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自由のアリア  作者: カラノニジ
第十章:縁は縒り合う餞包む綾の布
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第82話:ゲームチェンジャー

 

「おいっ! イル!! なんか策はあんのかっ!?」


 俺は横目で、壁面を補強する魔法を放ち続ける皇子に問う。

 だが、返ってきたのは、あまりにもつれない言葉だった。


「困ったね。シュカが倒しきれないのなら、僕にも手はないよ」


 涼しい顔で、さらりと言ってのける。


「僕らの実力はほとんど拮抗してるからね。彼女が焼き払えないものを、僕が壊せる道理はないよ」


 イルは言葉とは裏腹に、極めて冷静に答えた。

 焦りも、絶望もない。

 ただ淡々と事実を述べているだけ。


「何をそんな冷静に……っ!?」


 俺の中に、違和感が走る。


 この状況で、策がないと言いながら、なぜコイツは平然としていられる?


 イルの持っている手札を頭の中で広げていく。


 水属性と地属性。


 一度に二つの魔法を唱えるほどの卓越した魔法の練度。

 崩れかけた天井を支える補強魔法。


 シュカのことだけは過保護なまでに心配するコイツが、愛する姉が生き埋めになるかもしれないって時に、こんなに落ち着いていられるわけが……。



(……あ?)



 全てが繋がった。


 コイツには自信があるんだ。


 最悪、この洞窟が崩壊しても、自分とイシュカだけを守り切れる防御魔法(シェルター)を展開できる自信が!


(そして、それを俺らに言わないのは……!)


 俺ら〈ジョーカー〉や、後ろの鉱夫たちは、ハナっから勘定には入ってねぇからだ!


 あくまでもイシュカの安全さえ確保できれば、あとはどうでもいいって腹か!


 自分たちを守る切り札。

 抱えている保険への絶対的自信。

 だからそんなにも冷静でいられるってか?


(この……シスコン野郎がっ!!)


 はらわたが煮えくり返る。

 だが、怒鳴ったところで状況は変わらねぇ。


 どうする……!?

 どうやって、コイツを動かす?

 どうやって、あの化け物を消し飛ばす?


 俺は、燃え盛るような目でイルを睨みつけた。


「…………そっちがそのつもりなら、いいぜ」


 俺の剣呑な雰囲気を察したのか、イルの眼光も鋭くなる。



「……何をする気だい?」



「何もしねぇよ」



 このままでは戦闘も、話も膠着したままだ。


「……『俺は』な」


 なら、盤面ごとひっくり返すしかねぇ。


 俺も切るぞ。


 手札の中で最も強力で、最も危険なゲームチェンジャーをよっ!!


「シュカ……! 全力でやれ!」


 俺の叫びに、炎を放っていたシュカがキョトンとして振り返る。



「全力って……え? いいの?」



「ああ、それしかねぇ! むしゃくしゃしてんだろ? 防御はイルに任せろ! 加減はいらねぇ!! 吹きとばしちまえ!!」



「なっ……」



 イルの顔が引きつる。

 反して、シュカの顔はパァァァっと輝いた。



「いいの!? いいのね!!」



「やった! アリア、あんたって最高ね!!」



 シュカは歓喜の声を上げると、意気揚々と両手に魔力を練り始めた。


 手加減なし。洞窟の強度など知ったことか。

 全てを灰にするつもりだ。


 俺の予想外の爆弾発言に、冷静だったイルの仮面が剥がれ落ちる。



「バカか君は!?」



 『イレイル』が鬼の形相で俺に詰め寄る。

 この狭い空間でイシュカが本気を出せば、全員消し炭になるか、生き埋め確定だ。


 自分たちの防御どころの騒ぎじゃない。


 焦ってやがる。いい気味だ。


「おう、お前のねーちゃんが全力で行くから、しっかり受け止めろよ?」


 防御をイレイルに丸投げする。

 俺はニヤリと笑い、その肩をポンと叩いた。


「お前ら二人は『互角』なんだろ? 矛が最強なら、盾も最強のはずだよなぁ!?」


 二人だけは生き残る『保険』に胡座をかいていたイレイルを俺たちと同じ土俵に引きずり下ろす。

 コイツはイシュカを生還させるためにはそれ以外は全部切り捨てるつもりだ。


 イシュカの生存率を1%でも上げるために、敢えて他人を助けてやるなどという、危険(リスク)を冒そうとはしない。


 ……なら、『全員死ぬ』か『全員助ける』かの二択にしてやる。


 姉を含めて生き残りたければ、俺たちを含めて全員守りきってみせろ。


 それが、俺からの最悪の脅迫だ。



「イシュカ……!!」



「イレイル、あんたの『つまんない』考えはお見通しよ? これしかないじゃない!」



 悪戯っぽく笑いながらもイレイルの『保険』を『つまらない』と切って捨てる。


「勝負ね、イレイル♪ 早くしないとまとめて吹っ飛ぶわよ?」


 圧縮、圧縮、圧縮。


 そして圧縮熱を発散させ放熱。


 さらに圧縮していく。


 かつて、ガロードがこの鉱山で放った〈バアルスフィア〉にも似た風の爆弾ができ始めつつある。


 鼻歌まじりに魔力を練り込むイシュカにイレイルの声は届かない。


「……っ!! 〈コンセントレート〉、〈ガイアフレーム〉、〈ジオ・エンブレス〉」


 イシュカに対する説得の無意味さを理解しているイレイルは、ケツに火がついたかのように、洞窟崩壊を避けるための補強魔法と防御魔法を必死の形相で次々とかけ始める。

 高度な魔法を矢継ぎ早に詠唱し、幾重にも折り重ねていく。



 ……さて、爆弾皇女と腹黒皇子は魔法の練り上げに手一杯だ。



「正念場だ、腹括れよテメェら!」


 イシュカの魔法が出来上がるまでの僅かな間。

 俺たちでグァマとこの巨塊を相手取らなきゃならない。


「ファイナルラウンドだ!」


 俺の号令に、〈ジョーカー〉の面々が応える。

 背後では、〈オーバードーズ・エヴォルタス〉を取り囲むように、頑強な岩壁が次々とせり上がり建設されていく。


 ガツンガツンと触腕が叩きつけられ、岩壁に傷をつけるがちょっとやそっとでは崩れる気配はない。


 この洞窟を崩壊させないための結界。


 同時に……逃げ場を封じ、対象を塵一つ残さず焼き尽くすための囲いだ。


(結界ってよりは巨大な焼却炉ってところか……)


 俺たちの役割は、イレイルが作ったこの巨大な『焼却炉』の中にグァマと〈オーバードーズ・エヴォルタス〉を押し留め、イシュカがぶっぱなす前に撤退すること。


 これだけの準備だ。中に入ってるやつは骨も残らねぇだろうよ。


 だったら、やるべきことは一つ。

 生ゴミを、焼却炉の中に放り込むだけだ!


「オラァッ!!」


 俺は地を蹴り、グァマの懐へと飛び込む。

 斬撃ではない。全体重を乗せた、捨て身の飛び蹴りだ。

 不意を突かれたグァマが、たたらを踏んで後退する。


「チッ……退けェ!!」


 グァマもこの場所が至死圏内(キルゾーン)であることを理解し、突破を試みる。左から大振りの一撃。

 最小限の回避で避け、首狙いの斬撃を見舞う。



「〈トランジッ――」



「させねぇよ!!」



 捨て身の間合いでの超近距離戦(インファイト)

 肉薄し、息もつかせぬ連続攻撃がグァマの転移を封じる。

 お互いに攻撃を受けるわけにはいかない。


「あはっ!! 良いわ!! 良い感じよっ!! アリア!!」


 完成したのは放熱と循環冷却を繰り返しながら圧縮された、凄まじい空気爆弾。


 ……だがそれだけとは思えない。

 イシュカは準備万端とでもいうように、ニッコリと笑っている。


(こ、怖ぇぇ!! だ、大丈夫なんだろうな!? マジで!!)


 自分で言いだしておきながら若干の後悔が浮かぶ。

 賽は投げられたんだ。あとはあの腹黒皇子がなんとかしてくれるのを祈るだけだ。


 イレイルの『焼却炉』も『蓋』を残して間もなく完成しそうだ。

 〈ジョーカー〉の面々も引きながら触腕を処理している。


「アリア様~!! こちらは準備万端ですわぁ~!! 早くこちらへいらっしゃってくださいまし~!!」


 エステルの間の抜けたアナウンスが入る。


(ちっ……わかってるけどよぉ~!!)


 俺も早く脱出しなくてはならないが、目の前のコイツと徒競走するわけにもいかない。


 集中だ、隙を窺え。


 躱す、斬りつける。

 避ける、突き込む。


 常人では目で追うことすら困難なスピードで繰り出される、接近戦。


 圧倒的なスペック差を覆す、技量。

 そして死と隣り合わせの極限の状況が俺の感覚を研ぎ澄ましていく。


 いけねぇ、こんな状況だってのに……。

 俺の口角が不思議と吊り上がっていく。



『いいか? アリアンナ、怖いときほど笑え。死神というのは笑顔が嫌いらしいからな』



 染み付いた教えが頭にリフレインする。


 それを挑発と取ったか、決死の覚悟と取ったのか、逃げ道を塞がれていく様子に焦ったのか。


 いずれにせよ、機が訪れる。


「ゴミが!! そこをさっさと退きやがれェえ!!」


 グァマの丸太のごとき脚が振り抜かれる。

 今だ。その初動を見切った俺は素早く、地に溶け込むように身を沈めて回し蹴りを潜り抜け、軸足を掴んで背後へ回り込む。


 視界から消えた俺の追撃を警戒し、グァマが背後を防ごうとする。



(甘ぇよ……!!)



「〈シャドウバインド〉!!」



 闇のロープが影から飛び出し、グァマを拘束して背後へ向かって引き倒す。


「ぐぉ!?」


 ロープ自体に大した強度はない。

 だがヤツが立ち上がり、振り払うまでの隙に、距離を稼げれば良い。

 俺はグァマを踏み台にし、着地と同時に脱兎のごとく『出口』へ向かって駆け出す!


 さらに追い討ちをかけるように、グァマに〈オーバードーズ・エヴォルタス〉の触腕が叩きつけられる。


「ぐぅあああ!!! くそがぁ〈トランジット〉ォッ!!」


 破れかぶれの転移。

 座標は定まらず、俺の真後ろへ飛んだ。


「ガロード! 〈エアブロウ〉で押し込め!!」


 風の面制圧魔法。

 奴が空間転移で逃げる前に、風の壁で蓋をしてしまえばいい。


 だが。


「……」


 風が、来ない。

 ガロードの視線が、一瞬だけ揺らいでいた。


 さっきのやり取りがフラッシュバックする。


 何かしら魔族に思うところがあるってのか?


(チッ、このバカたれが……ッ!)


 その一瞬の隙が、命取りになる。


 グァマが体勢を立て直し、焼却炉の範囲外へ逃れようと踏み込む。


 遅れてガロードが魔力を練り始めるが、もう間に合わねぇ!


 俺が〈エアブロウ〉の射線に重なっちまってるっ!


 取り逃がす……?


 いや、そうなる前に、あの腹黒皇子は迷いなく俺ごとこの棺桶に蓋をするだろう。


 このままじゃ、グァマもろともあの世行きだ……!!


「くそったれっ!! 〈ファイアボルト〉ッ!!」


 俺は咄嗟に左手を突き出し、反転しながら牽制の火の矢を放つ。

 威力はいらない、足を止めればそれでいい!

 だが、グァマは止まらない。


「バカが!! テメェら全員!! ここで死ぬんだよ!! 〈インヴァート〉!!」


 奴が残った左腕を持ち上げ指輪をかざす。

 空間が捻じれ、俺の放った火の矢がグルンと軌道を変え――そのままの勢いで俺の顔面へと跳ね返ってくる。



(しまっ――)



「アリア様っ!!」



 エステルが悲鳴をあげる。

 この体勢で回避は間に合わない。


 直撃を覚悟した、その時。


「さ、させませんっ!!」


 ドゥッ!! 甲高い破裂音と共に、目の前で火の矢が弾け飛ぶ! ニーコだ。


 いつの間にか俺の前に割り込み、〈リアライズ〉を構えていた。

 衝撃で体がズルズルと後退するが、盾を構えた腕は決して下がらない。

 よたよたとよろめきながらもバックステップを踏んですぐさま撤退する。


「やれやれ……心臓に悪いよ。それとも、ときめかせてくれているのかな?」


 間髪入れずにジーンが矢を放つ。

 音速の矢をグァマが受け止めようと手を前に突き出す。


「さて、ご覧あれ! このボクの煌めきをね! 〈フラッシュ〉!」


 ジーンの手から強力な閃光が発生し、グァマの目を眩ませる。

 ただの発光魔法。ダメージなどない。

 感覚へのジャミング。

 矢の距離の目測を誤ったグァマの手のひらに深々と矢が突き刺さる。


 その瞬間。


 ドゥン――!


 爆ぜる。


 ガシャコンッと空になった魔石が〈リユニオン〉から排出される。


「グッ、小賢しいッ……!」


 グァマが顔をしかめ、一瞬だけ動きが止まる。腕は爆風で突き上げられ、空間魔法を使う暇はない。


 俺たちが作った、数秒の時間稼ぎ。

 それで十分だった。


「今ですわっ! ガロード様!!」


 エステルの掛け声に、ガロードが今度こそ、こくりと静かに頷く。


「押し込めぇえええええッ!!」


 ドォォォ!

 突風が突き抜け、ハンマーで殴られたかのようにグァマの身体が吹き飛ぶ。


「おあぁああアッ!?」


 為す術もなく空を舞った魔人は、再生を続ける肉塊〈エヴォルタス〉に激突し、まとめて『焼却炉』の中心へと転がり込んだ。


「今だ、やれシュカ!!」


 俺の合図が、破滅の引き金を引く。



「おっけー☆いくわよイル!! 覚悟はいい!?」



「……ああ、いつでも。シュカ」



 シュカの脳天気な声と、イルの覚悟を決めた静かな声が重なる。

 次の瞬間、世界が赤く染まった。


「〈ヴァーミリオン・ノヴァ〉!!」


 シュカによって着火された空気爆弾は、圧縮された紅蓮の太陽そのものだった。

 視界を焼き尽くす閃光。音すら置き去りにする熱膨張。

 同時に、イルが神速で言葉を紡ぐ。


「〈〈アダマント・ペイル〉〈ハイドロ・ラミナ〉〉!!」


 刹那、俺たちの目の前に多重の障壁が展開される。

 魔鉄の如き硬度を誇る岩盤の壁。

 その内側に、衝撃と熱を吸収するための、幾層にも重なった高密度の水のベール。



 ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!



 直後、爆音と衝撃が鼓膜を叩いた。


「クソッ! クソッ! クソぉおグ…おぉォオァアア゛ッ!!」


 壁の向こうからグァマの怨念めいた、断末魔の叫びが聞こえる。


 空気は急激に膨張し、鉱山全体が悲鳴を上げて揺れる。


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