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自由のアリア  作者: カラノニジ
第十章:縁は縒り合う餞包む綾の布
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第Ex話:受付嬢アネットの受難そのfinal『グッバイ・マイ・ラブ。ハロー・マイ・デスティニー』

 ____________________



「ああ、〈ジョーカー〉はなんでもイレイル皇子殿下の〈勅命依頼〉をもって金等級に昇級するらしい。次はガルドア王国の方へ旅立つらしいぞ」



「…………はい?」



 思考が停止する。

 あまりの情報の奔流に理解が追いつかない。


 皇子殿下……?


 銀等級に上がるって言ったばかりなのに……金等級?


 東の大国ガルドア王国? ここから南東?


 首都エテル・イドリアは北だ。


 方向が……方向が真逆じゃないの……っ!!



 ───

 ──


 その日の夕方。


 私は、ギルドの酒場でジーン様を見つけた。

 いつものキザなポーズで、グラスを傾けている。


「やぁ、アネットちゃん。聞いたよ。栄転おめでとう」


 彼は、私を見るなり甘いマスクで微笑んだ。

 その笑顔を見るだけで、胸が締め付けられる。



「……ジーン様。本当なんですか? ガルドアへ行くって……」



「ああ。殿下から〈勅命依頼〉を受けてね。……世界がボクを呼んでいるのさ」



 彼は、詩的な表現で肯定した。


 ……つまり、私と一緒に首都へは来てくれないということだ。


「……そうですか。寂しくなりますね」


 精一杯の強がり。


 本当は、「行かないで」と縋り付きたかった。

「私と一緒に首都で暮らしましょう」と言いたかった。



 でも、言えなかった。



 彼のような風来坊が、一箇所に留まるはずがないことくらい、分かっていたから。


 ……それに私は、帰らない誰かを待つのが、今でも怖い。



「アネットちゃんも、向こうで元気でね。君の幸せを、遠い空の下から祈っているよ」



 彼は、私の手を取り、甲にキスを落とした。

 私を気遣った返答、あるいは都合のいい別れの挨拶。



 それが、最後だった。


 グッバイ、ジーン。


 グッバイ、私の最後の妥協。

 ……じゃなくて、恋。




 自分の手のひらを見る。

 やっぱりダメだったみたい。

 私は幸せを掴めなかった。



 空っぽの手をギュッと握る。



「歯ぁ食いしばりやがれ!」


「え゛!?」



 乙女の純情を弄んだ罰は受けてもらうわ。


 何も掴めなかった、空っぽの手による一撃。



 その打撃音と共に、私の「顔が良くて優しくて実力のある年下の旦那様」計画は、完全に崩れ去ったのだ。


 ───

 ──


 その夜。


 私は一人、街外れの安酒場で管を巻いていた。

 もう明日にはこの街を出るのだ。

 今更、誰にどう思われようと知ったことじゃない。


「ううっ……なんでよぉ……やっと帰れるのにぃ……なんで独りなのよぉ……」


 安酒のジョッキを傾けながら、私はテーブルに突っ伏して泣いた。


 周りの客が奇異の目で見ているが、関係ない。


 私は今、猛烈に不幸なのだ。


 今はただ、この失恋の傷を酒で消毒するしかなかった。


「お兄さん聞いてよぉ! 私ねぇ、仕事頑張ったのよ! 爆弾みたいなパーティのお守りして! 胃に穴が開きそうになりながら! 婚期も逃して! やっと報われたと思ったら失恋よ! どう思う!?」


 たまたま隣に座っていた、少し疲れた様子の若い男の肩をバンバン叩きながら、私は絡み続けた。

 迷惑そうな顔をしているが、逃げようとしないあたり、いい人なのだろう。


「は、はぁ……それは、大変だったな……」


 男は困り顔ながらも、長い長い私の愚痴に付き合ってくれた。

 聞けば彼も、色々あってここへ流れ着き、これから心機一転、仕事を始めるのだという。


「やり直すんだ。……俺は、もう逃げないって決めたから」


 その真剣な眼差しが、酔った私の目に眩しく映った。



 若いっていいわね。

 やり直せるって、素晴らしいわね。

 私も、首都でやり直せるかしら。



「あんたなら大丈夫よ! がんばんなさい! 若いんだから何でもできるわよ!」



「はは……ありがとう」



 私は彼に無責任なエールを送り、そのままテーブルで泥のように眠ってしまった。



 その翌朝、二日酔いの頭を抱えながら長らく過ごした職員寮を出る。

 荷造りの最後に、古びた、割れた銅プレートを鞄の底へしまう。


 私は魔導列車に乗り込みファルメルを去った。

 雪の降る空を見上げながら、誓う。


 首都へ戻ったら、今度こそ。

 今度こそ、幸せになってやるんだから。


 ───

 ──


 数日後。


 首都エテル・イドリアの冒険者ギルド本部。


 懐かしい空気。洗練された内装。都会の匂い。

 私は、数年ぶりにこの場所に戻ってきた。


「あら、アネット先輩! お久しぶりですぅ! あれ? まだ独身なんですかぁ?」


「おー、アネット! お前も老けたなー! 俺? 俺はもう現場引退して、孫がいるよ」


 かつての同僚や顔なじみの冒険者たちの言葉が、鋭利なナイフとなって私の心を抉る。



 浦島太郎。

 あるいは、取り残された亡霊。


 華やかな首都に戻ってきたはずなのに、そこに私の居場所はなかった。

 同期は皆、結婚するか出世している。私だけが、あの頃のままで止まっている。


「……はぁ」


 ため息をつきながら、カウンターで頬杖をつく。



 ――ああ、首都に帰りさえすれば。



 ……そう思っていたのに、いざ戻ってみると、これから。いまさら。


 この華やかな街で、私は一人ぼっちでどう過ごしていけばいいのやら……。


 カラン、コロン。


 ギルドの重厚な扉が開く音がした。

 反射的に「いらっしゃいませ」と顔を上げる。

 入ってきたのは、冒険者ではない。整えられた軍服に身を包んだ、一人の青年将校だった。


「本日付で、この区画を管轄する帝都警備隊の副隊長に着任いたしました! テイラン・アトランジオであります! ギルドの皆様とも連携を取りたく、ご挨拶に伺いました!」


 溌剌とした声。凛々しい顔つき。真面目実直を絵に描いたような青年。

 そして、その顔には見覚えがあった。


 …………あ。


「……あ」


 ファルメルの安酒場で、私が散々絡んで、愚痴を聞いてもらった、あの時の若者!

 青年――テイランも、私に気づいたようで、目を丸くした。



「あ……! あなたは、あの時の……!」



「い、いや! あれは忘れて! お願いだから忘れてぇ!!」



 私は顔を真っ赤にして叫びそうになったが、すぐに別の感情が脳内を支配した。


(ん……?)


 首都勤務の軍人。

 それも市街の見回りと警備。

 少なくとも、冒険者みたいに魔物の巣へ飛び込む仕事じゃない。



 …………チン。



 私の頭の中が音を立てて計算を進める。



 真面目で、人の話を聞ける優しさ。チン



 若くして首都勤務のエリート。チン



 実績次第では、さらに上も狙える、将来性。チン



 そして何より。

 ドン底から這い上がり『やり直し』を有言実行しようとする、その誠実さ。チーン




(……これだわっ!!)



 私の脳内で、計算結果を指し示すベル……いいえ、ファンファーレが鳴り響いた。



 ジーンなんて目じゃない。


 これぞ、私が待ち望んでいた『運命』!!


 神様は、私を見捨てていなかった!!


 あのファルメルでの受難の日々は、この出会いのための試練だったのね!!



「……コホン。お待ちしておりました、テイラン様♡」


 私は、受付嬢としての最高の……そして婚活モード全開のスマイルを浮かべ、彼の手を取った。



「この地区のことなら、何でも聞いてくださいな。……公私ともに、ね?」



「え、ええ……?」



 テイランが、少し頬をひきつらせる。


 ああ、なんて純情。なんて有望株。



 受付嬢アネットの受難は終わらない。



 けれど、その受難の先には、きっと今度こそ、輝かしいゴールインが待っている……はずだ。




 受付嬢アネットの受難『運命はここにある』(完)



挿絵(By みてみん)


幕間Ex話をもちまして、『自由のアリア』第一部――イドリア帝国編完結です。


第二部の投稿準備と校正作業のため、数日間のお休みをいただきます。


七月中の連載再開を予定しています。

再開後は、週一~二回程度の更新となる予定です。


詳しい再開日は、活動報告とXにて改めてお知らせします。

毎回の更新日に読みに来てくださっている方々!

ここまでアリアたちの旅、そしてアネットの受難を追ってくださり、本当にありがとうございます。


ご意見、ご感想、誤字報告なども、いつも大変助かっています。

読んでくれてありがとうございます。

ご意見、感想、誤字報告助かります。


X(旧Twitter):https://x.com/karanoniji

告知、設定メモなどを投稿する予定です。

イラストなどあげていますので、こちらもよろしくお願いします。


*本イラストは生成AIを使用しています

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