1-26 伝わり難い事は理解するのに時間が掛かる
邪魔者(泡娘)が自爆して勝手に退場してくれたので、おれは気を取り直して、目の前のポニちゃんへ、おれの構築した育成チャートを伝えることにした。
ここからは、重度のボッチコミュ障であるおれにとって、人生最大の難所である。
世界の誰も知らない、隠された星の上限突破クエストの内容。
それを達成するために「なぜその職業が必要なのか」という前提ロジック。
おれは脳内データベースから情報を引っ張り出し、1つ1つ丁寧に、しかし緊張のあまり時折たどたどしく言葉を詰まらせながらも、必死になって説明を続けた。
おれが全く新しい「世界の真実(仕様)」を口にするたびに、アイシャの端正な顔立ちが驚愕、困惑、そして深い納得へと目まぐるしく変化していく。
そのエリート美少女の顔芸が思いのほか見ていて面白かったため、おれはすっかり調子に乗ってしまった。
廃人の悪い癖だ。
おれはさらに一歩踏み込んで、この世界の人間が誰も認識していない『ステータスの数値』の話と、各職業・各熟練度ランクごとの具体的なステータス上昇値まで教えてあげた。
たとえば、『剣職』の系統を例に挙げると、熟練度が☆1上がるごとに裏で加算される基礎値はこんな感じだ。
剣士
STR2 DEX1 VIT1 AGI1 INT MND LUK
剣豪
STR4 DEX2 VIT2 AGI2 INT MND LUK
剣聖
STR6 DEX3 VIT3 AGI3 INT MND LUK
そして、ここからが一番重要なポイントなんだけど……。
もしその職業の熟練度を最高の『☆10(マスター)』にまで極めることができれば、副産物として、剣職なら『STRが恒久的に+2%』、さらに『DEX、VIT、AGIにそれぞれ+1%』の永続的な上昇ボーナスが、全能力の基礎値に乗っかるんだ。
……これが、後々になって、他の冒険者と埋めようのない圧倒的なアドバンテージになる。
ポニちゃんも、もちろん最初は☆8以上の領域が存在することや、目に見えない『パラメータ』という概念そのものが信じられない様子だった。
だが、おれが先ほど見せた「鍋の蓋」による異次元の完封劇、そして何より、おれが今こうして熱弁を振るっている知識の圧倒的な具体性と熱量に圧され、ようやくその美しい瞳に「この人は、本当に世界の真理を知っている」という畏怖と信頼の色を宿した。
「魔術師も、召喚士になるのも、魔法国に行く必要があるので、暫くは上級職を目指す為、剣職と槍職を鍛えるように伝えた。
刀についてはどうするのか問われたので、おれも転職する予定があるから、おれが行った時に、持って帰って来てあげると約束した。
おれが事もなげにそう告げると、ポニちゃんは一瞬、言葉を失ったように目を見開いた。
現地人からすれば、海の向こうの未開の地へ行くなど国家規模の大冒険なのだろう。
ただいかんせんバカ遠いので、いつになるかは保証が出来ない事も、併せて伝えた。
ポニちゃんは一言「そうですか。よろしくお願いします」とだけおれに答え、それからは顎に手を当てて何やら考えている。
―――うん。それは、別にいいんだ。
彼女が真剣に未来のレベリング計画を立てている姿は、非常に知的で美しいと思う。
……ただ、
おれが説明している間も、そして彼女がこうして深刻な考え事をしている今現在も、彼女の細い腰には、生まれたての小鹿に擬態している地震娘が、涙目でガタガタと全力でしがみつき続けている。
その凄まじいバイブレーションのせいで、アイシャの身体はずっと高速で微振動していた。
彼女は今、知的なポーズで顎に手を当てて思考しているのだが……振動の衝撃がダイレクトに頭部に伝わっているせいで、その綺麗な白い歯が「カタカタカタカタ……ッ!」と激しい音を立てて鳴り響いている。
……とてもシュールだ……。
―――ん?
一通りの説明を終えて、おれがふと我に返り、広い一級修練場を見渡してみると――おれ達の戦いと問答を遠巻きに見ていた周囲の冒険者たちが、文字通りとんでもない惨状になっていた。
やれ「今のステップの起動は人間業じゃねえ……」と眼球をこれでもかと剥き出しにして驚愕に震えるベテラン。
「あ、アイシャ様が……あの完璧なアイシャ様が、鍋の蓋ごときに子供扱いで負けたァァ!!」と床に両膝を突き、前世のアニメの敗北者のように大号泣している(おそらく)ファンクラブのやつ。
脳の処理能力が完全にオーバーヒートを起こし、狂ったように「キャッハー!! 邪神万歳ーー!!」とか奇声を叫びながら、おれに向かって全力で中指を立ててくる危険思想のギルド員。
あまりの衝撃に開いた口が塞がらず、直立不動の姿勢のまま前にバタリと倒れ込み、文字通り己の顎を大理石の床に深く埋めているシュールな戦士。
「アババババババッ!!」と謎の原始的な奇声を上げて頭を掻きむしっている魔法使い。
修練場は、千差万別な集団リアクション芸の博覧会と化していた。
……視線が痛い。めちゃくちゃ痛い。一刻も早くこの場からバックレたいのですが……。
もうする事終わったよね? おれ、もう行っていいよね?
おれはこれ以上不審者としてのヘイトを集める前に消え失せるべく、おれはもう行くから、泡娘にもよろしく言っておいてとアイシャに別れを告げた。
すると、アイシャは高速で微振動しながらもおれの方をカチリと向き直り、凛とした美しい所作で深々とお辞儀をしてくれた。
おれは片手を軽く上げ、出口に向かってコソコソと歩き出した。
よし、これでやっと美味しいご飯(第2陣)に――と、思った、その時。
「―――あ、あの……ッ! お、お待ちください……っ!」
後ろから、またしてもアイシャの引き留める声が響いた。
おれが驚いて足を止め、おそるおそる振り返ると、アイシャは顔を微かに紅潮させ、信じられないほど真剣な眼差しでおれを真っ直ぐに見つめていた。
「――――――こ、この街には、、、い、いつ頃まで、、、滞在、されて、いるの、で、、しょうか……っ?」
ん? いつまでこの街にいるか、か。
これからの各職業の条件解放の進捗具合にもよるけれど、長く見積もってもだいたい10日くらいかな。
おれがだいたい5日から10日の間くらいになると素直に伝える。
「り、了解、し、しましたっ……! も、もし街を、は、離れる、ことに、な、なりましたらっ……! ぼ、冒険者、ギ、ギルドへ、そ、その、一報を、ご、ご、ご、連絡、いただけますかか……っ!?
わ、私にまで、す、す、すぐ、連絡が、い、行くように、て、手配、しておき、ますのででで……っ!!」
――――――長セリフは地震娘を取り外してから喋れ!!




