1-12 課金で金もうけ
―――ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシッッ!!!
何をしてるかって?
見れば分かるだろ、乾いた木の棒を別の木にマッハの速度で擦りつけて、原始的な火起こしをしてるんだよ。
何でかって?
おれの初期アバターの布切れ一枚みたいな服が、今さっき絞ればバケツ3杯分は出そうなほどベッショベショに濡れちまったから、それを乾かすためだよ。
何で濡れてんだって?
……落差50メートルはあろうかという、文字通り地獄の断崖絶壁から、激しく飛沫を上げる滝壺目がけてノーパラシュートで真っ逆さまに自由落下したからだよ。
何で落ちたのかって?
飛び込んだ先の川の流れが、おれの貧弱なAGIでは到底抗えないレベルの、洗濯機もびっくりの超絶大激流だったからだよ。
何故そんな速い川に何故飛び込んだって?
上空100メートルもの高さの谷底から見下ろして、どこのどいつが「お、あの川は秒速○メートルだから危険だな」なんてミリ単位の流速の計算ができるんだよ。分かるわけないだろ。
そんな上から飛び込んだのかって?
ああ。MAX助走をつけて、未練もクソもなく勢いよくフライングダイブをかましてやったさ。
恐くなかったのかって?
恐さとか、チキン肌が立つとか、そんな人間らしい感情をキャッチできる精神状態じゃなかったんだよ、こっちは。
どうしてかって?
……じゃあ逆に問いたい。
もし、自我と知性を宿した時速80キロの大型綿あめトラックが、顔面にあり得ない数の漫画的な青スジをブチ切れさせながら、血眼になってこちらの命を奪おうと地の果てまで追いかけ回してきたとしたらどうする?
どれだけ廃人テクニックを駆使してフェイントをかけ、木々の隙間を縫って振り切ろうとしても、執念深いストーカー並みに絶対に諦めず、あげくの果てにそこからノンストップで6時間もの間デッドヒートを繰り広げられたとしたらどうする?
「あ、これ次の角で追いつかれたらミンチになるわ」という本能的な臨死体験の中、もし唯一生き残れる希望の選択肢が視界の先にあったのだとすれば、それがどれだけ目も眩むような100メートルの高低差がある谷底であろうとも、きっと全人類の誰もが、おれと100%同じ行動を取って笑顔で飛び込んだはずだ!!
「ふっっっざけんじゃねぇぞ! あのクソヤロォォォムートンがァァァーーーッッ!!!」
おれは誰もいない森の中で、中世の呪術師のように叫びながら、ついにシュルシュルと小さな煙を上げ始めた木片に向かって激しく息を吹きかけた。
―――さて。
ようやく爆ぜた小さな焚き火の炎をじっと眺めているうちに、おれの荒れ狂っていたアドレナリンも少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
起きてしまった過去(轢き逃げ未遂)はもう戻せない。
前向きにいこう。
何はともあれ、【騎士】にノーコストで転職できたことだけは、素直に喜ぶべき収穫だ。
ただ、あのクソ羊との6時間に及ぶウルトラマラソンのせいで、とんだ大時間のロスになっちまった。
今後のブートキャンプ計画も、少し上方修正が必要だろう。
おれは乾きかけの服をパタパタと煽りながら、改めて現状を把握すべく呟いた。
「ステータスオープン」
アキヒロ
HP : 38/90(+40) MP : 10/10 SP : 23/80
STR : 12(+1) DEX : 8 VIT : 9(+4) AG I : 10
INT : 1 MND : 1 LUK : 1
【職業】
騎士☆1(0/10) NEW
【職業履歴】
剣士☆1(0/10)、槍士☆1(0/10)、戦士☆1(0/10)
武道家☆2(11/100)、盗賊☆1(0/10)
【スキル】
スラッシュ、シングルスラスト、ラッシュ、正拳突き、回し蹴り、スティール、解錠、突撃 NEW、挑発 NEW
【所持金】
550ゴールド
「あ、ぶ、ねぇぇぇ!!!!!」
おれは自分のステータスプレートに表示されたHPの現在値を見て、背筋に強烈な氷柱を叩き込まれたような衝撃を受けた。
現在HPは『38』。もしおれが滝底に落ちる直前、あの指輪で【騎士】に転職して『VIT+4』と『最大HP+40』の職補正ボーナスを受け取っていなかったとしたら――おれの最大HPは【50】のままだった。
つまり、あの50メートルからの着水衝撃ダメージを食らった瞬間、おれの肉体は文字通り消し飛んで即死していたことになる。
九死に一生を得るとは、まさにこのことだな……。
よし、とりあえず1つ目の『騎士解放ミッション』は、肉体生命の危機と引き換えに達成だ。
このまま2つ目と3つ目のタスクに取りかかろう
怪我の功名、というやつだろうか。
実は、おれが3つ目の目標である『過酷な金策』を行うための最大の目的地こそが、まさにこの轟音を立てて流れる滝の周辺エリアなのだ。
この滝のほとりには、『深夜12時(午前0時)のわずか1分間だけ花を咲かせる』という、絶滅危惧種並みにブッ飛んだ生態を持つレア植物【月見草】の極秘ポップスポットが存在する。
この花の成分は高級ポーションの原料として凄まじい価値を誇るのだが、なにぶん運営の悪意の塊のような仕様を抱えている。
なんと、開花してからたったの1分が経過すると、すぐに花びらが散ってしまい、地面に落ちた花びらはシステム判定で即座に土へと還って消滅してしまうのだ。
しかも、せっかく秒単位のピッキングで花びらを入手したとしても、現実時間で「8時間以内」に調合して薬にしてしまわなければ、素材としての効果が完全に落ちてゴミと化してしまう。
『森の危険な中心部に近い場所にまでわざわざ遠征し、真夜中まで魔物の恐怖に怯えながら待機し、1分以内にしか採取できないごく僅かな量しか手に入らず、その足でまた夜型の凶悪な魔物が跋扈する夜の森を命がけで走って帰る……』
そんな普通の人間なら「割に合わねえよ!」と即座にブチ切れるハードすぎるクエストだからこそ、市場での取引価格が高騰し続けているわけだ。
……だが、おれにはこの森にあと9日間引きこもらなきゃいけない『狩人ミッション』があり、そして何より――
おれはニチャァ……と、暗闇の中で最高に下卑た廃人の笑みを浮かべた。
おれの手元には、前世のリアルマネーを湯水のように注ぎ込んで時間停止機能を最大拡張した、『課金版アイテムボックス(容量無限&鮮度永久キープ)』がある。
これさえあれば、どれだけ夜の森に引きこもろうが関係ない。
採取した瞬間にアイテムボックスへ放り込めば、8時間のタイムリミット(鮮度低下)の呪いは完全に無効化される。
残り9日間の引きこもり生活で、毎晩この滝のほとりに通い詰めて花びらをフルコンプすれば、街に戻った瞬間におれの手元には莫大なゴールドが転がり込んでくる計算だ。中学生のお小遣いから、一気に富豪レベルへ。
いやいや、やっぱり課金アイテムボックス先輩はチートですな。
運営様、本当にありがとう。
この場所から少し岩肌を登ったところに、隠れ家になりそうな小さな天然の洞窟があるのも知っていので、そこに今日からサバイバルのマイホームを製作し、毎日真夜中にアラームなしで摘みに来る予定だ。
……絶対に寝過ごして数十万円をフイにすることだけは避けなければならない。
これで、3つ目の「金策タスク」については完璧に勝利の目処がついた。
さて、今夜から基本職【戦士】の星上げ作業を並行して開始する。
戦士の熟練度を☆2に上げるための習熟度上げのコツは、他職に比べていたってシンプル。
―――筋力トレーニングだ。
これには戦闘相手となるモンスターが必要ないため、真夜中の花摘みまでの空いたスキマ時間を使って、安全に進めていくことができる。
そのノルマ内容は、腹筋:200回、背筋:200回、腕立て伏せ:200回、スクワット:200回、ランニング:20キロメートル、ジャグリング:5分以上維持。
これを1セットこなすごとに、職業習熟度が『確実に+1』される仕様だ。
ジャグリングは動体視力と体幹が効果的に鍛えられるらしい。
ほんとかよ。
幸い(?)な事に、本日のランニングは強制的に完了している。
時速80キロの大型トラックに背後から煽られ続け、生きるために全力で魔の森を爆走したあの命がけの逃走劇。
距離にして、ゆうに20キロ以上。
おれは虚空を見つめ、複雑すぎる感情で目頭が熱くなるのを感じた。
あのクソ羊に、絶対に、地球がひっくり返っても感謝なんてこれっぽちもしてやらないが……おれの手元には、不可抗力で獲得してしまった戦士のレベリング貯金が残されていた。
―――さて。服もいい感じに乾いたことだし、さっさと行動を開始しようか。
元・親友であり、元・相棒の、あのくそったれ暴走毛玉に無駄な時間と精神力を削られすぎてしまったからな。
おれは焚き火の火種を消すと、深夜の爆益、月見草採集と、サーカス団員への第一歩、ジャグリングに向けて、闇夜の洞窟へと力強く歩き出すのだった。




