1-17 適切な判断のもと自己責任で
ふぅ。今日の筋トレ4種、各200回もこれにて終了っと。
……マジで乳酸が限界突破して腕が千切れそうだぜ
おれは隠れ家である天然洞窟の床に大の字にひっくり返り、荒い息を整えていた。
VRゲームで鍛えた脳の戦闘ロジックは完璧でも、生身の肉体の疲労度だけは完全に別計算だ。
とりあえず、深夜の花摘みの前に、本日の超過酷なリザルト画面をニヤニヤしながら確認するとしよう。
「ステータスオープン」
アキヒロ
HP : 110/110(+10) MP : 10/10 SP : 3/110(+20)
STR : 15(+1) DEX : 11(+2) VIT : 11(+1)
AG I : 12(+1) INT : 1 MND : 1 LUK : 1
【職業】
戦士☆1(5/10)
【職業履歴】
剣士☆2(0/100) 、槍士☆2(0/100) UP、
武道家☆2(84/100)、盗賊☆1(0/10)、
騎士☆1(3/10)
【スキル】
スラッシュ、回転切り、シングルスラスト、足払い NEW、ラッシュ、正拳突き、回し蹴り、スティール、解錠、突撃 、挑発
【所持金】
550ゴールド
よしよしよし! 槍士も無事に☆2へとランクアップ完了だぜ!
三又ピッチフォーク(ただの農具)を使ったあの精密なピンポイント二連突きコンボだが、途中で一回だけゴブリンが予想外のクシャミをして軸がブレ、ミリ単位でミスっちまった。
だが、それを差し引いても今日の成果は上々だ。
次に槍士を☆3にするための次なる習コツは、これまたかなりアクロバティックな仕様だ。
【新スキルの『足払い』を綺麗にヒットさせて敵の身体を宙に浮かせ、その滞空時間(コンマ数秒)の間に、フォークの先端で『眉間』『喉』『鳩尾』の3箇所を、目にも留まらぬ三連突きで寸分違わぬ精度でブチ抜くこと】。
幸いにもSPを消費しない通常コンボ扱いなのだが、これを「5回成功させて、ようやく全体の習熟度が1上がる」という極悪マゾ仕様。
つまり、レベルアップには累計【500回】もこの空中ジャグリング突きを繰り返す必要がある。
まあ、これは数をこなすだけの純粋な作業(エイム練習)だし、明日からのゴブリン村で追々ダラダラと消化していけばいいか。
それよりも武道家のレベリングが、現在『84/100』まで来ている。
これ、明日には確実に☆3に上げきれそうだな。ヒーラーの前提条件を最優先で終わらせよう。
しかし、問題は騎士のロデオレベリングだ。
結局、一番御しやすいはずのグリーンキャタピラーには、今日一日でたったの3回しか遭遇しなかったな……
その代わりにクマ吉(仮)の背中に乗って5分間耐え抜くという、ガチの命がけロデオで少しだけ進んだけど、どうしたもんかな。
あの時速80キロの地獄の暴走特急にはもう二度とごめんだし、このまま地道にイモムシとのエンカウントを待つか。
それとも騎士は一旦諦めて、密集度の高いゴブリン村で剣士の『20匹巻き込み大車輪回転切り』を先にやってSPの最大値を上げてしまうべきか……。
……ふぅ。とりあえず、考えても腹が減るだけだし、夜の月見草を摘むついでに、滝の泉で一日の泥と汗をさっぱり流しに行きますか。
おれは手製の木刀と鍋の蓋をアイテムボックスへ片付けると、滝のほとりへと歩き出した。
―――おや?
岩陰を抜けて開けた滝の裏へ近づくと、暗闇の中にパチパチと爆ぜる小さな焚き火の光が見えた。
珍しいな。
こんな魔の森の中心部近くに先客の冒険者か?
まあ、開花時間がたったの1分間というクソ仕様のせいで普通のやつは寄り付かないが、それでも実入り自体は最高峰のクエストだ。
おれみたいに一攫千金を狙って、命知らずのベテランが夜営をしている可能性も十分にあり得る。
おれは前世の対人戦のノリで少し警戒を高めつつ、その冒険者がこちらにPKを仕掛けてくるような敵対的な輩なのかどうか、確かめるべく音を殺してそっと接近した。
月明かりの下、焚き火の前にいたのは――昼間、おれが渾身のイケメンボイスで「お逃げなさい」と告げた後、凄まじい爆速のステップで逃げて行った、あの『スタコラ娘』じゃないか。
なんだ、偶然だな。
こんなところで再会するとは。
考えてみれば、この娘たちは見ず知らずの、怪しい農家の兄ちゃんを守るために、恐怖で膝をガタガタ震わせながらも命を懸けて武器を構えてくれたのだ。
絶対に悪い人たちではない。
ここで無言で近づいて、また『変態不審者だー!』って怪しまれるのもアレだし、同じ冒険者として一言さわやかに声を掛けた方がいいよな。
――ん?
――ちょっと待て、なんて声を掛ければ正解だ?
ヤバい……。
こんな異世界の極限状態で、おれの『前世からのぼっち特性(コミュ障)』の弊害がフルバーストしてやがる……。
おれは彼女たちになんと挨拶をしようか、脳内で必死に陰キャ特有のシミュレーションを繰り返しながら、足はスタスタと彼女たちの背後へと自動的に近づきつつあった。
それにしても、2人とも全然こっちを向かないな。
あ、そっか。ゴブリン村からの帰路だったから、おれ、無意識のうちに完璧に音を殺したステルスウォークで歩いてたわ。
おれが「あ、普通の気配を出さなきゃ」と思ってさらに一歩近づいた、まさにその瞬間。
紅茶を飲んでいた片方の女の子が、ビクゥゥッッ!! と文字通り猫のように飛び上がっておれの方を振り向くや否や――。
―――ブゥフォゥワァッッッ!!!!
淹れたての熱い紅茶を、おれの顔面めがけて盛大に口からダイレクトにぶっかけてきやがった!
あつっ!? え、何すんだこのヤロー! リアルPvPか!?
おれがキッとした表情でそっちを向くと、今しがたお茶の散弾銃をぶっ放したはずの女性の姿は、そこに無かった。
足元を覗き込むと、何故か白目を剥き、カニのように口からブクブクと泡を吹いて、その場に気絶していた。
―――え? おいおい、どうしたんだよ……。
あまりの急展開におれが呆然としていると、もう1人の女性の方が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
何故か彼女は、おれの顔を見るなり、目から大粒の涙をボロボロと流しながら、口元だけを不気味に歪めて「あはは、あははは……」と引きつった声を上げて笑っていた。
彼女の身体全体が、「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!!!」と、恐ろしいほどの超高速バイブレーションで激しく揺れ動いている。
ん? そこの彼女の座っている1点だけ、局地的に超巨大地震でも発生してるのか??
だとしたら、震度7というか、マグニチュード9.5レベルの凄まじいエネルギーだぞ。
とりあえず、コミュ障なりに簡単な挨拶と、ちょっとそこで水浴びすると伝えたのだが、何故かその地震娘は、おれの言葉を完全に無視して、
「ナニモミテナカッタ……スベテマボロシダ……ワタシタチ、シンデナイ……」
という謎の電波なフレーズを、壊れたオーディオプレイヤーのように虚空を見つめたまま、ずっと不気味な呪文のようにブツブツと繰り返していた。
「………………」
おれはそっと、その場から後ずさりした。
何かおれが前世のライトノベルで読んだファンタジーの美少女冒険者像と決定的に違って、めちゃくちゃ電波というか、お頭のイカれた娘たちなんだな……。
よし、あまり深く関わらないようにしよう……
おれはスッと気配を消し、静かにその場をあとにした。
―――じゃぶじゃぶ、と泉で頭を洗い終えた後。
……いや、でも、流石にあのまま放置するのは大丈夫かな?
おれは乾いた服に着替えながら、ふと冷静になった。
いくら出現頻度が低い不人気スポットとはいえ、ここは深夜の魔の森だ。
夜型のモンスターがふらりとやってくる可能性はゼロではない。
あんな片方が泡を吹いて倒れ、片方がマグニチュード9.5で呪文を唱えている無防備な状態のまま夜を明かしたら、普通に明日の朝にはゴブリンの胃袋の中である。
一応、助けてくれようとした、命の恩人でもある。
おれは水浴びを終わらせた後、気になって彼女たちの様子を見に行くことにした。
戻ってみると、さっきの地震娘は、1ミリも微動だにせず全く同じ体育座りの格好のまま、未だにと呪文を唱え続けている。
……ガチ呪でわれてんのか?
どうにもこっちの地震娘とはまともな会話が成立しそうにないため、おれは仕方がなく、地面でピクピクしているもう1人のお姉さんを起こすことにした。
「おい、起きろ。おい」
横から肩をゆさゆさ、ゆさゆさと揺すって起こしていると、隣の地震娘の呪文のバリエーションが、何故か「コロサナイデ……コロサナイデ……コロサナイデ……」にシフトチェンジしていた。
「……ん……。……っ」
おれが揺すり続けていると、ようやく泡吹きお姉さんの方の瞼がピクピクと動き、何とか起きてくれそうな気配を見せた。
「おーい。大丈夫か?」
同じ冒険者同士だ、ここは前世のネトゲのギルドメンバーを叩き起こす感覚で、あえて敬語は使わずにフランクに声をかける。
おれが彼女の肩を優しくポンポン、ポンポン、とリズミカルに叩いていると――。
次の瞬間、彼女は文字通り弾かれたように、勢いよくカバッッ!!! と音を立てて垂直に起き上がってきた。
「……………………ゆ、夢……。すべて、悪い夢だったのね……?」
何かおれには全く意味が判らんことを呟きながら、魂の抜けた顔で呆けている。
おれはもう一度、その横顔に向かって至近距離から安否を確認した。
「おい、だから大丈夫かって?」
おれが視界に入った瞬間、彼女の顔面がギチギチギチ……と恐怖で引きつった。
そして、おれから猛烈に距離を取るように、床の上を両手両足で「カサカサカサカサカサカサッッッ!!!」という、超絶神速の這いつくばりムーブで、一瞬にして後方へと離れていった。
恐っっっっっっ!!!!
何その未知のステップ!? スキルか!?
そして、おれの方を狂ったように人差し指で指さし、
「ギャヤヤヤヤヤヤアアァァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
鼓膜が破れるほどの盛大かつ劇烈な悲鳴を、夜の森に響かせた。
うおっ!? び、びっくりしたァァァ!!!
ど、どうしたんだよお前一体!?
幽霊でも出たのか!?
おれは心臓が口から飛び出そうになるほど驚き、彼女が指差す背後の闇を慌てて振り返ったが――そこには当然、静かな滝の岩肌があるだけで、何も怪しいものなど存在しない。
なんだよ、人を驚かせやがって……
ホッと胸をなでおろし、おれが「おい、何もないじゃねえか」と彼女の方に向き直ったら。
……彼女は、再び綺麗に、口から大量の泡をブクブクと吹いて、仰向けに倒れていた。
―――――どないせーっちゅうねん!!
(ガチめのツッコミ)
どうやら2人とも、どこかで、食べたら強力な幻覚や精神錯乱を引き起こすタイプのキノコを取って来てしまったみたいだ。




