1-35 そして、旅立ちの時
よし……! やっと、終わったぞ……ッ!
おれは作業机の上に突っ伏したまま、大きな達成感の溜息を吐き出した。
おれの目の前には、パズルのように複雑に組み合わさった末に、綺麗に解きほぐされた特殊な知恵の輪が、100個も無造作に転がっていた。
盗賊の熟練度を上げる習コツは、街の職人通りで売られている、システム的に施錠ギミックが仕込まれたこの特殊な知恵の輪を解くことだ。
1種類を解錠するごとに、職業習熟度が確定で『+1』されるという、初期のレベリングにうってつけのバグ技である。
指先を極限まで酷使し、まるまる4時間半もの退屈な作業に没頭してしまったが、これでようやく盗賊の熟練度を星3へと引き上げることができた。
おれは凝り固まった肩を回しながら、システム画面を呼び出す。
「ステータスオープン」
アキヒロ
HP : 270/270 MP : 65/65 SP : 250/250(+10)
STR : 30 DEX : 25(+1) VIT : 27 AG I : 28(+4)
INT : 2 MND : 11 LUK : 5
【職業】
盗賊☆3(0/500) UP
【職業履歴】
剣士☆3(89/500)、槍士☆3(40/500)、
戦士☆3(0/500)、武道家☆3(6/500)、
騎士☆3(0/500)、斥候☆2(0/100)、
狩人☆1(0/10)、商人☆1(0/10)、
回復士☆1(0/10)、調教師☆1(0/10)
【スキル】
スラッシュ、回転切り、ダブルエッジ、シングルスラスト、足払い、三段突き、ラッシュ、地走り、アーマーブレイク、正拳突き、回し蹴り、チャクラ、スティール、解錠、ツインストライク、ポイズンエッジ NEW、突撃、挑発、プロテクション、シールドバッシュ、気配察知、罠感知、気配遮断、暗視、鷹の目、追跡、夜目、罠設置、アイテム鑑定、査定、初級回復魔法、生物鑑定、調教、口笛
【所持金】
60150ゴールド
これで、この『始まりの街』ですべき仕込みは、本当にすべて終わったな。
このステータスを引っ提げて、次の国を目指しながら道中でさらに習活を加速させていく算段だ。
さて、そうと決まれば、まずは長距離移動のための「馬車」を手に入れなければならない。
幸いなことに、おれ達の手元には、棚ぼたでゲットした『馬車を牽引できるサイズ無駄に名前のカッコいい助平馬』という一級の動力が存在する。
使わない手はない。
―――あ、しまった。
どうせなら昨日の夜にでも、実家が大商会の赤顔娘に余っている馬車がないか、先に聞いておけばよかったな。
彼女は今日、街を発つための手続きと挨拶を兼ねて、朝から冒険者ギルドへ顔を出すと言っていた。
一緒に屋敷を出てからだいぶ時間が経っているが、もう手続きを終えて帰ってきているだろうか。
ひとまず、おれもこの街を離れるにあたって、最低限の「移動届」だけはギルドの受付に出しておく必要がある。
おれは荷物をまとめると、ギルドの建物へと向かった。
「―――うぉぉぉぉぉん!! アイシャ様ァァ!!」
「お願いだから目を覚ましてくれーーっ!!」
ギルドの建物が密集する大通りに近づくにつれ、何やら鼓膜をツンと刺すような、おびただしい数の男たちの絶叫と怒号が遠くから聞こえてきた。
建物の周辺にたどり着くと、そこにはギルドの入り口を何重にも取り囲むようにして、もの凄まじい群衆(ファンクラブの暴徒たち)の人だかりが出来上がっていた。
なんだこれ。
おれの中に、嫌な予感がビンビンと鳴り響く。
おれは気配を消し、人混みの隙間から恐る恐るギルドのロビーの中を覗き込んだ。
「―――だから! あなたは絶対にあの邪神の申し子に洗脳されているのよ! 私は絶対にあなたを街から行かせないんだから!! 神父さん、早く! もっと強力な解呪の奇跡を!」
「し、しかし……何度やっても彼女には、状態異常の魔法光が一切発動しないんです……っ!」
「うるさい! 邪神の呪いに打ち勝つ国宝級の聖遺物を今すぐ大聖堂から持って来いって言ってんの! 今のアイシャの顔の赤さはね、これまでのどんな凶悪な呪いよりも恐ろしい、怨嗟の怨念が詰まった呪詛が心臓に刻まれている証拠よぉぉ!!」
「神父様! 冒険者ギルドは今回のアイシャ様救出作戦に対し、全面バックアップ体制を取らせていただきます! ギルドの予算と人脈をどれだけでも湯水のように注ぎ込んで構いませんので、どうか洗脳を解くための指示を! 早く!」
「え、えぇぇ……しかし、これ以上どうしたらいいのか……っ」
広場の中央で、真っ赤になってオロオロしている赤顔娘の前に、あの泡娘が仁王立ちで張り付きながら、ヒステリックに叫び散らかし、さらに赤顔娘の背後には、地震娘がボロボロと滝のような涙を流しながら、彼女の細い腰に全力で抱きついて凄まじい超高速振動を伝達し、その前では、アイシャのファンクラブに脅迫されて無理矢理連れてこられたのだろう、頭を抱えて顔を真っ青にしている教会の神父らしきおっさんが、両膝を大理石の床に突き、頭を垂れながら完全に精根尽き果てて脱力し、そしてその神父の真後ろでは、あの舌打ち受付嬢が「早く指示を出せぇ!」と怒号を上げながら、神父の貴重な剥げ頭を容赦なくしばき上げていた。
……えっ? この地獄絵図みたいな状況を、延々と………4時間も………?
おれは冷や汗を流しながら、そっと一歩、後ろへと下がった。
よし。おれは、何も見なかった、と3回ほど魔法の呪文を心の中で唱えると、おれは移動届の提出を完全に諦め、スッと気配を消してギルドの敷地からバックレたのだった。
その後、商会の屋敷に戻ってお抱えのメイドさんに尋ねてみると、「お嬢様のご遠征用でしたら、最高級の幌馬車が倉庫に余っておりますよ」とのことだったので、ありがたくそいつを借用することにした。
馬車の確保ができたので、おれは手早くそれ以外の必要な買い出しを終わらせていく。
ここから北西の【アルカノ魔法国】までは、馬車でおおよそ10日前後の道のりだ。
その道中でも、前世の知識を活かしてダンジョンやレベリングスポットに片っ端から寄っていく予定をしているため、少し多めに食料と日用品を買い込んで馬車に積み込んでいった。
ちなみに、赤顔娘は「私自身の荷物は、実家から支給された『マジックバッグ』にすべて詰めて持って行きます」と胸を張っていたので、おれは今度は絶対に『テント』を忘れるなと念押ししといた。
アダ名通りのリアクションをしていた。
おれはすべての出発準備を完璧に終わらせると、まだ主の帰ってこない静かな屋敷の客室にこもり、明日の長旅に備えて早々にベッドに入って眠りについた。
おそらく深夜3時頃、、、
玄関ホールらへんから、メイドさんの「お嬢様!!しっかり!!」という悲痛な叫び声を聞いたので、赤顔娘も無事に帰って来れたのだろう。
おれはそのままシステムをシャットダウンし、ガチ寝した。
―――そして、翌朝。
食堂のテーブルに並んだ、実家が大商会ならではの最高に美味しい朝食を優雅に食べていると、おれの正面に、まるで生ける屍と化した赤顔娘がのそのそと起きてきて椅子に腰掛けた。
隈が昨日の倍くらいに濃くなっている。
おれはスープをスプーンで掬いながら、「……おい、本当に大丈夫か? もし無理そうなら、今回の遠征は付いて来なくてもいいんだよ?」と極めて合理的な提案をしてあげた。
すると、彼女は死にかけの目の瞳孔をカッと限界まで見開いて「い、いいえ! 行きます! 絶対に行きますから!!」と、物凄い形相でおれの意見(願望)を拒絶してきた。
あ、そう。付いて来れのるね。分かったよ。
朝食を終え、すべての準備を済ませて屋敷の正門から出発する間際、お世話になったお抱えのメイドさんが、涙目で赤顔娘に抱きつきながら、
「お嬢様……! 旦那様と奥様には私から上手くお伝えしておきます……っ! どうか、お健やかに……末永いお幸せをお祈りしております……っ!」などと、盛大な勘違いの籠ったお見送りの言葉を述べていた。
修行の旅だよ?いったい何をどう説明したの?
おれ達が乗り込む高級馬車には、赤顔娘の言うことしか絶対に聞かない例の『シルフィード(ドスケベユニコーン)』がしっかりと繋がれている。
おれが手綱を握っても一歩も動かないため、仕方なくおれは快適な馬車の客席の中へと収まり、御者席には赤顔娘が座って手綱を引いて、馬車は静かに出発した。
さて、始まりの街を出るための最後の関門は、あの正門だ。
どうせまた、おれが赤顔娘を連れ回しているという理由で、あの嫉妬に狂ったファンクラブの門番たちが絡んでくるに違いない。
おれはアイテムボックスから、雑貨屋で購入したばかりの1本の「鞭」を取り出すと、自身のメイン職業を調教師へと切り替え、迎撃のためにそれを静かに装備した。
高級馬車が門の手前へと差し掛かろうとした、まさにその時――。
ヒヒィィンッ!とシルフィードが短く鳴き、急ブレーキをかけるようにして馬車がピタリと停止した。
何事かとおれが馬車の窓から御者席の方へと顔を出すと、なんと、大通りのど真ん中で両手を大袈裟に左右に広げた泡娘が、決死の形相で馬車の行く手を完全に塞いで立ちはだかっていた。
そしてその泡娘の背後には、地震娘が、相方の服の裾をギュッと掴んで隠れるようにしながら、ガタガタと小刻みに震えてこちらを涙目で伺っている。
おれが呆気にとられてそっちを見つめていると、泡娘は街中に響き渡るような大音量で、おれ達に向かって力強く叫んだ。
「私達も、あんたたちのその旅に強制同行させてもらうわよ!! アイシャを1人っきり(邪神の贄)になんて、絶対にさせないんだから!!」
……はぁ?
おれが脳内でシステムツッコミを入れようとした瞬間、ふと御者席に座る赤顔娘の横顔が視界に入った。
彼女は、この世界に来てからおれが一度も見たことがないほどの、心の底から嬉しそうな、聖母のような満面の笑みを浮かべながら、道を塞ぐ友人たちを見つめていた。
その美しい瞳の端には、熱い涙がじんわりと滲んでいるように見えた。
―――そうか。
おれはてっきり、彼女は孤高のAランクソロ冒険者なのだとばかり思っていた。
だが、この街の人々からどれほどエリートと持て囃されようとも、あの泡娘と地震娘の2人だけは、赤顔娘にとって損得勘定抜きで命を預け合える、本当の『大切な仲間』だったのだ。
だからこそ、あいつらも赤顔娘のことが心配でたまらなくて、昨日あんなにも必死になって、身を挺してまで彼女が街から出るのを阻止しようとしていたのか。
現地の人間たちの、泥臭くも温かい、本物の友情の絆がそこにはあったんだな。
「ちょっと! 何とか言いなさいよ!!」
なおも道を塞いだまま、大声でこちらを指差して叫び続ける泡娘。
おれは、彼女たちのその熱い友情の輝きを真っ直ぐに見つめ、馬車の窓から少しだけ身を乗り出すと、彼女たちに向かってハキハキとした良い笑顔でこう応えた。
「――あ、マジでいらないでーす」




