1-30 突拍子もない態度と言語は、時に人を恐怖にする
ゆでダコのように真っ赤になったポニちゃんは、おれとまともに目線を合わせることすらできず、斜め右下の床を信じられないほど恥ずかしそうに凝視していた。
おれは「あ、やべっ」と慌てて恋人繋ぎしていた両手を離し、脱兎の如く数歩後ろへと後退する。
しかし彼女はまだ同じ方向を向いたまま、熱を持った自分の顔を両手でパタパタと必死に扇ぎながら、「こ、これがお付き合いをすると云うことなんですね……。神聖な教会の個室で、殿方とこのような……」とか、何やら背筋が凍るような訳の分からない妄想を小声でブツブツと呟いている。
こ、このチョロイン属性特盛りのポンコツ騎士め……っ!
どんな厳格な箱入り娘の人生を歩めば、ここまで男性経験が乏しい純粋培養の状態でAランクまで上り詰められるんだ。
前世のどんな過激なギャルゲーを引っ張り出してきたって、ただの手のひら接触イベント一発で、ここまで好感度ゲージが上限突破して爆発するチョロインルートなんて存在しねえよ!
つくづく思うが、このリアル異世界にはまともな女性が一人も存在しないのだろうか。
(高飛車な舌打ち受付嬢、秒速で泡を吹く気絶特化の泡娘、常時バイブレーション機能付きの地震娘、そして人類の天敵たる大特価厄災マダムたち……)
あっ、しまった!
転職も出来てない!
おれは慌てて自分の指から【転職の指輪】を取り外した。
これを使って彼女の条件を起動させる必要がある。
おれは指輪を差し出し、「ほら、これ、付けて」と彼女に手渡した。
すると彼女は、世界がひっくり返ったかのような信じられない表情でガッと驚き顔を上げ、涙でうるうると潤んだ瞳でおれを真っ直ぐに見つめてきた。
そして、何か重大な決意を固めたかのような厳かな顔つきになると、自身の「右手」に指輪をちょこんと載せておれへと差し戻し、同時に、おれの前へと「左手」をそっと広げて差し出してきたのだ。
もうここまで来ると、ガチの頭おかしい不審者認定である。
おれの中で、彼女の脳内データベースのアダ名は『ポニちゃん』から『脳内お花畑娘』、略して【花娘】へと強制的に書き換えられた。
違う違う、そうじゃないんだとおれは引きつった顔で全力で否定し、この指輪がもたらすシステム的な転職効果を何度も何度も早口でレクチャーした。
そのために一時的に貸し出したんだという理路整然とした事実を伝えると、何故か花娘はあからさまにムスッと不満げに頬を膨らませた。
彼女はしぶしぶといった様子で転職の指輪を自身の指へと装備し、システムの転職シークエンスを開始する。
フゥゥン……と、花娘の華奢な身体が淡い神秘的な光に包み込まれた。
どうやら無事に転職出来たようだ。
彼女は驚いたように自分の体を見回し、目を丸くしている。
だが、もうのんびりと解説している時間はなさそうだ。
廊下からシスターの足音が近づいてくる。
「いいかい、時間が無いから合理的にいくよ。君が今から治療をしている間、おれが君の『後ろ』から両肩に手を置いて、直接魔力の循環をサポートする。君はさっきおれが教えた感覚を思い出しながら、目の前の患者に対して同じようにパスを繋いで!」
おれが緊迫した声で指示を出すと、彼女は口を少し尖らせて「ぶつくさ……」と何か不満を呟きながらも、なんとか了承してくれた。
そうこうしているうちに、扉が開いて次の女性患者と先ほどのシスターが入室し、いよいよ花娘の初治療が開始された。
花娘は先ほどのおれの手際を思い出すように、やや緊張した手つきで患者の患部へと右手をかざし、もう片方の左手を、患者の逆側の手へとそっと添えた。
おれはすかさず花娘の背後にピタリと密着し、彼女の細い両肩へとガチリと両手を置いた。彼女の身体を通して魔力を循環させ、彼女の体内を巡る魔力の細い流れを直接確かめながら、「あ、今そこ詰まってる。もう少し出力を強く、滑らかに」「そう、そのまま綺麗な円を意識して流して……」と、彼女へ的確なアドバイスを送り続けた。
そのマンツーマン指導の甲斐あってか、淡いチャクラの光が患者の傷口を瞬く間に塞いでいく。
花娘は見事に、他者へのチャクラ治療を成功させてみせ、付き添っていたシスターからもお墨付きをいただくことができた。
これで花娘も、無事に【回復士】の転職条件を完全に達成できたみたいだ。
……いやはや、肉体的にも精神的にも、めちゃくちゃに疲れるレベリングだった。
無事に教会を後にしたおれ達は、近くの路地裏でそれぞれ一度正式に【回復士】へと転職。
基礎能力の底上げボーナスを回収した後、花娘は【剣豪】に、おれは【槍士】へとそれぞれ再転職を果たした。
「それにしても、……。こんな奇跡の指輪がこの世に存在していたなんて、未だに信じられません」
アイシャは自分の指からはずした【転職の指輪】を太陽の光にかざし、改めてその異次元の効果に驚愕に震えていた。
「神殿へのお布施もなしに、いつでもどこでも職業を切り替えられるだなんて……。もしこんな国宝級のアイテムの存在が公になれば、間違いなく国家間で奪い合いの戦争が勃発します」
などと、物騒で恐ろしい内容をボソボソと呟いていたので、おれは内密にするよう念を押して伝えた。
彼女はコクりと頷くと、「次はどのように動かれるのですか?」と尋ねてきた。
おれがそろそろ初期服のボロ布を卒業して、まともな実戦用の防具や装備品を買いたいんだと伝えると、彼女はパッと表情を明るくし、「それなら、私の商会が提携している最高品質の武具店があります! 私が案内しますね!」と、嬉しそうに先頭を歩き始めた。
その道中、花娘は先ほどの教会のハプニングを急に思い出したのか、一人で「うぅ、私は何をトチ狂ったことを……!」と激しく悶絶して身悶えを繰り返し、「先ほどは、その……大変見苦しい誤解をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」と、何度も何度も大通りでおれに向かって直角に頭を下げていた。
おれが苦笑いしながら「いやいや、大丈夫ですよ。気にしないでください」と伝えると、彼女は不意に足を止め、真剣な佇まいでこちらを振り返った。
「……あの、改めて、お願いがあるのですが……。これからは、私に対して一切の敬語を使わないでいただきたいのです」
おれが瞬きをすると、彼女は真っ直ぐにおれを見つめて言葉を続けた。
「私に教えてくださっているのは、あなたの方です。実質的に、あなたは私の偉大な師のような存在なのですから……。それに、できれば名前も、これからは呼び捨てで呼んでいただきたいです」
おれは彼女に服から実家の飯や宿など、最初から何から何まで結構なレベルでお世話になってしまっていたため、無意識にずっと他人行儀な敬語を使っていたのだ。
だが、彼女がそこまで強く言うのであれば、今後のパーティプレイの効率を考えても、そのように切り替えるのが妥当か。
おれは腹を括り、彼女の美しい瞳を正面から真っ直ぐに見据えた。
「―――分かった。これからはそうするよ。改めてよろしく、アイシャ」
おれがフッと笑みを浮かべてその名を呼び捨てにした、その瞬間。
花娘アイシャは、耳まで真っ赤になって激しく限界突破し、「ひゃぅっ!?」と可愛い悲鳴を上げて恥ずかしそうに大慌てで顔を両手で伏せてしまった。
「―――まずはお前のそれをどうにかしろ!」




