第9話:帰還
(よし、撤収だな。あの〈鐵喰い〉とかいう化け物を仕留めたんだ。依頼の目的の一つである『危険の排除』は達成だ。これならギルドも文句はねぇだろ。むしろ大金星だ)
頭の中で皮算用を始める。あのデカい魔石…Cランク以上は確実だ。最低でも10,000ガルド…いや、希少性を考えればもっと値がつくかもしれん。依頼の基本報酬が10,000、二人で割って…特別報酬が…クソッ、ややこしいな。
とにかく、大儲けなのは間違いない!
ズキズキと痛む打撲痕が、金の計算をしている間だけ、少し和らぐような気がした。これだけ稼げりゃ、武器の手入れやポーション代を差し引いても、しばらくは宿代やメシ代に困ることはねぇ。上等だ。
(フン…まぁ、ぶっちゃけ、あの〈沈黙〉がいなけりゃ、正直どうなってたか分からん。最後の掘削もオロンがいなきゃ無理だった。それにあの〈ダウンバースト〉とやらで弱ってなけりゃ接近戦も難しかったろうしな。実力だけは、たしかに本物だ。そこは認めざるを得ねぇ…)
そこまで考えて、ハタと気づいた。
(…ん?待てよ?そもそも、俺が壁に叩きつけられて、こんなに体中が痛ぇのは…完全にアイツの、あのクソみてぇな、風魔法の巻き添えじゃねぇか!!!俺の身体に残ってる傷の大半は、アイツのせいじゃねぇのかよ!!)
報酬の計算で少し上向いていた気分が、一気に怒りへと反転する!そうだ、忘れてた!あの爆発で、俺は死にかけたんだぞ!
(あの野郎……!!)
ガロードをギロリと睨みつけたい衝動を必死で抑え込み、俺は大きく息を吐き出した。ここでコイツに文句を言っても、どうせ暖簾に腕押しだ。
「……チッ。戻るぞ。ギルドに報告だ」
俺は左腕につけた〈双子の腕輪〉を確認する。淡い光の糸が、先に撤退した坑道の入り口…オロンがいるであろう方向を、律儀に指し示している。
(あの腹立たしいジジイ!チョロチョロ動くな!方向がブレるだろうが!)
俺は光の糸を頼りに、元来た道を引き返し始めた。ガロードも、いつの間にか取り出した何本目かの串焼きを齧り無言で俺の後ろをついてくる。
坑道の入り口で待っていたオロンは、俺たちがボロボロながらも五体満足で戻ってきたのを見ると、ニカッと歯を見せて笑った。
「ん?おお!回収も終わったか?無事だな!見りゃわかる、終わったな!ご苦労さん!よし、じゃあ行け!」
(やっぱりこの調子かよ…もっと気の利いた労いの言葉もねぇのか、このクソジジイは…)
俺は呆れを通り越して、もはや感心すら覚える。
「おい、ジジイ。報酬はちゃんとギルドで受け取れるんだろうな?」
念のため、釘を刺しておく。
「おう、わかってる、わかってる!お前さんもわかってるな?ギルドに行けってんだ!」
オロンは請け合ったが、すぐに難しい顔をして、その赤い髭を捻り始めた。
「それにしても、だ。あのデカブツは一体どっから入ってきやがったんだ?ロックドレイクにしちゃあデカすぎるし、黒すぎた。ワシも長年この山でやっとるが、あんなモンは初めて見たわい。そもそも、ドレイクなんぞが、こんな寒い山に来るわきゃねぇんだがなぁ!奴らは暖かい場所が好きだろう?岩は食っても、鉄なんぞ食わんだろうし…そうだろ?」
(たしかに…このジジイの言う通りだ。なんであんなヤツが、こんな南東の辺境に?しかも、あの異常な金属質の体と、黒鉄鉱石を食う習性…普通じゃねぇ)
ロックドレイクは西のアイラン皇国の砂漠に生息している。竜種故にある程度の環境適応力はあるが、温暖な気候を好む生物が極寒の壁を越えて来られるとは到底思えない。
イドリア帝国内へ…。それもガルドア王国との国境付近にまでやってくるなんて通常あり得ない。
「まぁ、突然変異とかいうやつかもしれんな!とにかく、あの奥の穴をきっちりマッピングすりゃあ、どこから繋がってるか、どこから来たかも分かるだろう!それはウチの若い衆にやらせる!心配すんな、すぐだ。すぐだな!」
オロンは勝手に一人で納得すると、パン、と手を叩いた。
「よし、じゃあ帰るぞ!ワシも報告がある!はぐれるなよ、ついてこい!」
そして、またしても、あの短い足でドタドタと迷路のような坑道を走り出した。
(またかよ!こっちはクタクタだってのに、少しは考えろ、このジジイ!)
俺は内心で悪態をつきながらも、早くこの薄暗い坑道から出たい一心で、オロンの後を追った。ガロードも、相変わらず無言で、黙々と後をついてくる。
ようやく、外の冷たい、しかし新鮮な空気が感じられる入り口まで戻ってきた。
俺は挨拶もそこそこに管理小屋へ足早に戻ろうとするオロンを呼び止め、懐から依頼書を突き出した。
「おい、ジジイ。忘れもんだ。ここに『達成』って書いて、サインしろ。これがないと報酬が貰えねぇ」
オロンは「おう!」と快く受け取ると、慣れた手つきでサインを書き込み、依頼書を返してきた。
「よし!じゃあな!嬢ちゃんも、そっちの兄ちゃんも、達者でな!助かったぜ!」
そう言って手を振ると、オロンは今度こそ管理小屋の方へ戻っていった。
最後まで、嵐のようなドワーフだったぜ…。
俺たちはオロンと別れ、再びファルメルへの雪道を歩き始めた。半刻ほどの道のり。雪は止んでいるが吹き付ける風がやけに冷たく、治りきっていない体中の打撲や切り傷が、寒さでズキズキと痛む。疲労もピークだ。
だが、遠くに、ファルメルの街の温かい灯りが見えてきた。
(…終わった。とんでもねぇ化け物だったが、なんとか生き残った。報酬もデカい。結果だけ見れば、上出来だ…)
達成感はある。だが、あの〈鐵喰い〉の謎は、妙に心に引っかかる。
そして…隣を黙って歩くこの男〈沈黙〉のガロード。とんでもない力を持っているのは分かったが、何を考えているのかはやっぱりサッパリ分からん。
その上、俺の体に残るこの痛みの、少なからぬ原因でもある…。
(クソッ…早く宿に戻って、熱い風呂にでも浸かりてぇ……)
俺は白い息を吐きながら、ファルメルの街を目指して、重い足を引きずった。
這う這うの体で冒険者ギルドの扉を押し開けると、一瞬にしてホール中の視線が俺たち二人に突き刺さった。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、誰もが驚いたような、あるいは好奇に満ちた目でこちらを見ている。
(チッ…なんだ、この視線は…ああ、隣の〈沈黙〉のせいか)
あの銀等級の〈星砕〉のフィリスが金切り声でキレ散らかし、放り出した厄介事を押し付けられた『よそ者』が、ボロボロで帰ってきたのだ。今度はどう喚くか楽しみでしょうがないといった様子だ。
(面白がりやがって…どいつもこいつも!俺があの金髪チビみたいに、どうブチ切れるか見ものだってか?)
俺は内心で悪態をつき、まとわりつくような視線を無視して、一直線に受付カウンターへと向かった。泥と、乾いた黒い血のようなものにまみれ、鎧も服もボロボロだ。隣を歩くガロードも似たような有様だが、本人は全く気にしていない様子で、欠伸でもしそうな顔をしている。
カウンターに着くと、対応してくれた受付嬢は、俺たちの姿を見て、明らかにホッとしたような、それでいて「やっぱりこうなったのね…」とでも言いたげな、なんとも複雑な表情を浮かべていた。
(……心配してたってか?面倒を押し付けといてよくもまあ……)
フン…恨み言はいくらでも湧いてくるが、生憎、今はそれどころじゃねぇんだよ。
俺はカウンターに、オロンのサインが入った依頼書を叩きつけるように置いた。
「『依頼完了』だ。報告。それと、こいつの鑑定を頼む」
そう言って、ガロードのポーチから、あの巨大な暗褐色の魔石を取り出し、カウンターの上にゴトリと置いた。
その瞬間、静まり返っていたギルド内が、ワッと大きくどよめいた。
「な、なんだあのデカさ!?」
「C級か?いや、それよりデケェぞ!」
「あの色は…見たことねぇ魔石だ…一体、何を倒してきたんだ!?」
周囲の冒険者たちの、驚きと興奮が入り混じった声が聞こえてくる。
(フフン、どうだ。驚いたか。これがあのクソみてぇな化け物の魔石だ)
少しだけ、溜飲が下がる思いだった。
わかってる…注目を浴びるのは立場上、好ましくない。
わかってはいるが、たまには悪くない。
苦労した甲斐があったというもんだ。
さらに、ガロードがポーチから取り出した、黒鉄と融合した甲殻片もカウンターに置く。
「こいつが討伐対象…おそらく、ロックドレイクの変異体だな。仮称〈鐵喰い〉だ。詳細は鑑定しねぇと分からんが」
俺がそう付け加えると、受付嬢は信じられないものを見るように、大きく目を見開いた。周囲のどよめきは、もはや純粋な驚愕へと変わっていた。
「変異体だと!?嘘だろ?」
「しかも、〈沈黙〉を連れて、たった二人で!?」
「マジかよ…あの銀等級の女…なにモンだ…?」
明らかに、俺を見るギルドの連中の目が変わったのが分かった。さっきまでの『〈沈黙〉の新たな被害者』を見るような好奇の目じゃない。『〈沈黙〉というとんでもない問題児を連れて、未知の変異体を討伐した、只者ではない実力者』を見る目だ。
…まぁ、面倒な注目ではあるが、実力が評価される感覚は、決して悪くない。
「鑑定結果と報酬は、明日でいいな?」
俺は受付嬢に確認する。彼女はまだ興奮冷めやらぬ様子で、しかし、こくこくと力強く頷いた。
(…終わった。やっと、休める…)
ようやく全身の力が抜け、どっと疲労が押し寄せてくる。体は限界に近い。今すぐ宿に戻って、熱い湯に浸かって、泥のように眠りたい。
チラリと隣を見ると、ガロードはカウンターに寄りかかり、もう次の食事のことでも考えているのか、どこか遠くを見ている。
(…お前も、お疲れさん、と言ってやるべきか?いや…やめておこう。どうせ返事もねぇだろうしな)
俺たちは無言でカウンターを離れ、まだざわめきが残るホールをかき分け、ギルドの出口へと向かった。
ギルドを出ると、ガロードは本当に、挨拶の一つもする気はねぇらしい。迷いなく…おそらくは、食堂に向かって歩き出していた。
(まぁ、期待もしてねぇが…)
「おい、ガロード!」
呼びかけると、ヤツは足を止めずに、しかしチラリとこちらに顔だけ向けた。
「明日、報酬の受け取りがある。ちゃんとギルドに来やがれよ!」
ヤツは相変わらず何も言わず、ただ後ろ向きに、ヒラリと手を挙げて見せた。
それが肯定なのか何なのか、サッパリ分からんが…まぁ、あれだけの死闘の報酬金の受け取りをすっぽかすようなことはないだろう。多分な。
そのまま、ガロードは一直線に、おそらくは〈陽の果て亭〉であろう方向へと、フラフラと消えていった。
(…本当に、食うことしか頭にねぇんだな、アイツは)
さて、と。
俺は一人、ギルドの前で大きく息をつく。ドッと、体の芯から疲労が溢れ出してくるようだ。体は鉛のように重く、壁に叩きつけられた打撲痕や、細かい切り傷がズキズキと痛む。
第一章:繋がれぬはずの銀の首輪(完)




