第8話:〈鐵喰い〉③
その時だった。
坑道の入り口の方から、やけに響くダミ声と、ドタドタという短い足音が近づいてきた。
「おいぃーー!何でえ、今の地響きみてぇな音はーー!?落盤かーー!?」
案内役だったはずのドワーフ、オロンだった。
(ジジイ!?なんでここに!?腕輪の光を追ってきたのか!?)
さっきの〈ダウンバースト〉の破裂音を聞きつけ、息を切らせながらこの広間に駆け込んできたらしい。
その手にはツルハシを抱えている。マジで持ってきやがったのか……。
「うおおっ!?何だこいつは!?ドレイクか!?いや、こんなデカくて黒いのはワシも見たことねぇな!……ねぇよな?」
目の前の惨状と、のたうち回りながら鉱石を食らう〈鐵喰い〉の姿に、さすがのオロンも目を丸くして叫んでいる。
「チッ!ギャラリーはお呼びじゃねえんだよっ!」
闇を纏った剣が甲殻の表面をブスブスと劣化させる。ギィンギィンと打ち付けるたびに確かに傷を刻んでいるが、いまいち決定打に欠ける。そのわずかに与える傷すら、俺の持つ曲剣との痛み分けだ。安物の刀身は悲鳴を上げ始める。
(クソッ…埒があかねぇ…!)
オロンは、俺が〈鐵喰い〉の硬さに苦戦しているのを見るなり、「おう!」と声を上げ、背負っていた頑丈そうなツルハシを引っこ抜き、こちらへ放り投げた!
「嬢ちゃん!忘れもんだぜ!持ってきてやるって言ったろ?」
俺は咄嗟にそれを受け止める。ズシリ、と腕に確かな重みが伝わる。
「あいつの身体、ほとんど黒鉄だ!みりゃわかる!そうか?嬢ちゃんの剣じゃ、鉱山は硬くて斬れねぇか?いや、ならよ!」
オロンはニヤリと笑って言った。
「ツルハシで『掘っちまえば』いい!違うか!?」
(ツルハシ…?掘る…?)
オロンの突拍子もない言葉。だが、その瞬間、俺の中でカチリと何かがハマった。
(そうだ…コイツは鉱石を食って、体も鉱石みてぇになってる。なら、武器で『斬る』んじゃなく、硬い岩盤を砕くための鉱夫の道具で、『掘る』…!)
あの異常な硬さの甲殻を砕くには、これしかねぇかもしれん!
「…なるほどな!面白い!」
俺はニヤリと口角を上げ、受け取ったツルハシを両手でしっかりと握りしめた。ズシリとした重みが、妙に頼もしく感じられる。
(喰らえ!)
俺は剣で与えた甲殻のヒビ割れめがけて、渾身の力でツルハシを振り下ろした!
ガキンッ!と硬い手応え!鋭利な先端が黒鉄色の甲殻に食い込み、ミシミシと音を立ててヒビがさらに大きく広がった!
「グゴゴゴゴォ…!?」
〈鐵喰い〉はたまらず食事を中断し身をよじる。
(よし、効いてる!いけるぞ!)
一度引き抜き、さらに打ち込もうと振りかぶった、その瞬間だった。
「ダメだ、嬢ちゃん!腰が入っちゃいねえ!こうやるんだ!」
いつの間にかすぐ隣に来ていたオロンが、腰に差していたもう一本のツルハシを手に、手本を見せるように甲殻へと打ち込んだ!
ドゴォンッ!!
小さな体からは信じられないほどのパワーと、長年の経験で培われたであろう、一点に集中された的確な一撃!
バキリッ!!と一際大きな破壊音が響き、分厚い甲殻の一部が、まるで頑丈なカサブタのように、ベリリと剥がれ落ちた!
「ウオゴゴゴォォォ!!?」
生身に近い部分を露出させられ、〈鐵喰い〉が凄まじい苦痛の咆哮を上げる!
「うおおお!?ワシも動く鉱山は初めて見たわい!」
オロンは剥がれた甲殻片を満足げに眺め、興奮したように叫んだ。だが、次の瞬間には、持っていたツルハシを近くにいたガロードにポイと押し付け、「あとは若いモンでやれ!ワシはここまでじゃ!」と、さっさと岩陰まで下がっていっちまった。
「おい!クソジジイ!いいとこだけ持ってきやがって……!」
ガロードは、押し付けられたツルハシを心底面倒くさそうに受け取ると、串に刺さった肉を口の中へと押し込む。
モゴモゴと口を動かしながらも、指についた肉の油をペロリと舐めとると、こちらへ…いや、苦しむ〈鐵喰い〉へと向かって歩みを進める。
そして、おもむろに振りかぶったツルハシにフワリと風の魔力が纏わりつく。
カン!カカン!カン!カン!
あのズシリと重いはずのツルハシを、まるで小枝のように軽々と振り回している!
俺の付与魔法と同じようにツルハシに魔法効果を与えているらしい。
風魔法で重量を軽減し、さらに衝撃力を一点に集中させているのか?
(…チッ、器用な真似しやがって)
小気味良い金属音が、まるで鍛冶場のように連続して響き渡る!〈ダウンバースト〉で大きくヒビが入っていた甲殻が、ガロードの高速掘削によって、みるみるうちに破壊され、砕け散っていく!
「〈エンチャント・ダーク〉」
俺も負けじとツルハシに付与魔法をかけて掘削作業に参加する。
風の軽量化もドワーフのような力も持っていないが、同じ要領だ。
闇を纏った俺のツルハシは甲殻をブスブスと溶かすように突き進む。
(へっ、ご自慢の甲殻も穴まみれになってるぜ?生きながらにして、頑丈な鎧を解体されていく気分はどうだ、トカゲ野郎!!)
当然、〈鐵喰い〉もこちらを寄せ付けぬように暴れ回って抵抗するが、動きは単調。
弱っているのか緩慢だ。集中すれば避けられる。
俺とガロードの容赦ない掘削によって、〈鐵喰い〉の甲殻はもはやボロボロだ。剥がれた甲殻の下には、鈍い赤黒い、生々しい肉が剥き出しになっている。
(よし…!これなら!)
俺はツルハシを放り捨て、再び腰の二振りの曲剣を抜き放った!鎧を失った今なら、この刃も奴の肉を容易く切り裂くはずだ!
「〈エンチャント・ダーク・フレイム〉!」
二振りの曲剣にそれぞれ炎と闇の魔力が宿る。
ガロードが甲殻を破壊しているすぐ横をすり抜け、剥き出しになった〈鐵喰い〉の弱点…おそらく心臓があるであろう胸部付近の、大きく剥がれた甲殻の下へと狙いを定める!
「これで、終わりだァァァァァッ!!」
渾身の力を込め、刀身に灼熱の炎と漆黒の闇を纏わせた二刀を、十字を描くように、深く、深く、化け物の肉体へと突き刺した!!
俺が突き立てた二刀が、〈鐵喰い〉の胸部と思しき部位の肉を深く抉った。確かな、致命傷の手応え!
焼け焦げ腐敗する傷口をそのまま押し広げるように引き裂く。
「ゴ……ボォォ……」
化け物の口から、黒い血の泡と共に、最後の断末魔ともとれる呻き声が漏れる。そして、ズシンッ!と地響きを立てて、その重鈍な巨体がゆっくりと横倒しになり……完全に動きを止めた。眼球の光も消え、生命としての脈動は完全に途絶えた。
「……はぁ……はぁ……終わった……か……?」
俺は肩で大きく息をしながら、倒れ伏した巨大な亡骸を見下ろす。ドッと、全身に鉛のような疲労感が襲ってきた。張り詰めていた緊張の糸が切れ、膝がガクガクと笑いそうだ。クソッ、とんでもねぇヤツだったぜ…。
近くの壁にズルズルと寄りかかり、自分の体を確認する。壁に叩きつけられた背中と脇腹がズキズキ痛む。いくつか打撲痕や切り傷があるが、内臓にはダメージはなさそうだ。簡易的に闇魔法で動けるように回復をかけるが、疲労はピークに近い。再び、活力ポーションを足のベルトから取り出し、がぶ飲みする。…高価でもったいないという気持ちもあるが消耗品だ。消耗してこそ価値がある。
サラサラ……と微かな音を立てるように、〈鐵喰い〉の巨体から〈魔素結合〉が解け、一部が淡い光の粒子となって徐々に霧散していく。魔物の最期だ。
よろよろと立ち上がって、今回の狩猟の成果を確認しに向かう。
「…デカっ!」
思わず声が出た。
ゴロン、と心臓部から転がり出てきたのは、俺の握り拳よりもゆうに二回りは大きい、暗褐色の魔石だ。所々に黒鉄のような鈍い金属光沢が見え、ただならぬ魔力を秘めているのが分かる。
(すげぇ…!C+ランク級、いや、それ以上の価値はあるぞ、これ…!とんでもねぇお宝だ!)
魔石のほかには、奴の甲殻の一部……特に黒鉄と融合していたらしい部分は、ほとんど魔素化せずにそのまま残っている。
ガロードは、近くの岩にどっかりと腰掛け、大きく息をついていた。…かと思ったら、次の瞬間には、いつの間にかマジックポーチからデカいサンドイッチを取り出して、もぐもぐと美味そうに頬張っているではないか!
(…まだ食うのか、コイツは…!どんだけ燃費悪いんだよ、その体は…!…まぁ、たしかに、あのデタラメな魔法を使えば、腹も減るか……)
以前のような殺意に近い怒りは、もう湧いてこなかった。呆れを通り越して、なんだかもう、コイツのマイペースっぷりが一周回って面白くすらなってきた気がする。変なヤツだ、本当に。
俺は疲れた体に鞭打って、剥がれた甲殻片を手頃なサイズに砕いて拾い集めた。〈鐵喰い〉が生命活動を停止したことで、魔素結合が解け、先程の戦闘時とは違って幾分か楽に分割できる。魔石以外も素材として解体回収できそうだとホッと息を吐く。
「クソ……流石にコイツを抱えては帰れねぇか…。おい〈沈黙〉、お前のポーチに仮置きさせろ……ってか、ちっとは手伝えよ……!」
持ち運びできる限界までガロードのマジックポーチに手当たり次第、突っ込んでいく。
ズシリと重いが、この価値を考えれば苦にはならない。
「おお!やったかおまえさんら!やったな?よし、終わりだ!ワシはみんなに知らせてくるぞ!作業が滞ってしゃあねえ!」
隠れていた岩陰から顔を出したかと思うと一方的に捲し立て、そのままドタドタと走って帰るオロン。
「お、おい待て!報告書にサイン……あ〜っ!もうっ!ったく話を聞きやしねえ!!」
一息ついて、俺はサンドイッチをちょうど飲み込み終えたガロードに声をかけた。
「おい、〈沈黙〉」
返事はない。まぁ、だろうな。
「…まさかとは思うが、アイツは群れだったなんて言わねえよな…?」
俺の問いかけに対し、ガロードは「…」と一瞬だけ何かを考えるような素振りを見せた…ような気がしたが、結局、何も言わずにゆっくりと首を横に振った。




