第89話:さよなら、初めての友達
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場所は変わって、ファルメル。
宿屋〈白羊の夢〉の一室。
(あのクソ腹黒皇子がぁあああああ!!)
俺はベッドの上で、バタバタとのたうち回りながら、無言の絶叫を上げていた。
何度思い出しても、はらわたが煮えくり返る。
『金等級パーティ〈ジョーカー〉。そして、そのリーダー『〈ババ抜き〉のアリア』。その権限と実力をもって、ガルドア王国へ『使者』として入国し、魔族グァマを追跡・討伐せよ』
〈勅命依頼〉。
それは、冒険者ギルドのものとは一線を画す。
皇族直々の命令書として、公文書に残る正式なものだ。
だというのに、あの眼鏡野郎はわざわざ『〈ババ抜き〉のアリア』と呼んだ。
つまり、この任務は『〈ジョーカー〉のアリア』でも『アリアンナ』でも、ただの『アリア』でもなく――『〈ババ抜き〉のアリア』に向けて発令されたもの。
要するに!
俺の二つ名は、帝国公認で『ババ抜き』に固定されたってことだ!!
脳内で血管が切れそうになりながらも、公衆の面前、それも軍と民衆が見守る前だ。
俺は「謹んでお受けいたします……っ」と、苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔で承諾するしかなかった。
その時の、眼鏡の奥で楽しそうにほくそ笑んでいたイレイルの顔!
「ああ、もうっ! 思い出すだけで腹が立つ!」
「まあまあ、よかったではありませんか! 牢屋に入らずに済んだんですものっ!」
俺の殺意などどこ吹く風。
エステルは呑気にベッドに腰掛け、機嫌よく足をパタパタと揺らしている。
「それに、わたくしたち〈金等級〉ですわよ!? 金! ゴールド! ああ、なんて素敵な響きですの!」
「……お前は気楽でいいよな」
今でこそ落ち着いているが、あの「裁判」の直後は大変だったのだ。
緊張の糸が切れ、安堵で腰が抜けてへたり込んだ俺を、誰かが支えてくれるわけでもなく。
「ふぇえええん! 死んじゃうかと思いましたぁ……っ!」
と、さらに体重をかけて泣きついてくるニーコ。
「わたくし、とっても心配しましたのよっ! 『後は頼む』なんて……二度と言わないでくださいましっ!!」
と、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で怒鳴り散らすエステル。
ジーンですら、「事前に相談してくれればよかったのにね。ボクだって君たちがいなくなるのは寂しいからさ」と、珍しく真顔で苦言を呈してくる始末。
全くその通りで、ぐうの音も出ない俺は、「……っ、悪かったよ」と素直に謝るしかなかった。
そんな中、ガロードだけは「……」と平常通りだった。
いつも通り串焼きを食っていたかと思うと、俺の前に無言で立ち、ポーチから新たに一本取り出して突き出してきた。
『気にすんな』、『次からは伝える努力をしろ』。
俺が〈ウロカクシ〉の件でコイツを追及したそのままの言葉。
そんな不器用な慰めが込められた、少し冷めた串焼き。
それを受け取った瞬間、張り詰めていた何かが決壊して――。
「アリアったら、急にわんわん泣き出すんだもん! びっくりしちゃったわ!」
「……うるせぇ! 泣いてねぇよ! ……ってか何で居んだよ!」
我が物顔で部屋に居座る侵入者に、俺は噛みついた。
イシュカだ。
当然のように俺たちの部屋の真ん中に陣取り、お茶を飲んでいる。
「また連れ込みだなんだと、宿屋の主人に金を請求されるのはごめんだぞ」
「大丈夫よ、お金は払っといたから。イレイルが」
(……払わせたんだろうが)
あの腹黒皇子も、この爆弾皇女の扱いには苦労しているらしい。それだけは同情する。
「で、何の用だ。俺たちは明日には発つんだぞ」
「だからよ!」
イシュカが立ち上がり、ビシッと俺を指差す。
「あんたたち、ガルドアに行っちゃうんでしょ? なら、あたしの部屋でやる約束だった『アレ』ができなくなっちゃうじゃない!」
「アレ?」
「決まってるでしょ! 枕投げよ!!」
「あん?」
俺が聞き返すと同時に、部屋のドアが控えめにノックされた。
「そ、それで……私も……呼ばれたんですかぁ……?」
ニーコがおずおずと入室して来る。自分の身体ほどもある大きな枕を、両腕に抱えていた。
「まぁ! 確かにそうですわねっ! 女の子同士のお泊まり会といえば枕投げ! これを忘れては旅立てませんわ!」
「えぇ……」
乗り気なエステルと、困惑するニーコ。
そして、ニヤリと不敵に笑うイシュカが、部屋の隅に積み上げられた『山』を指差した。
「ふふん、準備は万端よ。この宿の枕、全部掻っ攫ってきたわ!」
「……何やってんだ、この皇女は」
視線の先には、客室から強奪されたであろう大量の枕が、タワーのように積み上げられていた。
呆れる俺を他所に、イシュカがその中の一つを手に取り――全力で振りかぶった。
「いくわよっ! 第一回、枕投げ最強決定戦! 開催ーーっ!!」
イシュカの高らかな宣言と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
「ふふっ、わたくしイメージトレーニングは完璧ですのよ? どのような角度からきても華麗に……ふべあッ!?」
自信満々に構えたエステルの顔面が、初弾の餌食となりひしゃげた。
白目を剥いてよろめくエステル。
それを見て、俺はベッドの上で呆れたようにため息をつく。
「全く……ガキどもめ……いい加減に騒ぐなっての……」
そう説教を垂れようとした、その時だった。
ドゴォッ!!
風切り音と共に放たれた白い凶器が、俺の顔面に直撃した。
「……ぶもっ!?」
鼻が潰れ、間の抜けた声が漏れる。
視界が白い羽毛で埋め尽くされ、じーんと脳が揺れる。
なんだ今の威力は。殺す気か。
「あはは! 『ぶも』だって! 変な声〜!」
イシュカが腹を抱えて指差して笑っている。
その無防備な笑顔を見た瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。
「……上等だぁああああああああ!!」
俺は即座に枕を拾い上げ、全力で投げ返す。
「ひゃああ!? ま、待ってください! わたしじゃ……ひんッ!?」
流れ弾が、逃げ惑うニーコの後頭部にクリーンヒットする。
哀れな悲鳴を上げるニーコ。だが、慈悲はない。
「エステル、枕を持ってこい!!」
「は、はいですわっ! こちらに山ほどありますわよーーっ!」
復活したエステルが、補給兵のごとく枕の山を俺にパスする。
俺はそれを受け取り、全力で投げつける。
だが。
ヒュン! ヒュン! グルンッ!
俺の投げた枕が、イシュカの手前で不自然に軌道を変え、天井や壁へと逸れていく。
逆に、イシュカが投げた枕は、まるで意思を持ったかのように加速し、カーブを描いて俺たちを襲う。
「ちょ……待て! イシュカ! 風魔法はズルだろ! 使うな!!」
「何言ってんの! これがあたしの『実力』よっ!」
イシュカが悪びれもせず、両手に風を纏わせながら、枕に推進力を与える。
「このっ、インチキ皇女がぁぁぁ!!」
「インチキじゃないもん! 魔法も才能のうちよ! それっ!」
螺旋状に回転しながら飛来する高速弾が、起き上がったニーコの顔面を完璧に捉える。
「に、ニーコさんが倒れましたわーーーっ!?」
「ニーコッ!?」
白い羽毛が舞い散る部屋の中、俺たちの馬鹿騒ぎは夜が更けるまで続いた。
「はぁ……はぁ……」
数時間後。
俺たちは全員、枕の残骸と真っ白な羽毛の海の中で、大の字になって転がっていた。
「……あー、楽しかった」
イシュカが、汗ばんだ髪をかき上げながら、満足げに天井を見上げる。
「城じゃ、こんなこと絶対できないもんね」
「……そりゃそーだろ。お前ん家の窓ガラス、全部割れるぞ」
俺も荒い息を吐きながら答える。身体中が痛い。
だが、不思議と不快ではなかった。
「ねぇ、アリア」
息を整えながらイシュカが語りかけてくる。
「ん?」
「あんたのことあたしより弱いって言ったけど、取り消す!」
「あ?」
「あんたは強かったわ」
「……鉱山ごと吹き飛ばす皇女殿下ほどじゃねぇだろ」
「そういう強さだけじゃないってわかったわ」
「一番最初に飛び出して、みんなのために時間を稼いで、仲間のために捕まろうとして」
「……」
「絶対、捕まえてきなさいよ」
イシュカが横目で俺を見て、ニカっと笑った。
「グァマのことよ。あいつを捕まえて、手柄を立てて……そしたら、また堂々と帰ってきなさいよ」
「……」
「そしたらまた、遊んであげるわ」
「……へっ、次は魔法は無しだからな」
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──
翌朝。ファルメルの街。
俺たち〈ジョーカー〉のメンバーはそれぞれ世話になった人に別れを告げて回った。
エステルは商店の者から冒険者まで、老若男女問わず……いろんな人に惜しまれながら、一人一人に挨拶を交わしていた。
「みなさま方、お元気で……! 風邪にはお気をつけてくださいまし! きっとまた会いに来ますわ!」
(……こいつの交友関係はどうなってんだか)
ニーコも、ボロボロになるたびに利用していたという服飾屋から、裁縫道具と当て布を餞別でもらったらしく、大事そうに抱えて涙ぐんでいる。
「…………ぐすっ」
ガロードは〈陽の果て亭〉でまたポーチに入りきらねぇほどの飯を買い込んでるし、ジーンにいたっては白いキャンバスが足りないとばかりに、顔中キスマークだらけだ。
「いてててて……」
……いくつかは殴られた痣らしい。フン、いい気味だ。
(……コイツらは相変わらず、か)
これからの旅も今までと変わらず平常運転になるであろうことを予感し、早くも頭が痛くなる。
そんな連中を横目に、俺はテイランと向かい合っていた。
「アリアンナ……いや、もう『アリア』だったか」
「テイラン……」
テイランは照れくさそうに鼻の下を擦り、ニカっと笑った。
「へへ、俺にしては良くやっただろ?」
「馬鹿言え、出来すぎだ」
俺は呆れ半分、賞賛半分で答える。
武器らしい武器もなしで、あの〈エヴォルタス〉を五体も相手取って、四体仕留めたんだ。
英雄なんて言葉じゃ安っぽいくらいの大戦果だ。
「しかも、いきなり首都勤務とはな。一転してエリート様じゃねぇか」
「アリアも、金等級パーティのリーダーだろう? ガルドア王国か……真逆だな」
テイランは首都エテル・イドリアへ向けて北方へ。
俺は国境を越え、ガルドア王国へ向けて南方へ。
地図の上でも、立場の上でも、俺たちは正反対の道を歩むことになる。
「……こうしてようやく向かい合って話せるようになったってのに、すぐに背を向けて進むことになるなんてな」
テイランが、名残惜しそうに視線を落とす。
だが、俺は不敵に笑ってやった。
「はっ! ……なぁ、知ってるか?」
「なにがだ?」
「この世界は丸いんだとよ」
「……!」
「真逆を向いても、真っ直ぐ進んでりゃ、またいつか会うこともあらぁ」
俺の言葉に、テイランが目を見開く。
そして、吹っ切れたように笑い声を上げた。
「はは、そうだな! その時は大将軍様だ!」
「なってから言え、ばーか」
俺たちは拳を軽く合わせ、くるりと踵を返す。
「じゃあな、『アリアンナ』」
「…あばよ、テイラン」
俺は南へ。テイランは北へ。
それぞれの一歩を、力強く踏み出した。
……あの日。
テイランを逃がしたあの時。
俺は、テイランが背を向けて走り去っていくのを、ただ見ていることしか出来なかった。
その背中が小さくなって、闇に消えるまで、怒りと失望と罪悪感と恐怖で動けなかった。
アイツは逃げた。
だけど、俺も同じだ。
……あの時、テイランに背を向けたことで。
俺もまた……アイツに向き合わずに、逃げ出していたんだ。
今、こうして面と向かって和解し、また背を向け合った。
……だけど、今回は違う。
逃げるためじゃない。
それぞれの道を、胸を張って歩くための背中だ。
あの日から初めて、俺たちは『向かい合って』進みだしたんだ。
あばよ、テイラン。
わたしの……人生初めての友達。
第十章:縁は縒り合う餞包む綾の布(完)
本話をもちまして、
『自由のアリア』第一部――イドリア帝国編は完結となります。
第一話からここまで、アリアたちの旅を追い続けてくださり、本当にありがとうございました。
特に、毎回の更新日に読みに来てくださっている方。
更新するたびに読んでくださる方がいることが、連載を続ける大きな励みになっています。
第一部をもって一旦の区切りにはさせてもらいますが、物語は、ここで終わりではありません。
第二部ではイドリア帝国を離れ、ガルドア王国を舞台に、アリアたちの新たな旅が始まります。鋭意執筆中です!
投稿準備と校正作業のため、数日間だけお休みをいただき、七月中の連載再開を予定しています。
再開を見逃さぬようにブックマークをお忘れなく……!
再開後は、週一~二回程度の更新となる予定です。
詳しい再開日は、活動報告とXにて改めてお知らせします。
第一部完結までの約二ヶ月もの間、毎日更新にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
それでは、ほんのしばらくのお別れです。
第二部でもまた、アリアたちと一緒にお会いしましょう。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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*本イラストは生成AIを使用しています




