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自由のアリア  作者: カラノニジ
第十章:縁は縒り合う餞包む綾の布
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第83話:楽しかった

挿絵(By みてみん)

 

「ぐ、うぅぅぅぅぅッ!!」


 イルが歯を食いしばり、両手を突き出す。


 ミシミシと結界が軋む音が聞こえる。


 最強の盾である岩盤壁に亀裂が走り、凄まじい熱量に晒された水壁が一瞬で蒸発しては、魔力で無理やり再構築される。


 砕け散る外壁。魔素の光へと還る防御壁。


 熱風が俺たちの頬を撫でるが――防ぎきった。


 やがて、轟音が遠のき、もうもうと立ち込める蒸気と爆煙が晴れていく。


 最強の矛と最強の盾の勝負は、触れ込み通りに対消滅したようだ。



「はぁー、スッキリした♪」



「はぁ……はぁ……ッ、まったく……無茶をする……」



 イルが肩で息をしながら、額の汗を拭う。

 一時的な〈魔素欠乏〉に陥っているようだが、あれほどの魔法を連続して練り続けたのだから無理もない。


 ともあれ、お陰で助かった。

 そこだけは感謝しないとな。


 あれほど再生を繰り返していた〈オーバードーズ・エヴォルタス〉は、見る影もなかった。


 再生核ごと炭化し、ボロボロと崩れ落ちる黒い灰の山だけが、そこに残されていた。


「……ッ、アイツは!?」


 俺は灰の山へ視線を走らせる。

 完全に消し炭になった〈エヴォルタス〉とは違い、あの強度ならまだ原型を留めているはずだ。



「あっ! あそこですわっ!」


 エステルが指差す。


 崩落しかけた奥の通路。

 そこに、黒焦げになりながらも這いずっていく影があった。


「グゥ……オォ……ッ」


 変身は解け、瀕死の重傷。

 だが、生きている。


 あの爆心地で、とっさに〈エヴォルタス〉の巨体を盾にしたか、あるいは最後の空間魔法で致命傷だけを逸らしたか。


 とてつもない執念だ。


「逃がしちゃダメよ! アリア!!」


 イシュカが叫ぶ。


「逃がすかよォッ!!」


 俺たちは高熱によって一部が変質し結晶化した瓦礫を踏み越え、追走する。


 だが、グァマの方が一瞬速い。


「あ、あばよ、ゴミカスども……!! つ、次は絶対に……」


 奴は崩壊した横穴の縁までたどり着くと、自らその奥へと身を投げた。


「待てッ!!」


 俺が手を伸ばす。

 外へ転がり落ちていくグァマの姿。


「チッ……!」


 俺の手が空を切る。

 虚空を掴んだ指先が、むなしく握りしめられる。


「なにやってんの! アリア! 追うわよ!!」


 イシュカが叫び、崩れかけた穴から飛び出そうとする。

 だが。


「待って、シュカ」


 遅れてやってきたイレイルが、冷静な声でそれを制止した。



「外の気候、植生、景観からいって……ここから先は〈ガルドア王国〉領だ」



「はぁ?」



 俺は穴の外を覗き込み、声を上げた。

 確かに……眼前に広がるのは、見慣れたイドリアの雪景色ではない。

 湿り気を帯びた暖かい風と、遥か先まで続く平原地帯。



「ブラックロックマウンテンを突っ切って、国境越えちまったってのか!?」



「そのようだね……」



「えっ!? ほんと!? やった! 国外旅行に来ちゃった!」



 深刻そうな俺たちを他所に、イシュカが目を輝かせて手を叩く。

 国境侵犯だぞ、わかってんのかこの爆弾皇女様は。



「ここから先への調査は外交問題にもなりうる。深追いは危険だ。一旦、持ち帰るべきだろう」



「え~」



「……チッ、しゃーねぇ」



 イレイルの言うことはもっともだ。

 俺たちはただの冒険者と、身分を隠した皇族だ。


 他国の領土で暴れまわるわけにはいかねぇ。


 魔族を取り逃がしたのは痛いが……一旦は脅威を排除したとするほかない。



 …………。



 ほんの一瞬。


 このままここから身を投げ、ガルドア王国へ逃げ出してしまえば。


 そんな考えが頭をよぎるが、すぐさま消え失せる。


 エステルを置いていく? ……論外だ。


 それにアイツらを説得して飛び出すまでの間をイレイルが見逃すはずもねえ……。



 …………。



 ……それよりも、元の入り口側――洞窟の外がどうなってるかが気掛かりだ。


 もしも、外で怪物どもが暴れてるなら、オロンのジジイもあぶねぇ。


(……依頼の報告も……あるしな。)


 俺は、そう……自分を納得させる。


 俺たちは武器を納め、張り詰めていた気を緩める。



 すると、待ってましたとばかりに騒がしい連中が寄ってきた。


「ふぇえ~ん! 皆さん無事でよかったですぅ……っ」


 ニーコが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で泣きついてくる。


「よかったですわ~! 流石は、わたくしたち〈ジョーカー〉ですわっ!」


 エステルも、どうやらもう歩けるようになったらしい。

 興奮冷めやらぬ様子で、鼻息荒く俺たちを称賛する。



「はぁ……マノンお姉さまの新装備を得た、わたくしたちは、まさに鬼に金棒……いえ、アリア様に〈リベレイター〉ですわっ!!」



「誰が鬼だ」



 俺はエステルの頬をむにゅりとつねり上げた。



いたひでふわ(痛いですわ)! あいあひゃま(アリア様)!!」



「ああ、思い出した。鬼といえば……」



 ふと、ジーンが何かに気づいたように手をポンと打つ。


「ジ、ジーンさんっ!? 言わないでくださいぃっ!」


 それを、ニーコが慌てて遮った。

 顔を真っ赤にして、必死にジーンの口を塞ごうとしている。



「な、なんだよ……逆に気になるだろ……」



「な、なんでもありませんっ! なんでもないんですぅ!」



「……」



 そのアホなやり取りを見て、やれやれとでもいうように、ガロードはポーチから串焼きを取り出してかじりついた。


 戦闘が終わった瞬間これだ。


(何がやれやれだ! こっちの台詞だぞ、オイ!)


 俺は心の中で毒づきながら、エステルの頬から手を離す。


 いつもの〈ジョーカー〉の日常が戻ってきていた。

 そんな俺たちを、少し離れた場所から眺める二つの影があった。


 イシュカとイレイルだ。


「はぁ~あ……」


 イシュカが、羨ましそうな溜め息を漏らす。



「あたしもあんな風に、自由に遊びたいなぁ……」



「……それは難しいね」



「わかってるわよ……」



 ふぅ、と唇を尖らせるイシュカに、イレイルは優しい眼差しを向けた。



「イシュカ……」



「なぁに?」



「楽しかったかい?」



「ええ、とっても!」



 イシュカは即答し、満面の笑みをイレイルに向けた。

 その笑顔を見て、イイレイルもまた、憑き物が落ちたように微笑んだ。



「なら、よかったよ」



 イレイルは静かに眼鏡を直す。


「さて……そろそろ戻ろうか」


 その声に、俺たちは顔を上げた。


「……そうだな。外の様子も気になる」


 俺は〈リベレイター〉を鞘に納めながら、暗い坑道の奥――来た道を振り返った。

 崩落の危険がある場所もいくつかあったが、なんとか通れそうだ。


「ガロード、頼むぞ」


 俺が声をかけると、ガロードは串焼きを咥えたまま、無言で進んでいく。

 奴の〈リード〉が、俺たちを無事に入り口まで導いてくれるはずだ。


「お、おい……」


 おずおずと、背後から声がかかった。

 振り向くと、俺たちが救出した鉱夫が二人、瓦礫の影から這い出てきていた。



「助かったんだな、俺たち……?」



「ああ、無事でよかったな」



 俺は軽く手を上げて応えた。



「これから出口まで戻るが、ついて来れるか?」



「あ、ああ……! なんとか……」



 疲労困憊といった様子だが、しっかりと立ち上がった。


「さあ、わたくしたちと一緒に参りましょう! もう安心ですわ!」


 エステルが明るく声をかける。


 こうして、俺たち〈ジョーカー〉に、イシュカとイレイル、そして救出した鉱夫二名を加えた総勢九名の一行が、坑道の出口を目指して歩き始めた。

*本イラストは生成AIを使用しています

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