1-21 衣食住は生きる上で必要な順番です
―――そして迎えた、森人生活10日目の朝。
見上げる木々の隙間から、眩い朝光が差し込んでいた。
今日でこの鬱蒼とした緑の監獄に引きこもって、丸10日が経過したことになる。
手元にあるのは、現地調達した木を削り、モンスターの腱を張って自作した粗末な弓矢。
これで予定していた数の獲物の狩猟は、先ほどすべて完了した。
これで狩人への転職条件は100%満たしたはずだ。
おれは転職の指輪で、狩人への転職を行う。
「ステータス、オープン」
アキヒロ
HP : 230/230(+120) MP : 25/25(+15)
SP : 220/220(+80)
STR : 30(+13) DEX : 22(+8) VIT : 23(+12)
AG I : 24(+8) INT : 1 MND : 4(+3) LUK : 2
【職業】
狩人☆1(0/10) NEW
【職業履歴】
剣士☆3(89/500) UP、槍士☆3(39/500) UP、
戦士☆3(0/500) 2UP、武道家☆3(6/500)、
盗賊☆2(0/100) UP、騎士☆3(0/500)2UP、
斥候☆2(0/100) UP
【スキル】
スラッシュ、回転切り、ダブルエッジ NEW、シングルスラスト、足払い、三段突き NEW、ラッシュ、地走り NEW、アーマーブレイク NEW、正拳突き、回し蹴り、チャクラ、スティール、解錠、ツインストライク NEW、突撃、挑発、プロテクション NEW、シールドバッシュNEW、気配察知、罠感知、気配遮断 NEW、暗視 NEW、鷹の目 NEW、追跡 NEW、夜目 NEW、罠設置 NEW
【所持金】
550ゴールド
よしよしよし! きっちり【狩人】に転職できてるぞ……!
拳を握りしめ、思わず破顔する。
この10日間、文字通り睡眠時間を削り倒して、実践し続けた『習活』の成果がこれだ。
全ステータスが「1」だったあのゴミ一般人Aの面影はもうどこにもない。
基礎スペックはそこらの並みの冒険者を越えるレベルへと変貌を遂げていた。
スキル欄に至っては、もはやちょっとした中ボス並みの充実っぷりである。
とはいえ、ここからのランク帯は必要習熟度も跳ね上がるし、コツの条件も特殊になってくるな。
……よし、ここらで一旦、森での作業は切り上げるか。
この10日間、レベリングのサンドバッグとして散々通い詰めたゴブリンの集落(ゴブ村)の方角を振り返り、「世話になったな」と心の中でしばしの別れを告げる。
さぁ、待ちに待った街へ帰還の時だ!!
この世界に来て11日目にして、やっとまともなご飯にありつけるぞ。
その事実だけで、おれの足取りは羽のように軽くなった。
―――始まりの街の正門。
「だから! これがおれの一張羅ですってば!!」
「駄目だ駄目だ! そんな小汚い格好の奴を街に入れるわけにはいかない!」
のどかに鼻歌を歌いながらスキップで戻ってきたおれを待っていたのは、本日も安定の、門番との大悶着だった。
度重なるゴブリンとの激しい仕合い、寝る時もこのまま、木々の間を寝る間も惜しんで駆け抜けた過酷なランニング、暴走特急に死に物狂いで追われた際の、大量の汗と鼻水と涙。
それらすべての結晶により、おれの服(初期アバターのボロ布)は、元々の淡いクリーム色から、見るも無残な「焦げ茶色」へと完全なる衣替えを果たしていた。
手持ちの550ゴールドで、服を買うからと必死に交渉するも、「そんなボロを売る店はこの門の前にはない!」と冷酷に突っぱねられる始末。
まいった。本当にまいった。
まさかこんなところで、こんなことで、足止めになるとは思わなかった。
おれの胃袋はすでに「ウマ飯大待機状態」である。
脳内で具現化された腹ペコ悪魔が、おれの耳元で『なぁに、今の主なら、こんな門番くらいワンパンだろ? やっちゃえよ』と邪悪に誘惑してくる。
そうだよな。
おれはただ、美味しいご飯が食べたいだけなんだ。
それを邪魔するこいつらが全部悪いよな。
これは正当防衛、いや、悪即斬だ。
おれが腰に差した武器(※ただの木刀)の柄に手をかけ、文字通り一触即発の抜刀を見せようとした――その時だった。
「―――そこで何をしているんですか?」
背後から、鈴を転がすような、しかし芯の通った涼やかな女性の声が響いた。
振り返ると、そこに一人の女性騎士が立っていた。
美しい銀色の軽装鎧を身にまとい、腰には洗練された一振りの長剣。
なにより目を引いたのは、夕陽のように鮮やかな赤髪を、頭の頂点で高く結わえた見事なポニーテールだった。
「こ、これはアイシャさん! お疲れ様です!」
さっきまでおれを泥棒扱いしていた門番2人が、一瞬で背筋を直立不動に伸ばし、大慌てで敬礼した。
……おいおい、ずいぶんな大物の登場か?
赤髪のポニーテール――アイシャと呼ばれた女性は、怪訝そうに眉をひそめて事の経緯を尋ねる。
おれはチャンスとばかりに「この人たちが意地悪して街に入れてくれないんです」と素直にチクった。
「貴様、アイシャさんの前で嘘を――!」
激昂した門番の一人がおれを殴りつけようと拳を振るってきたが、こちらはすでにAGI24である。
スッと首を傾げるだけで、その拳をハエをよけるように軽々と躱し続けた。
その間に、もう一人の門番が「こいつの服が汚すぎるせいで門の美観が損なわれる」だの何だのと必死にアイシャへ説明している。
一通り話を聞き終えたアイシャは、おれの攻撃を軽くいなし続ける身のこなしをじっと見つめていたが、やがてふっと吐息をこぼし、おれの方を向いた。
「……事情は分かりました。その、もしよろしければ、私が街の中で代わりの服を買ってきましょうか?」
えっ!?
門番2人が「そんな恐れ多いことをアイシャさんにさせる訳には!」と大慌てで制止するが、彼女は「いいから、いいから」と美しい笑顔で手を振り、そのまま流れるような足取りで街の中へと入っていってしまった。
えっ、マジで?
助かるけどいいの?
ありがとう。
とは口には出さず、コミュ障のおれはその背中を見送った。
「全く、お前のようなド底辺のせいで、アイシャさんの手を煩わせることになるとは……!」
門番たちの嫉妬と憤りは最高潮に達していた。
ただ黙って待っているのも気まずい。
おれは少しでも空気を和らげようと、さっきのポニちゃんについて尋ねてみた。
「お前はモグリか!? この街にいてアイシャ様を知らないなんて、正気かよ!」
質問の仕方が悪かったのか、さらに門番の逆鱗に触れて空気は最悪になった。
が、彼らはファン特有の早口で、律儀に彼女のスペックを語り始めた。
曰く、彼女はこの街で唯一無二の【Aランク冒険者】。
曰く、彼女の実家はこの街で一番の規模を誇る大商家。
曰く、その美貌は街の誰もが認めるナンバーワン。
曰く、街には彼女を崇拝する熱狂的な『ファンクラブ』が存在する。
曰く、目の前の門番2人もその一員である。
最後の情報は、おれの脳内メモリを無駄に消費するだけなので完全にゴミ箱へデリートした。
しかし、どうやら設定の盛り込みすぎなレベルの超VIPであることは間違いないようだ。
色々な職業を経験し、今ではこの世界の最高ランク(笑)とされる熟練度☆7の【白騎士】に就いているらしい。
まぁ、確かに綺麗で強くて性格が良いなら、ファンクラブくらいできるか……
その後、彼女が服を買って戻ってくるまでの約20分間、おれは門番たちによる「アイシャ様がいかに素晴らしいか」を延々と拝聴させられるという、精神的な拷問を受け続けることになった。
「―――お待たせしました。このような衣服で、サイズは合いますでしょうか?」
ようやく戻ってきた彼女は、おれのために選んでくれた数種類の真新しい衣服を広げ、聖母のような笑みを浮かべて聞いてくれた。
おれはぎこちなく頭を下げ、精一杯の「ありがとうございます」を伝えた。
その内の1着を手に取り、せめて代金を払おうと、550ゴールドの中から硬貨を握りしめて右手を伸ばす。
しかし、彼女は一言、こう告げた。
「いえ、そのお金は結構です。受け取れません」
え……?
……どうして?
何故か彼女は立ったまま、お金を受け取ろうとはしなかった。
行き場を失ったおれの右手が、気まずさと緊張のあまりプルプルと小刻みに震え出す。
無言のまま、おれと美少女騎士の視線が真っ直ぐに交錯した。
門番たちが「アイシャ様のお恵みだぞ! 跪いて感謝しろ!」とヤジを飛ばす中、彼女はすっと表情を引き締め、腰の長剣の柄にそっと手を添えた。
「―――その代わり、と言ってはなんですが」
凛とした声が、夕暮れの門前に響き渡る。
「――――――私と、一戦して頂けませんか?」
その瞳の奥に宿っていたのは、『慈悲』などではなく――紛れもない、強者を見つけた『戦鬼』の輝きだった。




