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自由のアリア  作者: カラノニジ
第十章:縁は縒り合う餞包む綾の布
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第81話:虚ろ隠し

 

 俺はギリリと奥歯を噛み締め、焦燥を募らせながら双剣を構え直した。


(……簡単な論理パズルだ)


 俺が囮になり、空間魔法を吐き出させるのが定石。

 だが、奴もそれを読んで温存し、イルを牽制したまま俺とのタイマンに持ち込む腹だろう。


「上等だ……!」


 やりようはいくらでもあんだよ!


 再びグァマに向かって駆ける。

 グァマもイルを警戒しながら、半身で構える。



「〈ファイアボルト〉ッ!」



「チッ、うざってぇ!!」



 グァマは手で払いのけるように、火球を打ち消す。


 火の矢が手の甲を焼くが、魔人化した奴にとってはかすり傷なのだろう。避けもしない。



 だが、それでいい。



(視界はもらったッ!)



 薄暗い空間、目の前で炸裂した火の玉。


 その残像が、グァマの視界を一瞬奪う!

 俺は地を這うように身体を屈め、グァマの死角へと潜り込んだ!


「シッ!」


 袈裟斬りに〈リベレイター〉を振るう!

 グァマは勘だけで一歩下がり、致命傷を避ける。


(チッ……浅い!)


 だが、傷口はグズグズと崩壊を始める。


 その一瞬の硬直を、イルは見逃さない。


「『バサルトバレット』『アルキオン』」


 イルが魔法名を発する。


「バカがっ、かかったなァ!!」


 イルの詠唱を聞いたグァマは勝利を確信し、ニィッと顔を歪める。


 反射の準備は万端だ。



 だが――魔法は飛んでこない。



「あ……?」



「ああ、――ごめん。嘘だよ」



 イルは眼鏡の奥で薄く笑う。

 ただ、手をかざし、魔法名を口にしただけ。


(へっ、腹黒皇子め……! こっちも一瞬ビビっちまったじゃねーか!)


「よそ見してんじゃねぇよォ!!」


 完全に虚を突かれたグァマ。

 俺は振り抜いた体勢から、返す刃で渾身の双刃を叩き込む。


「ッ! 〈エクリプ――」


 反射的に指輪をかざそうとするグァマ。

 だが、それより速く、イルの声が響く。


「〈マッドネス〉」


 詠唱競争は、イルに軍配が上がった。

 グァマの足元が突如として泥濘へと変わり、巨体を支える両の足がズブリと沈み込む。


「が、ッ!?」


 体勢が崩れ、僅かに座標照準が狂う。

 咄嗟に腕で身を守ろうとするグァマ。

 だが、足場を失った状態では、防御動作が遅れる。


 狙うは一点。


 あの忌々しい指輪が嵌まった、右腕だ!


「もらったァッ!!」


 ザンッ!!


 闘気の壁を貫き、砕ける外殻。

 肉を断ち、骨を砕く、確かな手応え。

 だが、それでも完全に斬り飛ばすには至らない。


「グゥ……ッァアアアアッ!?」


 遅れて、グァマの絶叫が洞窟内に木霊した。


 答えは逆。

 俺が空間魔法を引き出しイルが致命打を与えるのではなく、イルが空間魔法を引き出し俺が致命打を与える。


「ぐぅうぅ……オオオオォ!! 腕がッ!!」


 半ば千切れかけた右腕を抱え、グァマが獣のような咆哮を上げる。

 切断まではいかなかったが、骨まで断ち割られ、神経もイカれたのだろう。

 指輪をはめた指はピクリとも動かず、ただ無様にぶら下がっているだけだ。


 戦闘でグァマの身体についた僅かな傷は、これまでは即座に修復されていた。

 だが、俺の与えた闇属性の斬撃は、その驚異的な自己回復力をもってしても追い付かないのか、回復を阻害し続けている。

 空間魔法の要を封じられた魔人は、脂汗を垂らしながら、血走った目で俺たちを睨めつけた。



「よくも……よくもオレをッ! 下等な人間風情がぁッ!!」



「その下等生物に追い詰められた気分はどうだい?」



 イルが、汚いものを見るような目で冷ややかに言い放つ。

 魔法の構えは解いていない。


「黙れッ! おまえらに何がわかる! オレたち魔族が、どれだけ長い間、虐げられてきたか! 奪われ続けてきたか!」


 グァマが吠える。

 口の端から泡を飛ばし、自身の正当性を喚き散らす。


「おまえら人間は、いつもそうだ! 数に任せて我らを追いやり、住処を奪い、尊厳を踏みにじってきた! だからオレは、奪い返すんだ! 力ずくで! おまえらがそうしてきたようになぁッ!!」


 悲劇の歴史。

 魔族と人間の間に横たわる、決して埋まらない溝。


 確かに、歴史書を紐解けば、人間側が一方的に正義だったわけじゃねぇのかもしれねぇ。

 互いに血で血を洗う争いを繰り返してきたのは事実だ。


 だが――。


「……はぁ」


 イルは、心底退屈そうにため息をついた。

 その態度は、グァマの抱く高尚な復讐心など、路傍の石ころ程度にしか感じていないと雄弁に語っていた。



「虐げられた? 奪われた? ……それは、『君自身』の体験かい?」



「あ……?」



 グァマの言葉が詰まる。


「君が使う空間魔法。確かに強力だ。でも、それは君の実力じゃない。その指輪……マジックアイテムの力が大きい」


 イルが一歩、踏み出す。


「君が誇る研究成果。〈魔人化薬〉はアビスの深淵から拾ってきた既存知識なのだろう? なら、それを元にした〈変異促進剤〉も、ただの模倣に過ぎないんじゃないのかい? 君自身の発明なんて一つもない」


 また一歩。

 イルは、周囲に転がる〈エヴォルタス〉の残骸、そしてこの研究所を見渡すように視線を巡らせる。



「そして、実験体。……他所から盗み出した素材で、随分と好き勝手やってくれたものだね」



「な……ッ」



「借り物の他人の力、他人の知識、盗んだ素材……それらで着飾って大きく見せているだけで、君自身には何もない」



 イルは眼鏡の位置をくい、と直すと、哀れむように目を細めた。


「君自身の力はどこにある? 君自身の痛みはどこにある? 君が叫んでいるその『怨み』ですら、過去の誰かの痛みを自分のものだと錯覚しているだけの、借り物じゃないか」


 グァマが後ずさる。


 物理的な攻撃よりも鋭い言葉のナイフが、魔人の分厚い皮を通り抜け、精神を滅多刺しにしていく。



「君は、ぜんぶ虚ろ(からっぽ)なんだよ」



 〈ウロカクシ(虚ろかくし)〉。


 その二つ名は、行方不明者を隠すという意味だったはずだ。

 だが今、この瞬間、それは奴の本質――中身のない虚ろを隠していただけの道化であることを暴く、皮肉な称号へと成り下がった。


「だまれぇッ!!」


 図星を突かれたグァマが、羞恥と憤怒で顔を真っ赤に染め上げ、絶叫した。

 その激情に呼応するかのように、戦場に異変が起きる。


 ズゥン!!


「オ゛オオオオオォォオオオオ!!!」


 地響きと共に、イルとグァマの間を分断するようにして、巨大な肉の壁――〈オーバードーズ・エヴォルタス〉が割り込んできた。


「ああっ、もうっ!! ……キリがないわっ!!」


 苛立たしげにシュカが愚痴り、放った炎が肉塊の一部を焼き払う。

 だが、焼けた端からボコボコと泡立ち、新たな肉が盛り上がってくる。

 触腕の数は増え、その巨塊はダメージを負うたびに縮むどころか、むしろ一回り肥大化しているようにも見えた。


(シュカの火力を持ってしても抑えきれねぇのかッ!?)


 俺は舌打ちする。

 あの爆弾皇女が慣れない手加減をしている。

 洞窟を崩落させないように、周囲を巻き込まないようにと、必死に抑えているのが裏目に出ている。

 とっとと倒さなければ、コイツが一体どこまで肥大化するかなど、誰にもわからない。

 だが、シュカが本気を出せば全員生き埋めだ。



(……八方塞がりかよ!)



「……」



 ガロードも、げんなりした様子で、迫りくる触腕を〈リレーション〉で斬っては、風魔法で吹き飛ばしている。

 いつもの食欲はどこへやら。

 無限に湧いてくる肉の塊には、流石のアイツも食傷気味らしい。


「アリアちゃん! こちらも、そう長くは持たないよっ!」


 ジーンが悲鳴に近い声を上げながら、エステルの背負うマジックバッグから矢の束を鷲掴みにし、補充している。

 神業じみた連射で触腕を捌いてはいるが、これ以上増えれば撃ち漏らしが出始める。

 そうなれば、この洞窟自体が持たない。


「皆さま方が何度攻撃しても、再生していますのっ! こんなにも苦しそうに……」


 エステルは瞳に涙をためながら、悲痛な面持ちで叫ぶ。

 アイツには、あの怪物がただ暴れているのではなく、永遠に続く苦痛にのたうち回っているように見えているのだろう。


「あ、わわわっ、エステルさんっ、下がってください!」


 ニーコは迫る礫や触腕を盾で弾きながら、エステルと鉱夫たちを守っている。


 俺もこちらへ向かってきた肉塊を斬り飛ばし、追撃の〈ファイアボルト〉を撃ち込む。


 ジュウッ! と肉が焦げるが、すぐに新たな肉が覆いかぶさり、傷を修復する。


(なるほど、こりゃやべぇ……)


 あの〈エヴォルタス〉は頭を破壊すれば再生は止まった。

 だが、もはや人だった原型など留めていない、この増殖する肉腫のバケモンの、『頭』はどこにあるってんだ…!?



「黙れ! 黙れ! 黙れ! 人間に何がわかるッ! お前たちは同胞を切り刻んで、実験素材にしているくせに!」


 自分の行いを棚に上げた戯れ言だが、グァマは止まらない。


「…………」


 その言葉に、ガロードの顔が微かに歪んだのを、俺は見た。

 いつもの「腹減った」でも「面倒くさい」でもない。もっと別の、不快感のような表情。



「お前たちが奪ったものを奪い返す番だ! 所詮は魔族と人間、千年たっても変わりゃしねぇ! 奪い! 奪われ! 憎み合うだけだ! 絶対に分かり合えねぇんだよ!!」


 激情のままに吐き出される呪詛。

 それが洞窟内に木霊し、重苦しい空気が場を支配しようとした、その時だった。



「……違う」



 静かな、しかしよく通る声が、その場の空気を断ち切った。



「……え?」



 俺は思わず耳を疑った。



「プラレスはそうじゃなかった」


 あの〈沈黙〉の男が、グァマの言葉を否定するように、はっきりと口を開いた。


 その言葉に俺たちは固まる。

 今までの『単語』ではない。

 ガロードが初めて、ちゃんと意味のある『言葉』を発した。


 俺は、迫りくる触腕のことすら一瞬忘れて、呆然とガロードを見た。


(……プラレス?)


 ガロードの家名だ。


『ガロード・プラレス』。


 確かに〈ジョーカー〉結成時の署名にはそう書かれていた。


 ……コイツが口を開くってことは、よっぽどな意味があるのか?


 だが、そんな俺たちの困惑をよそに、グァマが唾を飛ばして吼える。


「プラレスぅ? 誰だそりゃ? ……話は終わりだ、意味がねぇ!! ここで全員くたばるんだからな!!」


 グァマは壊れた右手から指輪を抜き、左手の指へと付け替える。


 対話の余地なし。

 状況は変わらない。


 むしろ、〈オーバードーズ・エヴォルタス〉の暴走は加速し、この空間の崩落は時間の問題だ。


 ハッと我に返り、俺は思考をフル回転させる。


 このままじゃジリ貧だ。

 何か手を打たなきゃ、全員生き埋めだぞ!




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