1-9 キャンプ?いえサバイバルです
よしッ! 転職の指輪、ゲットだぜッ!!
おれはカビ臭い隠し部屋のど真ん中で、誰も見ていないのをいいことに、某大人気モンスター捕獲ゲームの主人公よろしく大見得を切って指輪を掲げた。
早速アイテムボックスから実物を取り出し、ワクワクしながら右手の指へとねじ込む。
そして、脳内で次に就きたい職業を強くイメージし、心の中で『転職』と神聖な呪文のように唱えてみた。
刹那、淡い光が一瞬だけおれの全身を包み込む。
頭の奥で『ティロリ〜ン♪』という、いかにもな電子音が鳴り響いた、気がした。(気がしただけ)
さてさて、気になるその世紀の実験結果は……。
「ステータスオープン」
アキヒロ
HP : 48/50 MP : 10/10 SP : 25/70(+10)
STR : 9 DEX : 7(+1) VIT : 5 AG I : 8(+4)
INT : 1 MND : 1 LUK : 1
【職業】
盗賊☆1(0/10) NEW
【職業履歴】
剣士☆1(0/10)、槍士☆1(0/10)、戦士☆1(0/10)
武道家☆1(3/10)
【スキル】
スラッシュ、シングルスラスト、ラッシュ、正拳突き、スティール NEW、解錠 NEW
【所持金】
550ゴールド
よし!大・成・功ッッ!!
おれは洞窟の壁に向かって無音のガッツポーズを叩きつけた。
これで神殿の教皇モドキへの転職課金(お布施)とは完全におさらばだ。
サブスク解約成功の瞬間である。
転職を完了させるには、数秒間ほど精神を集中させる必要があるため、敵に殴られている戦闘真っ最中には使えない。
だが、それ以外のタイミングならいつでもどこでも、自分の意志だけでノーコストジョブチェンジが可能となった。
神か。
前世のゲーム時代、ネットの攻略掲示板にこの指輪の情報がリークされた時、おれはすでに全ジョブをある程度上げきってしまった後だったのだ。
「今更こんな序盤のアイテム言われても遅いわ!」と当時はスマホを投げつけたものだが……
まさか、こんな最弱の肥溜めダンジョンに、こんな最高峰の神アイテムが眠っているなんて誰が想像できるだろうか。
これさえあれば、今後のレベリング効率は数倍、いや数十倍に跳ね上がる。
時短ができるだけでなく、これから先の世界各地の理不尽なクエストをクリアするのにも、非常に非常に、ひじょーーーに助かる!
よし。それじゃあ、この肥溜めでの目的はすべて達成したし、帰るとしますか
街――ではなく、あの森へ。
あ、ちなみにステータス画面で所持金が『550ゴールド』に増えているのは、道中の宝箱5つからそれぞれ律儀に「銅貨1枚」がポップしたからである。
……全10階層、命がけで罠を解除し、ピッキングを繰り返して得られた成果が、たったの500ゴールド。
改めて、ガチで割に合わない不人気ダンジョンである。
あ、それと、HPが『2』だけ減っているのは完全にノーカンだから。
別に道中で敵にボコられたわけではない。
こう……なんていうか、用を足している最中という、男としての最大の無防備シチュエーションを狙って、背後から奇襲を仕掛けてきたスライムから避けようと急いだあまり、プチッとセルフで潰した時の名誉の負傷だから。
あいつら、人が神聖な生理現象を処理している時に手を出しやがって!
人でなしめ!(100%純度のモンスターです)
―――お、真っ暗だ。
ジメジメした洞窟をようやく這い出ると、世界の帳はすっかり夜へと切り替わっていた。
空に浮かぶ月明かりがうっすらと周囲の地形を照らし出してはいるものの、この視界で夜の原生林を移動するのは自殺行為に近い。
おれは大人しく、ここで一晩を明かすことに決めた。
夜型の凶悪なモンスターや肉食獣がうろつく時間帯だ。
地べたでゴロ寝をするのは「どうぞ召し上がれ」と言っているようなものなので、おれは近くの太い大木へとよじ登った。
そして、雑貨屋で買っておいたロープを枝の間に格子縞(ハンモック状)に張り巡らせ、その即席の網の上に寝転がった。
昨夜は、あの寒々しい留置所で(手枷のせいで物理的に座ることすらできず)、一睡もできていなかったのだ。
背中に伝わるロープの食い込みに耐えつつ、おれは目を閉じて、暫しの休息を取りながら「明日からの超過酷な10日間計画」を脳内で整理し始めた。
次なる標的、基本職【狩人】の転職解放条件は『一度も街や村に入ることなく、連続で10日間を森の中でサバイバル生活し、かつ、自分で完全自作した弓矢を用いて獲物を狩ること』だ。
まあ、この条件自体は、素材を集めて弓矢をクラフトさえできれば簡単にクリアできる。
重要なのは、森の中に強制引きこもりとなるこの10日間の猶予を使って、どれだけの「別タスク」を同時並行で詰め込めるかだ。
おれは脳内のメモ帳に、やることリストを箇条書きで叩き込んでいった。
ミッション1:【騎士】の転職条件を解放する。
条件は「何らかの生き物に騎乗した状態で、モンスターを累計30体討伐すること」だ。
これに関しては、森の中で馬なり鹿なり、最悪そのへんの大型犬サイズ以上の跨がれる生き物(魔物含む)さえ見つけてハッキングできれば問題ない。
ミッション2:【回復士】に必要な前提スキルを取得する。
そのためには、【武道家】の熟練度を『☆3』にまで引き上げる必要がある。
現在のおれの武道家の習熟度は、あのウサギ戦で稼いだ「たったの3」。
☆3にするための必要習熟度は残り「107」。
この10日間で、これを上げ切る必要がある。
ミッション3:死活問題の【金策】。
今のおれの手持ちは、さっきの銅貨ボーナスを含めても、たったの550ゴールド。
これを前世の日本の貨幣価値に換算すると、だいたい「5500円」くらいに相当する。
……そう、中学生の一ヶ月分のバイト代だ。
中学生のお小遣い程度で、異世界の荒波を生きていけるわけがない。
街に帰った時に爆益を生むための、売却用レア素材を、この森で大量に仕入れる必要がある。
これはその後に控える【斥候】と【商人】の転職条件をまとめて解放するためにも必須のステップだ。
……うん、我ながらだいぶ頭のおかしい詰め込みスケジュールになりそうだな。
これ、前世でいうところの「有給休暇を使って行く地獄のワンダーフォーゲル部ブートキャンプ」である。
だが、おれが持つ廃人の知識をすべてフル活用すれば、理論上は確実に達成できるはずだ。
できればこの期間中に、他の基本職の熟練度もまとめて底上げしておきたい。
あ……。
そういえばおれ、テントとか毛布とかの夜営アイテム、何一つ買ってないから、文字通りのガチリアル野生児サバイバル生活じゃん……
この大自然に挑むおれの無計画っぷりに自分で背筋が凍った。
だが、もう後戻りはできない。これらすべての超過酷な条件を満たすのに、最も適切な「スポット」が、この森のどこかにあるはずだ。
おれは脳内の世界地図を高速でスキャンし、一つの座標に目をつけた。
―――あそこだな。
よし。明日はまず、命を繋ぐための最強の拠点探しからスタートだ。
取り急ぎの短期目標をカチリと設定し終えると、2日間の肉体疲労と精神的ダメージが限界を迎えたのか、おれはロープに縛られたミノムシのような体勢のまま、深い意識の底へとストンと手放した―――。




