1-22 おれがおれである為に
「―――私と、一戦して頂けませんか?」
凛とした涼やかな声が、夕暮れの門前に響き渡る。
……おれと一戦?
それは、つまり……おれと、この眼前にいる最高ランク(笑)☆7の超絶エリート美少女ポニーテール騎士が、物理的に剣を交えて殴り合うってことだろうか。
脳内メモリが急速に熱を帯び、おれのコミュ障特有のネガティブ妄想が、最悪の方向へと高速回転を始める。
待て待て、何でそんな話になる。
もしかして、服をパシらせるような形になったことへの遠回しな報復か?
それとも、さっきおれが極限の緊張から噛みまくって口にしたボソボソの「ありが……~っす」が、彼女の驚異的な聴力によって「ありがた迷惑」という最大級の煽り文句に脳内変換されて届いてしまったのか?
おいおい勘弁してくれ。
おれは今日、彼女と初めて会ったんだぞ。
そんな見ず知らずの他人に、初手から血闘を吹っ掛けられるような覚えは断じて、何一つとしてない。
「…………」
あまりの事態に頭の理解が完全にフリーズしたおれは、蜘蛛の糸をも掴む思いで、助けを求めるように背後の門番たちを振り返った。
しかし、そこにいたファンクラブ会員A・Bの門番たちは「こ、こんなドブネズミと、アイシャ様が何で……?」とか、「絶対に許さん。手合わせのドサクサに紛れてアイシャ様に触れたらその場で極刑だ」などと怨嗟の呪文をぶつぶつと呟きながら、おれを目だけで射殺そうとしていた。
ダメだ。
まるで役に立ちそうにない。
というかむしろ、おれの背中に向かって明確な殺意のデバフ(精神的攻撃)を飛ばしてきている。
とりあえず理由を聞いてみよう。
おれは両膝、両手を地につけ、額を地面に擦り付ける。
「い、嫌らしく、む、胸を、見てました!すみません!」
いきなりおれが激しく謝罪を始めたため、ポニちゃんは「ち、違います! 起きてください!」と顔を真っ赤にして大慌てで連呼し、おれの肩を掴んで強引に引き起こした。
「……テルミナから、あなたの話を聞いていたんです。それで、どうしてもあなたという人物に興味がありまして」
………テルミナ?
聞き覚えのない単語に、おれは間抜けに首を傾げた。
……誰だそれ。新手のモンスターか?
おれが完全にキョトンとしているのを見て、アイシャはクスリと笑い、「ほら、あなたが少し前に斥候の転職試験を受けたでしょう?」と付け加えた。
あーーー、あの泡娘か!!
本名で言われても1ミリも分かんないから!
なるほど、あいつと知り合いだったのか。
だとしたら、ここは徹底的に取り繕わなければ、ギルドに続いてこのお高そうな騎士様にも要注意不審者としてブラックリストに入れられてしまう。
おれは急に背筋を伸ばし、さっきまでのボソボソ声が嘘のように、ハキハキとした『営業スマイル』で言葉を紡いだ。
「あの方には、試験の際、大変お世話になりました。なるほど、あなたのお知り合いでしたか」
急に人格が入れ替わったかのように滑らかに喋り出したおれに、アイシャは一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに親しげな苦笑いを浮かべて頷いた。
「ええ。あの子とはたまに一緒にクエストを受けるんです。彼女、戦闘能力に関してはからっきしなんですけれど、斥候としての情報収集や罠の技術に関しては、この街でも右に出る者はいないと言われているんです。……そんな彼女が、あなたを捕らえるために本気で設置した複合罠を、あなたはすべて先回りして、完璧に『完封』したと悔しがっていました」
なるほど。
あの時の試験のせいで、おれの存在がこのポニちゃんに漏れたわけか。
確かに思い返してみれば、ただの新人の実力を測るだけの試験のくせに、あんなデスゲームのような罠を短時間で用意するんだ。
斥候として優秀だという言葉にも、大いに納得がいく。
「あなたの、その神業のような危険察知の技術はどうやって身に付けたのか。
また、あなたの本当の力量はどれほどのものなのか、私、非常に興味が尽きないのです。
―――テルミナは『あいつの動きは邪神の恩恵を受けているとしか思えない』なんて、意味の分からないことを怯えながら言っていましたが……」
なるほど、なるほど。
最後の方はボソボソと話していたのでよく聞き取れなかったが、手合わせを挑んできた理由は完全に把握した。
――しかし、う〜ん……。
どうしたものかな。
あんま目立ちたくないんだけどな。
こんないい娘を無駄に傷付けたくないし。
精神的にも。
―――うん。
3割~5割ぐらいにしよう。
「……そういうことでしたら。服を買ってきていただいた恩もありますし、一戦くらいであればお付き合いしますよ。どこでやりますか?」
おれがそう返答すると、ポニちゃんの端正な顔立ちがパァッと一瞬で明るくなった。
「本当ですか!? ありがとうございます! ギルドが管理している修練場がありますので、ぜひそこでお願いしたいです!」
嬉しそうにすぐさま反転して歩き出そうとする彼女の背中に向かって、おれは慌てて「あ、ちょっと待って! ストップ!」と声をかけて制止した。
何事かと不思議そうに振り返るアイシャに対し、おれは右手の人差し指を天高く突き上げ、これまでで最も真剣な、それこそ世界の危機に直面した大賢者のような引き締まった表情で彼女へ告げた。
「1つだけ。たった1つだけ、絶対に譲れない条件があります! これを違えないと、神に誓って約束してください!」
これだけは、何が何でも絶対に約束してもらわなければならない。
もしこの条件が守られなければ、おれがおれという人間の理性を保っていられなくなり、ひいては彼女の肉体にも甚大な危険(物理的暴走)が及ぶことになるのだ。
おれの、今までとは明らかに一線を画す重々しい声色と、ただならぬ覇気。
アイシャはそれを「何か凄まじい決闘の誓約」が提示されるのだと直感したのだろう。
彼女はすっとおれの方を向き直り、凛とした真剣な佇まいで、どんな過酷な条件をも受け入れる覚悟を決めたような視線をこちらに据えた。
門番たちもゴクリと唾を飲み込み、静寂が門前を支配する。
「―――先に、飯を食べさせてください!!」
―――腹ペコ悪魔が、五月蝿いんです。




