第Ex話:受付嬢アネットの受難そのfinal『グッバイ・マイ・ラブ。ハロー・マイ・デスティニー』
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「ああ、〈ジョーカー〉はなんでもイレイル皇子殿下の〈勅命依頼〉をもって金等級に昇級するらしい。次はガルドア王国の方へ旅立つらしいぞ」
「…………はい?」
思考が停止する。
あまりの情報の奔流に理解が追いつかない。
皇子殿下……?
銀等級に上がるって言ったばかりなのに……金等級?
東の大国ガルドア王国? ここから南東?
首都エテル・イドリアは北だ。
方向が……方向が真逆じゃないの……っ!!
───
──
その日の夕方。
私は、ギルドの酒場でジーン様を見つけた。
いつものキザなポーズで、グラスを傾けている。
「やぁ、アネットちゃん。聞いたよ。栄転おめでとう」
彼は、私を見るなり甘いマスクで微笑んだ。
その笑顔を見るだけで、胸が締め付けられる。
「……ジーン様。本当なんですか? ガルドアへ行くって……」
「ああ。殿下から〈勅命依頼〉を受けてね。……世界がボクを呼んでいるのさ」
彼は、詩的な表現で肯定した。
……つまり、私と一緒に首都へは来てくれないということだ。
「……そうですか。寂しくなりますね」
精一杯の強がり。
本当は、「行かないで」と縋り付きたかった。
「私と一緒に首都で暮らしましょう」と言いたかった。
でも、言えなかった。
彼のような風来坊が、一箇所に留まるはずがないことくらい、分かっていたから。
……それに私は、帰らない誰かを待つのが、今でも怖い。
「アネットちゃんも、向こうで元気でね。君の幸せを、遠い空の下から祈っているよ」
彼は、私の手を取り、甲にキスを落とした。
私を気遣った返答、あるいは都合のいい別れの挨拶。
それが、最後だった。
グッバイ、ジーン。
グッバイ、私の最後の妥協。
……じゃなくて、恋。
自分の手のひらを見る。
やっぱりダメだったみたい。
私は幸せを掴めなかった。
空っぽの手をギュッと握る。
「歯ぁ食いしばりやがれ!」
「え゛!?」
乙女の純情を弄んだ罰は受けてもらうわ。
何も掴めなかった、空っぽの手による一撃。
その打撃音と共に、私の「顔が良くて優しくて実力のある年下の旦那様」計画は、完全に崩れ去ったのだ。
───
──
その夜。
私は一人、街外れの安酒場で管を巻いていた。
もう明日にはこの街を出るのだ。
今更、誰にどう思われようと知ったことじゃない。
「ううっ……なんでよぉ……やっと帰れるのにぃ……なんで独りなのよぉ……」
安酒のジョッキを傾けながら、私はテーブルに突っ伏して泣いた。
周りの客が奇異の目で見ているが、関係ない。
私は今、猛烈に不幸なのだ。
今はただ、この失恋の傷を酒で消毒するしかなかった。
「お兄さん聞いてよぉ! 私ねぇ、仕事頑張ったのよ! 爆弾みたいなパーティのお守りして! 胃に穴が開きそうになりながら! 婚期も逃して! やっと報われたと思ったら失恋よ! どう思う!?」
たまたま隣に座っていた、少し疲れた様子の若い男の肩をバンバン叩きながら、私は絡み続けた。
迷惑そうな顔をしているが、逃げようとしないあたり、いい人なのだろう。
「は、はぁ……それは、大変だったな……」
男は困り顔ながらも、長い長い私の愚痴に付き合ってくれた。
聞けば彼も、色々あってここへ流れ着き、これから心機一転、仕事を始めるのだという。
「やり直すんだ。……俺は、もう逃げないって決めたから」
その真剣な眼差しが、酔った私の目に眩しく映った。
若いっていいわね。
やり直せるって、素晴らしいわね。
私も、首都でやり直せるかしら。
「あんたなら大丈夫よ! がんばんなさい! 若いんだから何でもできるわよ!」
「はは……ありがとう」
私は彼に無責任なエールを送り、そのままテーブルで泥のように眠ってしまった。
その翌朝、二日酔いの頭を抱えながら長らく過ごした職員寮を出る。
荷造りの最後に、古びた、割れた銅プレートを鞄の底へしまう。
私は魔導列車に乗り込みファルメルを去った。
雪の降る空を見上げながら、誓う。
首都へ戻ったら、今度こそ。
今度こそ、幸せになってやるんだから。
───
──
数日後。
首都エテル・イドリアの冒険者ギルド本部。
懐かしい空気。洗練された内装。都会の匂い。
私は、数年ぶりにこの場所に戻ってきた。
「あら、アネット先輩! お久しぶりですぅ! あれ? まだ独身なんですかぁ?」
「おー、アネット! お前も老けたなー! 俺? 俺はもう現場引退して、孫がいるよ」
かつての同僚や顔なじみの冒険者たちの言葉が、鋭利なナイフとなって私の心を抉る。
浦島太郎。
あるいは、取り残された亡霊。
華やかな首都に戻ってきたはずなのに、そこに私の居場所はなかった。
同期は皆、結婚するか出世している。私だけが、あの頃のままで止まっている。
「……はぁ」
ため息をつきながら、カウンターで頬杖をつく。
――ああ、首都に帰りさえすれば。
……そう思っていたのに、いざ戻ってみると、これから。いまさら。
この華やかな街で、私は一人ぼっちでどう過ごしていけばいいのやら……。
カラン、コロン。
ギルドの重厚な扉が開く音がした。
反射的に「いらっしゃいませ」と顔を上げる。
入ってきたのは、冒険者ではない。整えられた軍服に身を包んだ、一人の青年将校だった。
「本日付で、この区画を管轄する帝都警備隊の副隊長に着任いたしました! テイラン・アトランジオであります! ギルドの皆様とも連携を取りたく、ご挨拶に伺いました!」
溌剌とした声。凛々しい顔つき。真面目実直を絵に描いたような青年。
そして、その顔には見覚えがあった。
…………あ。
「……あ」
ファルメルの安酒場で、私が散々絡んで、愚痴を聞いてもらった、あの時の若者!
青年――テイランも、私に気づいたようで、目を丸くした。
「あ……! あなたは、あの時の……!」
「い、いや! あれは忘れて! お願いだから忘れてぇ!!」
私は顔を真っ赤にして叫びそうになったが、すぐに別の感情が脳内を支配した。
(ん……?)
首都勤務の軍人。
それも市街の見回りと警備。
少なくとも、冒険者みたいに魔物の巣へ飛び込む仕事じゃない。
…………チン。
私の頭の中が音を立てて計算を進める。
真面目で、人の話を聞ける優しさ。チン
若くして首都勤務のエリート。チン
実績次第では、さらに上も狙える、将来性。チン
そして何より。
ドン底から這い上がり『やり直し』を有言実行しようとする、その誠実さ。チーン
(……これだわっ!!)
私の脳内で、計算結果を指し示すベル……いいえ、ファンファーレが鳴り響いた。
ジーンなんて目じゃない。
これぞ、私が待ち望んでいた『運命』!!
神様は、私を見捨てていなかった!!
あのファルメルでの受難の日々は、この出会いのための試練だったのね!!
「……コホン。お待ちしておりました、テイラン様♡」
私は、受付嬢としての最高の……そして婚活モード全開のスマイルを浮かべ、彼の手を取った。
「この地区のことなら、何でも聞いてくださいな。……公私ともに、ね?」
「え、ええ……?」
テイランが、少し頬をひきつらせる。
ああ、なんて純情。なんて有望株。
受付嬢アネットの受難は終わらない。
けれど、その受難の先には、きっと今度こそ、輝かしいゴールインが待っている……はずだ。
受付嬢アネットの受難『運命はここにある』(完)
幕間Ex話をもちまして、『自由のアリア』第一部――イドリア帝国編完結です。
第二部の投稿準備と校正作業のため、数日間のお休みをいただきます。
七月中の連載再開を予定しています。
再開後は、週一~二回程度の更新となる予定です。
詳しい再開日は、活動報告とXにて改めてお知らせします。
毎回の更新日に読みに来てくださっている方々!
ここまでアリアたちの旅、そしてアネットの受難を追ってくださり、本当にありがとうございます。
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*本イラストは生成AIを使用しています




