1-24 最強への道とは、何度倒れてもあきらめない心
―――次はこちらから行くぞ。
おれは言葉ではなく、ただ「視線」の合図だけでそう告げると、スタスタと締まりのない足取りで歩き出し、彼女との間合いを冷徹に潰していった。
間合いに入った瞬間、おれは木刀を上段へと振りかぶる。
彼女はそれを「ただの真っ直ぐな振り下ろし」と判断したのだろう。
おれの攻撃を正面からガチリと受け止めるべく、自身のミスリル剣を目の前に正しく構えて防御の姿勢を取った。
おれは彼女の刃と当たるまさにその刹那、一気に剣速を限界まで加速させ、ぶつかり合う寸前、ミスリル剣の腹に沿うように自身の木刀の側面を滑らせ、そのまま変則的なアッパーカットの軌道を描いて、彼女の手元――剣の柄の間へとピンポイントで打ち込む。
ショックで彼女の防御の「軸」がブレた瞬間、おれは右回転に自身の木刀を鋭く一閃させた。
原理としては単純な絡め取りだ。
ポニちゃんのミスリルの剣は、おれの放った円運動の軌道に見事なまでに巻き込まれ、彼女の手から容易く弾き飛ばされて宙を舞った。
フェイントってのはこうやって『静から動』へ急激に変化させる緩急が一番のポイントなんだ。
当てもしない空虚な残像を振り回したって意味がない。
あと、相手の剣を受けるなら、直前まで引きつけてから自分から『弾きに』行かないと、このようにこちらの剣の誘導に合わせられちゃうから気をつけよう。
(声にしていない為、相手に全く伝わっていないが、)レクチャーしている(つもりでいる)おれは、絡め取った剣をくるくる回して相手に返す。
ポニちゃんは、屈辱と驚愕の入り混じったしぶしぶ顔で、おれから愛剣を受け取ると、仕切り直すために一気に後ろへと大きく跳び下がった。
だが、おれはそんな彼女を、再びスタスタと締まりのない徒歩で追いかけていく。
今度は右横に木刀を寝かせた状態から一気に間合いを詰め、鋭い横薙ぎの一閃を放った。
彼女は今度こそおれの攻撃を完璧に遮断するべく、白騎士の特殊盾を頑強に構えて防ごうとする。
おれは途中で意図的に剣筋を少し上方向へと向け、彼女の視線を上へと誘導。
構えられた盾の「上側のフチ」を木刀でトントンと軽く叩き、それを踏み台にするようにして、彼女の死角へと滑り込むように一瞬でその場にしゃがみ込んだ。
彼女の視点からすれば、おれの身体が目の前から「完全に消失した」ように見えたはずだ。
案の定、上空を警戒して視線を泳がせた彼女の隙を見逃さず、おれは右足で彼女の左足を鋭く払ってバランスを崩させる。
さらにその払い上げたおれの足を、下から上方向へとさらに木刀の腹でカチ上げるように払い、慣性の法則に従って彼女の華奢な身体を宙で1回転させてから、背中から大理石の床へと綺麗に転がした。
盾ってのはね、ジャストタイミングで『完全防御』をするためのものなんだよ。あんな中途半端な位置とタイミングで固定しちゃうから、自分の死角を自分で作ることになるんだ。
基本は避けるか剣で弾く。
盾を使うなら、当たる直前の一瞬で合わせるんだ。
(声に出していな……以下同文)
おれは床に倒れ伏した彼女の目の前にスッと手を差し伸べ、無言のままひょいっと引き起こしてやった。
そうして、また5歩ほど後ろに下がって、首を振りながら仕切り直しの距離を取る。
さぁて、次はどう受ける?
それとも、もう1回攻守交代してあげようか?
おれが手元で木刀を弄んでいると、彼女の瞳に、明確な焦りと本気の闘志がギラリと宿った。
彼女は自身の身体に防御力上昇のスキル【プロテクション】を纏わせると、さらに白騎士の☆6スキルである大技――【セイントアサイラム】を発動させた。
彼女を中心にして、床に美しい聖なる魔法陣が展開される。
範囲内の味方の防御力を爆発的に高め、かつ常時HPを急速回復させるリジェネスペース。
いわゆる、ガチガチの「籠城・迎撃カウンター陣地」だ。
なるほど。
これだけの実力差がありながら、まだおれの隙を突いて相打ち覚悟のカウンターを狙うつもりか。
良いセンスしてるじゃん。
……じゃあ、ちょっとだけ、出力を『6割』まで上げていってみようか。
おれはゆらゆらと、まるで酔っ払いのような千鳥足のステップで、彼女の陣地の外周を左回りに移動し始めた。
彼女はそれに対応するべく、自身の中心を軸にして、常におれを正面に捉え続けようと細かく向きを変える。
おれは一気に彼女の間合いへと踏み込んだ。
木刀を左側に構え、大袈裟なモーションで振り下ろしを放つ。
その「視線の誘導」に彼女が完全に釣られた瞬間、おれは振り下ろしのモーションをシステム的に強制キャンセルし、地を滑るような超低空のステップを繰り出し、真逆の右死角――彼女が最も盾を動かしにくい、左脇の「盾の裏側」へと完璧に回り込んだ。
「――っ!?」
完全に視界からおれが消え、彼女が短く息を呑んだ、その刹那。
盾の裏側、がら空きになった彼女の右脇腹のわずかな隙間へと、おれは鋭い突きを容赦なく放った。
ボフッ、と防具越しに衝撃が走る。
少しくの字に折れ曲がった彼女の盾のフチに、おれは木刀の柄を素早く引っ掛けると、そのまま力任せに前方へと強引に引き倒した。
たまらずバランスを崩し、倒れまいと左足を前に出した彼女の足を、おれは木刀で払い、そのまま返す刀の軌道で、彼女の美しい顎の下へと木刀の先端を正確に打ち付けた。
「あうっ……!」
頭部が上へと仰け反ったので、おれはその勢いを利用し、彼女の盾にトンッと片足をかけると、そのまま反対側へと高く跳び上がった。
空中で独楽のように方向転換しながら、今度は右側からの容赦のない打ち下ろしを放つ。
ポニちゃんも流石はAランク冒険者だ。
体勢を崩しながらも、バク転をする形でその一撃を剣でなんとか弾いた。すぐさま正面を向き直り、おれを捉えようとするが――。
遅い。
おれは彼女のバク転の回転軸に合わせて、その着地際、既に彼女の『真後ろ(背面)』へと完璧に先回りしていた。
ドォン!!
がら空きの背中へ、鍋の蓋による【シールドバッシュ】を容赦なく叩き込む。
彼女の身体が前方へと激しく吹き飛んだ。
彼女は右手で床を強く叩き、見事な受け身を取って即座におれの方へと向き直る。
が、彼女の移動ベクトルと完全に「同調」して動いていたおれは、彼女の反転と同時に、またしてもその背後へと回り込んでいた。
したがって、彼女の視線の先におれの姿はない。
バシッ、とおれは足で彼女の左膝の裏を軽く蹴り、片膝をつかせた。
そのまま滑るように左側へと回り込み、左斜め後方の死角から、彼女の白い首筋へと、木刀の切っ先を音もなくピタリと突きつけ――残心を取る。
「……それまで、ですかね?」
おれが耳元で静かにそう声をかけると、ポニちゃんは一瞬だけ驚きに身体を強張らせた後、ふっと美しく柔らかな笑みを浮かべてタメ息をこぼした。
「……そのようですね。――私の、完敗です」
おれが首筋から木刀を引き、一歩後ろに下がると、彼女はゆっくりと立ち上がってこちらを振り向いた。
すっと衣服の乱れを直し、姿勢を正して、おれのことを真っ直ぐに見つめてくる。
夕暮れの修練場。
遠くで泡娘たちが「嘘でしょ……アイシャが子供扱いに……」と涙目で抱き合いながらガタガタ震えている中、おれ達の間には少しの間、無言の静寂が流れていた。
やがて、ポニちゃんは信じられないものを見るような、しかし深い敬意の込もった声でおれに問いかけてきた。
「―――いったい、どのようにして、そこまでの領域の技術を身に付けたのでしょうか?」
どのように、か。
そう聞かれても、本当のことを説明したって、この世界の人間には100%理解してもらえないよな。
おれが前世という別世界でこのゲームをしており、そこで幾千、幾万というプレイヤー相手に血反吐を吐きながら『対人戦(PvP)』をこなし、カンスト一歩手前の最上級職の化物プレイヤーたちと死に物狂いで対決し、それすら生温いと言わんばかりの超高難度クエストモンスターと戦って、何度も何度も何度も何度も「死んで」身につけた技術の結晶だ、なんて言っても信じるわけがない。
でもまぁ、服を奢ってもらった恩もあるし、せっかく真剣に聞いてくれているんだ。
廃人として、この迷える現地のトップエリートに、ほんの少しだけ有益なアドバイスを授けてあげてもバチは当たらないだろう。
しかし………何にしようか…………
―――あ、そうだ
「……今の『職業履歴』と、それぞれの『熟練度』を詳しく教えてもらえますか?」
この世界の全人類が勝手に限界だと勘違いしている、『☆8(エキスパートランク)』へと上限突破するための隠されたクエストと、『上級職』に転職させる方法を教えてあげよう。
この世界の誰も知らない『神の領域の歩き方』を、今からこのポニちゃんに見せてやるとしよう。




