1-27 結局、行き着くところは前世でも異世界でもそう変わらない
手合わせを終え、修練場を後にしたおれは、森での10日間の隠れた成果物――【月見草の花びら】を換金するため、再び冒険者ギルドの正面ロビーへと足を運んでいた。
少し前に「不審者」として衛兵を呼ばれかけた場所だ。
恐る恐る受付カウンターへと進み出ると、運悪くそこにいたのは、この間おれを不審者として引き剥がした張本人の受付嬢だった。
おれの顔を見るなり、彼女は隠そうともせずに「チッ……」と鼓膜にダイレクトに響く鋭い舌打ちをかまして相手をしてくれた。
大丈夫、おれは29歳無職(中身)の大人だ。これくらいでは、まだ泣かない。
「……あの、売りたい素材があるんですけど」
おれがボソボソと告げると、彼女はあからさまに面倒くさそうな悪態を吐きながら、おれを奥の素材買取所へと案内し始めた。
最後に、「いいですか、出所が怪しい素材や、他人の縄張りから盗んできた盗品をギルドに持ち込んだ場合、即座に資格剥奪の上で厳罰に処されますからね」などと、チクチクと説明(嫌味)を並べ立ててくる。
目に見える景色が少しだけ霞んだ。
「―――おい、何を売るんだ。早く出しな」
買取所のデスクにどっかりと腰掛け、肘を突いて睨みつけてきたのは、いかにも偏屈そうな髭面のおじさんだった。
おれは無言のまま、アイテムボックスの空間を解放。
森のゴブリン村の周辺で、夜な夜なシステム的な最高効率ルートを周回して集めまくった【月見草の花びら】のストックを、そのまま机の上に「ドサァッ!!」と豪快に直接ぶちまけてやった。
その瞬間、髭おじさんの目がこれでもかと見開かれた。
目の前の光景が信じられないかのように、完全に動きを止めて驚愕のまま硬職している。
「こ、これほどの量を、たった一人でどうやって……!? しかも、処理の状態も乾燥の度合いも完璧じゃないか! こ、こ、こんなに瑞々しくて新鮮な月見草、おれは生まれてこの方一度も見ただってねぇぞ……!」
数秒後に強制再起動を果たした髭おじさんは、取り乱した様子で花びらを手に取り、大慌てで専用のガラス瓶に詰めながら、感嘆の声を上げてせっせと作業を進め始めた。
今度は立場が逆転だ。
おれはすっとデスクに肘を置き、逆に髭おじさんをじっと睨みつけながら「これ、いつ終わるんですかね?」と無言のプレッシャー(コミュ障特有のガン飛ばし)を与えてやった。
おじさんは冷や汗を流しながら、「時間がかかるから、ロビーの広場で待っていてくれ!」と、買取所の若いスタッフ一人を、おれの案内役として慌てて付け、広場へと丁重に送り出してきた。
案内された広場のフカフカの椅子に腰掛けて待っていると、驚いたことに、さっきの舌打ち受付嬢がお盆に高級な紅茶を載せて、わざわざおれの元へと運んできた。
どうやら、買取所の若者から「あの方はとんでもない最高級素材を大量に持ち込んだVIPだ、無礼を働いたらクビが飛ぶぞ」とでも裏で説明されたっぽい。
彼女はおれにカップを差し出す際、おれの視界の外で「なんで私があんな泥棒成金みたいな奴に……!」と悔しそうに小さな声を漏らして吠えていた。
ふっふっふっ。脳内アドレナリンが止まらない。プチざまぁ成功である。
「アキヒロ様、査定が終わりました。受付カウンターまでお越しください」
呼ばれて向かうと、そこには引きつったビジネススマイルを浮かべた受付嬢が待っていた。
彼女は「グギギギィ……」と、まるで油の切れた人形のような奇怪な歯ぎしりの音を発しながら、おれの報酬金が詰まったずっしりと重い袋を手渡してきた。
その額、なんと38万6千ゴールド。
前世の感覚に換算すると、一瞬にして約386万円もの大金を稼ぎ出してしまったことになる。
これぞ廃人の周回効率の恐ろしさだ。
周囲の冒険者たちからは「おいおい、あのボロ布を着てた新人が……」「どっかから盗んできたに決まってるだろ……」などとブツブツと陰口が聞こえてくるが、今の金持ち(成金)となったおれの心には蚊が鳴くほどの痛痒も感じない。
よし。これで第一段階の目標金額には何とか到達したぞ。
懐がホクホクになったおれの次の目的地は決まっている。
おれはギルドの扉を蹴り開けるような勢いで飛び出すと、街で一番大きな日用雑貨の商店へと向かい、爆買いを開始した。
「―――はい、お待たせいたしました。お会計、締めて24万2850ゴールドになります」
レジ横の机の上や床、さらには通路にまで多種多様な日用雑貨がうず高く積まれている。
それらを横目で見ながら、店員が完全に息を切らし、呆れ果てた声でおれにその合計金額を告げた。
「はい、これで」とおれは査定されたばかりの金貨の山をきっちり支払い、会計を終わらせる。
そして、目の前にある大量の鍋や包丁、衣服、調味料、木材、布地といった山のような商品を、おれのアイテムボックスの中へと、次から次へとブラックホールのように一瞬でぶち込んでいった。
さっきまで山積みだった商品が、手品のように目の前で次々と消滅していく。
その光景を見ていた店員の顔は、真面目な接客顔から、驚愕、混乱、そして恐怖へと目まぐるしく変化していき、ひとしきり百面相を繰り返した。
最終的には目と口を完全に「○」の形にしたまま硬直。
人間というよりは、まるで出土したばかりの不格好な土偶のようになっていた。
―――よし、商人用の材料と仕入れはこんなもんでいいかな。
さて、お次はすぐ隣のエリアにある商業ギルドへ向かいますか。
「―――では、こちらが『露店販売の許可証』になります。本日の営業ルールを守って、しっかり稼いでくださいね」
商業ギルドの窓口で高額な店舗登録料を支払い、おれは1枚の羊皮紙の許可証を受け取った。
窓口の職員から露店を開いていい指定区域や、閉店時間に関する詳細な説明を受け、おれは早速その場所へと向かった。
しかし、いざマーケットの大通りへ行ってみると、様々な常設店舗や先客の露店がひしめき合っており、おれの巨大な露店を開けるような広めのスペースが全く見当たらない。
通りのあちこちを歩き回って探しているうちに、時刻はもう3時を回ってしまっていた。
日没まであまり時間は残されていない。少し焦りが生じる。
仕方がなく、おれは大通りから一本奥まった場所にある、普段は人があまり来なさそうな、少し薄暗いエリアへと足を向けた。
いかにも不人気だと分かるどん詰まりの場所がぽつんと空いていたため、そこに店を構えることを決意する。
さっき商店で爆買いした大量の仕入れ品を、アイテムボックスからドバドバと吐き出し、棚や布の上に並べていく。
商品の量が尋常ではないため、奥まった路地をほぼ占領するような、やたらと横に広がった規格外の巨大露店が完成してしまった。
おれがなぜ、今さらこんな地味な物売りをしているのか。
それもすべては基本職【商人】の転職条件を満たす為だ。
転職条件は『店主として、自力で累計10万ゴールド以上の売上を出すこと』となっている。
これは何も立派な店舗を持たずとも、ギルドの許可さえあれば、このような道端の露店でもシステム上は必要条件を満たすことができる。
場所は最悪。時間も遅い。
だが、今日中に10万ゴールドを爆速で稼ぎ切る絶対の自信が、おれにはあった。
きっとすべて上手くいく。
おれはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、店の看板を掲げる一番目立つ特等席の場所に、文字が書かれた大きな垂れ幕を威風堂々と掲げた。
そいつに刻まれた文字は、こうだ。
【全品! 定価の半額!!】
―――それから、わずか半刻後。
「ちょっとこれは私が取ったのよ!離しなさいよ!」
「引っ張らないで!これ以上伸びたらLLサイズになっちゃうでしょ!」
「いい?お母さんの目を見て。今の私はね、タダのものを拾う時より凶暴よ、、、」
「あなた!息を吸う暇があるなら商品に手を伸ばしなさい!酸素じゃお腹は膨らまないのよ!!」
「私の行いを女神が見てるだ!?私にとっては『定価で物を売る奴』がすべて邪神なのよ!」
「筋肉が悲鳴を上げてるんじゃない、筋肉が『もっと買え』と歌っているの!!」
押し寄せた凄まじい人間の津波。
バーゲンセールという名の戦場と化した薄暗い路地裏で、おれはただただ飛ぶように消えていく商品の山と、地獄の業火よりも熱く燃え盛る現地の主婦たちの狂気に圧倒されていた。
―――おれは、この世界の「オバタリアン」という名の最強種の戦闘力を、あまりにも舐め腐っていた。。。




