1-15 ある日の森の中
―――サバイバル4日目の朝。
おれは目覚まし代わりに滝の冷たい泉で顔をザブザブと洗い、パチッと脳のスイッチを切り替えた。
お腹が「ぐう」と鳴るが、鼻の下に例の激クサ携帯食、気付けアロマをチラつかせ、匂いだけで満腹中枢を騙して本日のブラックな行動を開始する。
よし。まずは騎士のロデオ用に、グリーンキャタピラーが群生していそうなエリアを索敵してみるか。
奴らは甘い草花が主食のベジタリアンだ。
ゲームの生態データによれば、花の匂いが濃い風下の方角を探していけば高確率でエンカウントできる。
おれは転職の指輪を使い、職業を槍士へと変更し、アイテムボックスから、雑貨屋で妥協したあの農作業用のピッチフォークをズシャッと引き抜いて構えた。
防具を買う金など1ゴールドも残っていなかったため、おれの上半身は初期アバターのペラペラな布切れ一枚。
そこへ鉄のフォークを肩に担いで原生林を歩く姿は、どう見てもどこかの限界集落からやってきた「農家の小汚いお兄ちゃん」そのものである。
……まぁ、見た目は世紀末の百姓だけど、中身はプロだから問題ない。とりあえず出発だ!
おれは昨日攻略したゴブリン村とは真逆、湿気の多い別の獣道をずんずんと突き進んでいった。
だが、やはり索敵スキルがないせいか、なかなかモンスターとエンカウントしない。
そのまま無駄に木々をかき分け、30分ほど経過したところで――ようやく正面の草むらから、本日最初の贄となるゴブリンさんがピョコッと姿を現した。
いつもなら無音のステルスで背後から暗殺するところだが、今日は正面突破だ。
おれはあえて気配を殺さず、堂々とゴブリンの目の前に立ち塞がった。
おれに気づいたゴブリンは、「グギャッ!」と汚い唾を吐き散らしながら、あからさまな敵意を剥き出しにしてくる。
おれはフッと鼻で笑うと、ゴブリンに向かって手招きをして、挑発的的な態度を取る。
ゲームのNPC並みに単純なゴブリンは、その煽りポーズ一発で真っ赤になって激昂。
顔を引きつらせながらダッシュで突進し、錆びた棍棒を大振りに振りかぶっておれへと肉薄してきた。
時速数十キロで振り下ろされる棍棒が、おれの頭髪に触れそうになるほどの極限のコンマ数秒、おれは没入型VRで培ったフレーム単位の反応速度で下からすくい上げる形で棍棒の根元を真上へとパキィィンッ! と跳ね返した。
「ギギッ!?」
完全に予想外の軌道で軌道を逸らされ、両腕を大きく上げてバンザイするような、無防備すぎるマヌケな体勢のまま硬直するゴブリン。
そこへ、おれは素早く引き戻したフォークの先端を突き出す。
次の一撃を確実に同じ座標に重ね合わせるために狙いやすく、かつ一撃で絶命させるには丁度いい、顔面の中でも極小の面積となるターゲット――ゴブリンの「鼻の頭」へ向けて、正確無比なジャブを繰り出した。
ズシャッ、と肉の裂ける鈍い音が響き、ゴブリンの鼻筋のド真ん中へ、垂直に一本の綺麗なフォークの刺し傷が刻まれる。
よし、マーキング完了。
次はあのミリ単位の位置に、アビリティを完全に重ねる。
激痛で顔を押さえ、思わず後ろへ大きくのけぞったゴブリンの死角へ、おれは滑らかなステップで一瞬にして回り込んだ。
すかさずフォークの柄の後で、ゴブリンの両膝の裏をガツンッ! と同時に強打する。
「ギャウッ!?」とカエルの潰れたような声を上げ、ゴブリンはその場に両膝をついて這いつくばる。
すかさずおれは、再びゴブリンの正面へと高速で回り込み、相手の両手を容赦なく足でグッと踏みつけて完全に固定した。
両手と両膝を地面に固定されたゴブリンは、システム的に、おれの方へ向かって首をまっすぐ上へと突き出すしか選択肢がなくなる。
つまり、おれのフォークに対して、寸分違わぬ「垂直の静止ターゲット」が完成するというわけだ。
「シングルスラストッ!」
―――ズシャァァァッッ!!
フォークの三又の先端が、さっき刻んだ鼻の傷穴へと、寸分の狂いもなく完全に100%の精度で重ね合わされ、ゴブリンの頭部を貫いた。
おれは即座にステータス画面を空中スワイプして確認する。
よしよし。
狙い通り、槍士の習熟度が確定で『+1』上がってるな。
世界の住人が見たら神業と呼ぶであろう精密なコンボをサラッとこなし、おれはフォークについた緑の体液をパッパと払った。
「よーし、次いってみよ〜う!」
―――それから、時刻は昼過ぎ。
あれから森を縦横無尽に徘徊し、道中で遭遇した8匹のホーンラビット、3匹のゴブリン、2匹のスライムを、それぞれのレベリングの法則に従って、効率よく贄になってもらった。
しかし、なかなかグリーンキャタピラーと遭遇しない……。
おれはフォーク片手に、やっぱり気配察知がないとイモムシ探しはキツいか?と半分諦めかけていた、その時だった。
ふと目の前の原生林の奥に、まるで人間が手入れした庭園の道のように、ずらーーーっとキレイに一列に並んで黄色い野生の花が咲き誇っている奇妙な場所を発見した。
おっ!? もしかして、これって食いしん坊なグリーンちゃんが『花の蜜を貪りながら移動した這い跡』じゃないか!?
おれは歓喜し、早速その花の道に沿って、ウキウキした足取りで歩き出した。
ふふん、待ってろよおれの新しいイモムシ号……。
―――ん?
花のトレイルをたどって50メートルほど進むと、少し開けた丸い広場のような場所に出たのだが、そこでおれの網膜が、何やら巨大な「黒い大質量」がモゾモゾと動いているのを捉えた。
……と、そこには。
色とりどりの美しい花が咲き乱れるメルヘンな森の特等席で、血に飢えた狂暴な眼光をぎらつかせている、この大森林の主――【フォレストグリズリー】が鎮座していた。
―――花咲く森の道で、まさかのクマさんに出会った。
その森の熊さん(フォレストグリズリー)の体高は、立ち上がると約2メートル半。
丸太のような腕には、触れるだけで人間が三枚おろしになりそうな極太の爪が備わっている。
しかし、6時間トラック羊に追い回されて脳の恐怖ネジが完全にブッ飛んでいるおれの思考回路は、すでに一般人のそれとは一線を画していた。
……体高2.5メートル、馬力は申し分なし。背中の面積も広い……。これ、挑発スキルをブチ込んで上に乗れば、【騎士】のロデオ判定、余裕で貰えるんじゃね?
むしろ、グランドシープより背中が平らで乗りやすそうだ。
おれは不敵な笑みを浮かべ、 こいつでおれの騎士の習熟度を上げさせてもらおうと計画する。
ええっと、せっかくの相棒だし名前は何にしようかなー。クマ吉……はベタだし、クマ五郎……うーん……
おれがのんきに顎に手を当て、不審者全開の無言のポージングで熊の名前を熟考していた、その時だった。
「―――そこの人!! 危ない、早く逃げて下さいッッ!!!!」
静かな大森林の空気を引き裂く、可憐な、しかし悲痛に満ちた叫び声が後ろから響いた。
おれが「ふぇっ?」とマヌケな声を上げて振り返るや否や、おれとクマ吉(仮)の間の空間に、颯爽と2人組の女性冒険者が武器を構えて飛び込んできたのだ。
2人はそれぞれ武器を構え、目の前の巨大な熊と対峙しながら、後ろのおれを振り返ることなく鋭い指示を出してきた。
「これはフォレストグリズリーという、Eランクの上位魔物です!! あなたのような一般人が敵う相手じゃありません! 危険です!! 早く後ろへ逃げて!!」
いやいや、おれこの熊に用があるから逃げる訳には行かないんだよなー。
どうしたものかなと、おれはピッチフォークを握ったまま、唐突に現れた2人の背中をじっと眺めた。
しかし、よく見ると、2人の膝のあたりが、恐怖のあまり「ガタガタガタガタ……」と震えているのが判った。
実力的に、Eランクの熊は彼女たちにとっても、命がけの死線なのだ。
それなのに。
こんな、上半身ハダカに布切れ一枚、手には農作業用の三又フォークという、どう見ても『ただの戦闘力ゼロの百姓の兄ちゃん』にしか見えないおれを助けるために、彼女たちは必死に恐怖心を抑え込み、命を盾にして守ろうとしてくれている。
「………………」
おれは無言でフォークをアイテムボックスへ片付け、そして、コホン、と軽く咳払いをし、喉の調子を整える。ンッ、ンッ。あー、あー。
おれは転職の指輪で騎士へとチェンジし、アイテムボックスから、昨日作り上げたばかりの木刀と、ただの鍋の蓋を盾代わりに装備した。
見た目の百姓感が「ただの頭の狂った料理人」へとグレードアップしただけのような気もするが、おれの脳内BGMは完全にクライマックスだ。
おれは地面を蹴り、ガタガタ震える2人の女性冒険者の前に、スッと風のように割り込んだ。
おれは2人の美女へ向けて、横顔だけで最高にカッコつけた角度を作り、「あのセリフ」を、超絶イケメンボイス(低音)で贈った。
「お嬢さぁん。……お逃げなぁさい」
―――スタコラサッサとね。




