1-11 相棒と書いて親友と読む
―――ドンッ!! と、大地が爆ぜるような強烈な足音が響いた。
突進を開始してからわずか2メートル。
驚異的な加速力で最高速度に到達した体高3メートルの質量兵器は、城門を貫く槍のごとき巨角をまっすぐこちらに向け、一直線におれを目がけて爆走してくる。
普通なら、迫り来る白い絶望を前に腰を抜かすところだ。
だがおれはその場に泰然と立ち止まり、おもむろにアイテムボックスから、少し長めの頑丈な鉄の鎖を2本取り出した。
それを手際よく、かつ無駄にスタイリッシュな手つきで両腕へと巻き付けていく。
さぁ、あとはタイミング――ただそれだけだ。
コンマ1秒でもミスれば、そのままダンプカーに正面衝突されたように跳ね飛ばされて、人生が終了する。
それ以前に、「ロデオの開始だ!」だの、余裕ウォークかますだの、さんざん堂々とカッコつけて大見得を切ってしまったのだ。
ここでタイミングが合わずにマヌケに轢かれ、『恥ずか死』だけは、全プレイヤーの名誉にかけてまっぴら御免被る。
距離、残り10メートル。
時速80キロの風圧が前髪を激しく吹き上げる。
5メートル。
毛並みまでが鮮明に見える。
「―――今ッッ!!!」
おれは一歩、前に向かって力強く踏み出した。
そこから新体操のトップ選手も真っ青の滑らかな軌道でロンダートをキメ、勢いのままバク転を2回。
さらに肉体のバネを極限までしならせ、空中で綺麗に2回宙返りぶちかます!
視界が激しく上下反転する中、おれの真下を、グランドシープの白い巨体が弾丸のような速度で通り過ぎていく。
その最高到達点から、おれは重力に引かれるままに足を伸ばした。
―――ドサッッ!
おれは、おあつらえ向きに設置された高級ソファに腰掛けるように、無事、グランドシープの分厚い首元へとライディングすることに成功した!
間髪入れず、両腕に巻き付けていた鎖を前方へバサリと伸ばす。
そして、その頭上にある2本の巨大な螺旋角へと、熟練のヘビ使いのごとき手際で3重に巻き付けた。
――よしッ! ライドオン完了だァァッ!
おれの存在を頭上に感知したグランドシープは、怒り狂って振りほどこうと、時速80キロの爆速を維持したまま頭を左右に激しく狂振させ始めた。
だが、おれの両腕からがっちりと伸びた鎖は、すでに角と完全に一体化しており、どれだけ暴れようがミリとも引き剥がされることはない。
こいつは止まることもせず、なおもその恐怖のトップスピードを一切落とすことなく、左に、右にと縦横無尽に草原を走りまくっている。
よしよし、完璧に前世の仕様通りだな。
こいつはその狂った種族特性上、『一度ロックオンしたターゲット(=頭上にいるおれ)に物理的にぶつかって衝撃を与えるまで、システム的に絶対に停止できない』という致命的な仕様を抱えているのだ。
つまり、おれが背中に乗っている限り、こいつはずっと止まらない永久機関状態なのだ。
さぁ、一緒に楽しもうぜ、相棒!
とはいえ、このまま草原をただドライブしていても何の意味もない。
おれの目的は【騎士】の職解放だ。
その条件を満たすため、まずはこの暴走特急を、モンスターがうようよいる「森のエリア」へと強引に連れ出す必要がある。
おれは曲がらせたい方向の横側へと身体を大きく移動さながら、どこかの地方の伝統的なケンカ神輿の担ぎ手のように、片足を羊の首筋にガンと突っぱねると同時に、両手の鎖を全力で綱引きの要領で引き絞った。
人間の力など微々たるものだが、テコの原理で巨角がグイと片側に傾く。
頭がそちらの方を向いた瞬間、ちょうど良い塩梅で鎖の力を緩めてやれば、あら不思議、時速80キロのまま、自由自在にこいつの進行方向を操ることができるのだ。
もちろん、こいつのAIはすぐに本来の草原エリアへと戻ろうとするので、おれはその都度その都度、左右に細かく体重を移動しながら、微調整を繰り返していく。
さぁ、準備は整った!
魔の森へ向けて、全速前進、突撃だ!
「ヒーハー!!!!」
バリバリバリバリッ!!! と凄まじい破壊音を立て、グランドシープ号は森の木々をマッチ棒のように次々とブチ折り、ある程度の大きさの岩石であろうともモーマンタイとばかりに粉砕しながら、大自然を猛烈に蹂躙していった。
当然、そんな超高速の巨大ダンプカーが森を直進すれば、巻き込まれる哀れな先住民(経験値)たちがいるわけで。
ドライブの途中、視界の端々から「グギャッ!?」とか「ピギーーーッ!?」とか「ブシャッ」とかいう、この世の終わりみたいな魔物たちの悲痛な断末魔がひっきりなしに聞こえてくる。
騎士への転職条件は『騎乗状態でモンスターを30匹討伐すること』なので、おれは笑顔で手綱を引きながら、この爽快なリアル草刈りゲームをしばらく楽しむことにした。
―――数十分ほどの、スリルとバイオレンスに満ちたドライブの後。
そろそろノルマの30匹は粉砕しただろうかと、目的が達成されているか確認するため、おれは未だに森を猛スピードで爆走しているグラン号の背に乗ったまま、指の『転職の指輪』へと意識を集中させた。
刹那、おれの身体を淡い光が包み込み、おれの職業に【騎士☆1】が正式に追加されたことが分かった。
よし! ミッションコンプリート!
となれば、残念だが、ここでこの可愛いグラちゃんとはお別れの時間のようだ。
本当にありがとう、グラちゃん。
君という最高のエンジンがいなければ、おれはこんなに早く騎士に転職することはできなかったよ……。
ほんの少しの短い時間しか一緒にいられなかったけれど、おれは今、君のピュアな心と、どこか言葉を超えた強い絆を確かに感じている。
おれが右に手綱を引けば、君は右に。左に手綱を引けば、左に。
どうしようもないほどの一体感に、おれのオタクハートは激しく震えたよ。
きっと、言葉は通じなくても、君も同じ気持ちだったよね。
時折、白目を剥きながら必死にこっちを見上げてくるその愛くるしい瞳を見れば、おれには全部分かったよ。
大丈夫。
これからおれたちが離れ離れになっても、おれの心の中のナンバーワン相棒は、いつだってグラちゃんだ。
いや、相棒なんかじゃない。
君は、おれの生涯の『親友』だ。じゃあね、元気でな……。
おれは、涙で潤んでいるように見えなくもない目でこちらを見上げてくる友(羊)に向かって、優しくパチンと目くばせをした後、腕の鎖をサッと鮮やかに解くと、後方返りを決めて、グラちゃんの背中越しに地面へ降り立った。
あとはこのまま、慣性の法則に従って直進し続けるグラちゃんが、森の彼方で大きなカーブを描いてこちらに戻ってくる前に、おれがササッと茂みに隠れて姿を消せばいい。
美しい、実にあっさりとした完璧な別れ際だ。
おれはすぐに、羊とは反対方向を向いてダッシュで走り出そうとした、まさにその瞬間――。
―――ザザザザザザザザザザッッッ!!!!!
背後から、大気圏突入でもしてきたのかと思うほどの、この世のものとは思えない凄まじい摩擦音が轟いた。
思わず首をすくめて振り返ると、そこには辺り一面に凄まじい砂ぼこりと引きちぎられた劇烈な落ち葉の嵐が舞っていた。
そして、その爆煙の先には―――。
四肢の蹄からガリガリと煙を上げ、地面に深いブレーキ痕を刻みつけながら、もの凄い般若のような形相でこちらをギロリと睨みつけているグラちゃんの姿があった。
本来、生物の顔面には見えるはずがないのに、はっきりと週刊少年ジャ○プの、バトル漫画の悪役のような、ドス黒い青スジが顔面全体に縦横無尽に入り乱れている。
その眼光は、親愛なる友に向けるそれではなく、完全に「地の果てまで追い詰めて惨殺する」というガチの怨敵のそれだった。
―――このクソモンスター!!!
種族特性無視して自力で緊急停止しやがったァァァ!!!
おれの異世界ブートキャンプ2日目。グラちゃんという名の親友(※現在はただの怒り狂ったプレデター)との、命をかけた本気の鬼ごっこが、今ここに開幕した。




