声でおれに向かって謝罪してきた。
―――はぁっ?テントが無いだ!?
えっ? 待って。おれ、街を出る前に「森に行くけど、泊まり込みになるかもしれないよ?」って何度も確認したよね?
えっ? 君、おれが雑貨屋のレジで、キャンプ用のテントを買ってる姿をその大きな目で真ん前でじっと見ていたよね?
えっ? なのに、おれに「どこまでも付いて行きます!」って言って、自分の分の野営用具を何も持たずに手ぶらでこんな森の奥まで突っ込んできたの?
えっ? なんで???
おれがどれだけ理路整然とした正論を並べ立てても、花娘は涙目で悲壮な顔を浮かべながら、「私の不徳の致すところです、申し訳ありません……」の一点張りを繰り返すばかりで、完全に詰んでいた。
じゃあどうするの?テント1組しかないんだけど?
そう言ってテントの方を指差すと、――花娘は弾かれたように顔を耳の先まで「真っ赤」に染め上げ、猛烈に照れた素振りを見せながら、大慌てで両手で顔を覆って俯いてしまった。
―――これからお前のアダ名は赤顔娘に変更だ!!




