第84話:前へ
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ズシン、ズシン、と地響きが近づいてくる。
俺は荒い息を吐きながら、血と泥にまみれた石槍を構え直した。
〈ストーンメイソン〉で槍を出して突き刺し、折れては新しいものを作る。
一体はすでに石槍で頭部を穿たれ、地面に崩れ落ちている。物言わぬ骸と化した青い巨体から、流れ出た黒ずんだ体液が岩床を濡らしていた。
残り三体――。
「オ゛ォオオオオ!」
迫る拳を紙一重で躱す。風圧が頬を撫でる。
即座に踏み込み、脇腹に石槍を叩き込む。
手応えあり――だが、浅い。
ギチギチと筋繊維が蠢く音。
傷口が見る間に塞がっていく。
(クソッ、キリがねぇ……!)
息が上がる。喉が焼けるように熱い。
質の悪い自作の石工武器では、いまいち決定打にならない。
傷をつけても即座に回復する青オーガ。
ジリジリと体力を奪われる消耗戦。息をつく間もない。
極限状態で今なお、立っているのは意地か気力か。
(……軍はまだかよっ!!)
自らを捕らえる檻の到着を、これほどまでに恋い焦がれるとは。
俺は、ひきつった口元で自嘲気味に笑うしかなかった。
「ッ——〈ストーンメイソン〉!」
新たな石槍を生成。
パキパキ……乾いた音が響く。細い石柱を切り出しその先端を尖らせる。
練り込みが甘い。
さっきよりも石槍は短い……形状も歪。
構わず、突き入れるが、そのズレが狙いをわずかに逸らし、穂先は青オーガの腕に突き刺さる。
堅牢な骨が石槍を阻む。
ギリギリと槍が軋み、静止する。
刺さったままでもお構いなしに再生し始める肉が、石槍を掴んで離さない。
(クソッ……持ってかれる!)
力比べの引っ張り合いで叶うはずもなく、俺は早々に見切りをつけて槍を手放す。
腕にドデカいアクセサリーがついたことなど、全く意に介さないらしい。
青オーガの腕が振るわれると槍の柄は中途に砕ける。
「おう、若ぇの! 手ェ貸すぜ!」
追い詰められつつある俺を見かねてか、飛び出してきたのは、赤々と燃えるような髭を丁寧に編み込み、その樽のような腹にまで蓄えたドワーフ。
現場指揮をしていた……確かオロンとかいう爺さんだ。
「……爺さん…っ、危ねぇから下がってなっ!」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、オロンに逃げるように促す。
だがオロンは、杭打ちのハンマーを肩に担いだまま、ニカッと笑った。
「そうはいかねぇ! いかねぇよな? ウチのもんを逃すために身体張ってキバってる奴を置いて逃げちゃ――ドワーフの名折れってもんだぜッ!」
「バカッ——」
言い終わる前に、青オーガの腕が振り下ろされる。
俺は倒れこむように横へ転がると、膝立ちのまま次の石槍を生成し始める。
二十か、三十か。
何本の槍を折り、何度作り直したのか。
もはや数えてなどいないが、魔法の連続使用による精神の消耗は如実に現れていた。
石の槍という単純な構造物を生成するのにも時間がかかる。
目と鼻の先に居る巨体の前ではコンマ一秒のロスが永遠にすら感じられる。
(はやく……っ!)
その瞬間。
「むんっ!!」
オロンの野太い声と共に、ハンマーが石槍の柄を真上から叩きつけた。
ゴキン、と鈍い音。
青オーガの腕に刺さった石槍は貫通して地面に食い込み、縫い付ける。
「オ゛オオオオオオオォ!!」
青オーガが絶叫する。
「もういっちょぉお!!」
オロンが槌を振りかぶる。
その怪力は眼を見張るものがあるが、戦闘の身のこなしは素人のそれだ。
青オーガは拘束された腕を無理やり引き剥がそうと、もう片方の腕を振り回した。
「うぉおお!?」
オロンの樽のような身体が宙を舞う。
一度、二度とバウンドし——ゴツン、と岩壁に叩きつけられた。
「爺さんっ!」
俺は舌打ちしながら、縫い止められた青オーガへと駆ける。
「無茶しやがって……!」
だが、オロンが作ったその僅かな猶予。
〈ストーンメイソン〉――新たな石槍を構築するには、十分な時間だった。
遮二無二暴れて、振りかぶった青オーガの顎下、がら空きの口腔へ――突き上げるように槍を叩き込んだ。
「ガ゛ッ――」
ビクリ、と大きく痙攣し、青オーガの巨体が崩れ落ちる。
「……おおい、いっ、っててて……」
オロンの呻き声。
どうやら生きているようだ。
あれを生身で受けて「痛い」で済むのなら、ドワーフの頑強さには驚くしかない。
「爺さん大丈夫か!?」
俺はオロンに呼び掛ける。
額から血を流しているものの、致命傷ではなさそうだ。
「うるせぇぞ! 大丈夫だって何度も言ってんだろ!」
「……まだ言ってねぇだろが…っよ!」
俺が言い返した瞬間――反射的に身を屈める。
青オーガの腕が、俺の頭上を通過した。
まだ終わっていない。かわして即座に肉薄する。
乱暴に振り回される拳。その軌道を槍の柄でスライドさせてズラす。
「ッ!」
力を逸らし、返す力で眼球へ突き刺す。
ブシュッ、と体液が飛び散った。
「オ゛ギャアアアア!」
片目を奪われた青オーガが暴れる。
また石槍が砕けた。
「ぐっぅ……〈ストーンメイソン〉っ!」
息を継ぐ間もなく、次を生成する。
魔力を練る。
だが、もう限界だ。
生成されたのはもはや石槍とは呼べないほど短い、石杭だった。
俺の奮闘も虚しく、避難は進まない。
動けねぇ瀕死の怪我人。
出口を塞がれ取り残された奴。
手が足りない。
オロンもすぐには動けない。
(……まだ、まだだ)
「グルルルル……」
二体が、じりじりと距離を詰めてくる。
「……チッ」
俺は、地を蹴った。
足が、震える。
腕も、痺れる。
疲労と魔力切れで、身体が悲鳴を上げている。
だが。
(……ここで、終われるか!)
俺は、奥歯を噛み締める。
軍を、逃げ出した。
仲間を、見捨てた。
友に、情けをかけられた。
そんな俺が。
ここで、また逃げるのか?
ここで、また誰かを見捨てるのか?
「……違う」
俺は、石杭を握り締める。
「違うんだ……!」
軍には、戻れないかもしれない。
だが、せめて今は。
せめてここでは。
「俺は……逃げねぇ!!」
叫びながら、俺は突進してくる青オーガに向かって走り出した。
ゴォッ、と振り下ろされる巨腕。
俺は、逃げずにさらに前へ踏み込む。
懐に潜り込む。
前へ。
「おらぁあああああああっ!!」
最後の力を振り絞って、石杭を青オーガの心臓へと叩き込んだ。
ドッ!! 硬い皮膚を裂き、分厚い筋肉の壁に食い込んでいく!
前へ!
俺は全てをのせた渾身の力でさらに押し込む!
石杭はそのまま心臓を貫いた!
「……ッ」
青オーガの身体が後ろ向きにゆっくりと倒れる。
ズシン、と地響きを立てて、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は、その場に膝をつく。
もう、立てない。
魔力も、体力も、完全に使い果たした。
だが、まだ一体残っている。
「……ッ」
俺は、必死に身体を起こそうとする。
身体が動かない。
(……ここまでか……)
諦めかけた、その時。
遠くから、馬蹄の音が聞こえてきた。
そして、号令の声。
「突撃ィィィ!!」
イドリア帝国軍だ。
ようやく、到着したのか。
「……おせぇよ、ばーか……」
俺は、力尽きて、その場に倒れ込んだ。
意識が、遠のいていく。
最後に聞こえたのは。
「おい、若ぇの! 大丈夫か!?」
オロンの声と。
「おいっ! こっちだ!! 手当てを急いでくれっ!」
ウィンランド親方の声だった。
(……ははっ、逃げてなかったのかよ、親方)
(……ああ、でも、これで……)
(……みんな、助かったんだな……)
俺は、安堵と共に、意識を手放した。
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*本イラストは作者本人のものです




