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自由のアリア  作者: カラノニジ
第一章:繋がれぬはずの銀の首輪
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第7話:〈鐵喰い〉②

 

 闇属性の固有特性は〈死〉。


 隣接する火属性との共有特性である〈変質〉を利用した腐食や崩壊が主な付与効果だ。剣に纏わせた闇のオーラが分厚い硬質な皮をボロボロに劣化させる。

 ズブリ…と切っ先が〈鐵喰い〉の後ろ足の皮膚に埋め込まれるように裂いた!黒く粘ついた、血とも油ともつかない液体が滲み出る!


「グゴゴゴォォ…!」


(やった!通った!だが…浅いか!?クソ硬ぇ!)


 巨体を支える四本の支柱の一本が傷つき、一瞬バランスを崩すが……それだけだ。致命傷には程遠い。だが、痛みは感じたらしい。

 〈鐵喰い〉が苦痛の咆哮を漏らすと、身を捩るように回転しながら、メイスのような尾を薙ぎ払うように振るう。

 動きは単調とはいえスケールが違う。

 頭上を尾が通過するのを伏せて躱すが、その軌跡を追ってきた長大な前腕が地面を抉りながら迫る。


「速ぇ…!?クソっ!!」


 想定を上回る加速度に回避判断が遅れる。

 俺は咄嗟に後方へ大きく跳躍する!間一髪、鋭い爪が俺のいた場所を抉り取る!

 だが、安心したのも束の間だった。


 空気を切り裂く音と共に、奴の腕の通過に伴って大小様々な岩の塊が、まるで散弾のように俺めがけて飛来する!


(やべぇ、躱しきれねぇ…!)


 空中で身を捻り、飛来する瓦礫を躱そうとするが、それが叶わないと悟ると身を丸め、腕で急所を守る。

 細かな散弾が皮膚を裂き、石の礫が右足を砕くと同時にバギャ!と表現するのも悍ましい音が全身を伝う。

 その勢いで身体が回転し、前のめりに転倒する。


「ぐ…ぎっ…くっぅ……」


 人間の頭ほどの大きさの岩が、すぐ横をゴロゴロと砕けながら吹っ飛んでいく。小石ですらこの威力だ。あんな岩が直撃すれば全身砕け散るだろう。


(ぐっ…右足が…)


 瓦礫の一部は、さっき壁に叩きつけられたガロードの方へも降り注ぐ!


「…っ!おいっ!〈沈黙〉!」


 俺が叫ぶ間もなく、ガロードがよろよろと、しかし確かに立ち上がった。

 額を押さえ、少し足元がおぼつかない様子だ。脳震盪を起こしている。

 だが、転がりながら飛んでくる瓦礫を冷静に見据えると、その前にフワリと見えない空気の壁…風魔法〈エアクッション〉を発生させた!瓦礫はそれに当たると、勢いを殺され、方向を逸らす。


「チッ、生きてやがったか。やるじゃねぇか…うぐっ」


 ガロードが無事だったことに安堵しつつも、状況は依然として最悪だ。


 右足をやられた。

 ちっ、あんまりやりたくねぇが、しょうがねぇ…


「…〈リジェネイド〉」


 闇属性の再生活性化によって折れた骨が戻る。

 失った血や体力は戻らないが肉体の修復ができるのが闇の回復の利点だ。


 ミシ、と骨が繋がる感覚。だが、右足に力を入れると鈍い痺れが走る。

 完全には戻っていない——いや、無理やり繋がっただけだ。

 ただし、そのような過回復は連続すれば後遺症が残ることもある。


 闇属性に限らず、回復魔法というのは雑にはかけられない。

 手を抜くと折れた骨の欠片が残ったり、血の塊が血栓になったり。

 とにかく集中力と精神力を消耗する。


 しかも、負傷した自らに回復魔法をかけるというのは程度にもよるが高等技術だ。痛みに耐えながら集中力とイメージを維持しなくてはならない。


(ま、これに関してはあのくそったれな訓練様々ってとこか…)


 太ももに取り付けたポーションベルトから赤い小瓶を素早く抜き取り、親指で弾いて栓を抜くとぐびりと一気に呷る。

 苦いとも甘いともつかない、味蕾が泡立つような不快な味が広がる。


 痛みと痺れが脚から体外へじわりと滲み、霧散していく。

 なんにせよこれで再び動けるようになった。


 体勢を立て直し、再び二振りの曲剣を構える。チラリとガロードの方を見る。相変わらず表情は読めない。


 連携するしかない!俺は短く、だが強く叫んだ。


「おい、〈沈黙〉!合わせろ!後ろ足の装甲が薄い!」


 そう自分で言いながらも相手は末席とはいえ竜種の変異体。異常なまでの回復力ですでにかすり傷は修復され始めている。


 後ろ足をチマチマ攻撃しても、ジリ貧になるだけなのは目に見えている。


(クソッ…何か…手は…!?)


 とにかく削るしかない。連携を呼びかけ、再び後ろ足へ突っ込む構えを見せた、その直後だった。

 ガロードが…あの、今まで一言も発さなかった〈沈黙〉のガロードが、初めて口を開いた。

 低く、感情の乗らない、平坦な声で、ただ一言。



「…〈バアルスフィア〉」



(…!?喋った!?略式詠唱!?コイツ、喋れたのかよ!)


 俺は耳を疑った。

 だが、驚きはそれだけじゃなかった。

 〈バアルスフィア〉…?聞いたことねぇ呪文名だ。風属性だろうが、一体どんな魔法なんだ?

 ガロードの前に、30cmほどの大きさの、透明な空気の塊…〈エアボール〉のようなものがフワリと浮かび上がった。見た目は、何の変哲もない。


 しかし、次の瞬間。


 キュイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!!!!!!


 耳を劈くような、甲高いこすり合わせるような音が、その空気玉からけたたましく発生した!同時に、周囲の空気が、吸い寄せられるように、猛烈な勢いでその玉へと渦を巻いて流れ込み始めた!

 ゴオオオオオッ!洞窟内に、局地的な暴風が吹き荒れ、俺のスカーフや髪が激しく引き寄せられ、煽られる!光源として維持している火球の炎も激しく揺らめく!

 あの小さな空気玉は、吸い込んだ莫大な量の空気を、信じられない力で圧縮しているらしい。周囲の空間がビリビリと震え、歪んでいるような感覚すら覚える!


(なんだ、この魔法は!?ヤバい!これはただの風魔法じゃねぇ!!)


 背筋が凍りつくような悪寒が走る。フィリスの忠告が、脳内で警鐘のように鳴り響いた。

『風魔法をところ構わずぶっぱなす』…!

 まさか、これのことか!?


(クソッ!あの野郎、連携しろっつったのに、また勝手な大技を!しかも、こんな狭い場所で!キレてんのか!?脳震盪で頭がおかしくなったか!?)


 後ろ足への突撃なんてもってのほかだ!巻き込まれたらタダじゃ済まねぇ!

 俺は即座に前進を中止し、全力で後方へ退避!あの忌々しい空気玉と、それを生み出したガロードから、少しでも距離を取る!

 近くにあった手頃な岩陰に、転がり込むように身を隠すのが先か、ガロードがもう一度口を開くのが先か。


「〈ダウンバースト〉」


 その言葉が引き金だった。

 極限まで空気を吸い込み、向こう側が陽炎のように揺らいで見えるほどにまで圧縮されていた空気の塊…〈バアルスフィア〉が、ボッ!と、予想外に短い、乾いた破裂音を立てて弾けた。

 一瞬の静寂。


 そして、遅れて、来た。


 ズガァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!!!!!!!!!


 まるで、すぐ目の前で巨大な雷が炸裂したかのような、鼓膜を突き破る轟音が洞窟全体を揺るがした!

 同時に、圧縮されていた空気が爆発的に解放され、凄まじい衝撃波と暴風が、壁を削り取る勢いで四方八方へと叩きつけられる!


(グァッ…!?ゴフッ!!)


 俺が身を隠していた岩など、その暴力的な力の奔流の前には、枯れ枝同然だった!バキバキと音を立てて砕け散り、俺の体は木の葉のように軽々と宙を舞い、そのまま勢いよく反対側の硬い岩壁に叩きつけられた!肺から全ての空気が絞り出され、全身の骨が軋む!

 だが、それ以上にヤバいのは、急激すぎる気圧の変化だ!キィィィン!と耳の奥が悲鳴を上げ、内臓が内側から圧迫されて潰れそうだ!


 渦巻く暴風に、息を吸おうとしても空気が入ってこない!苦しい!痛い!し、死ぬ…!


 どれくらいの時間が経ったのか…数十秒か、あるいはほんの一瞬だったのか…ようやく、狂ったような風が少しずつ弱まり、俺の体は重力を思い出したかのように、ドンッ!と無様に地面に落下した。


「…ゲホッ、ゴホッ…!…はぁ…はぁ……生きて…るか…?」


 全身がバラバラになったかのような激痛に顔を歪めながらも、必死に浅い呼吸を繰り返す。視界がチカチカし、耳鳴りが頭にガンガン響く。

 クソッ…体中が痛ぇ…。


 それでも、俺は必死に顔を上げた。そして、目の前に広がる光景に息を呑んだ。


 広間の中央。巨大な〈鐵喰い〉が、のたうち回っていた。

 あの、俺の闇の刃すら浅くしか通さなかったはずの、黒鉄色の頑丈な甲殻が、まるで卵の殻のように数カ所、無残に砕け散り、歪んでいる!特に、俺が最初に狙った右後ろ足は、ありえない方向にグニャリと折れ曲がり、完全に機能を失っているのが分かった。

 さらに、凄まじい圧力に内部が耐えきれなかったのだろう、耳と思しき穴や、大きく裂けた口、そして潰れたような目からは、ドロリとした粘度の高い黒い血が絶えず流れ出ている!

 もはや威嚇の唸り声ではない。ただただ、苦痛に満ちた、断末魔のような甲高い咆哮を上げながら、巨体を無様にくねらせ、暴れている。


(これが……フィリスの言ってた、鎧をベコベコにした魔法か…!ぶっ放しやがったな、あの野郎…!俺ごと!)


 身をもって体験したその威力に戦慄すると同時に、確信する。


(だが……チャンスだ!今が!)


 俺は全身の痛みを、奥歯を噛み締める気合でねじ伏せ、よろめきながらも、しかし確かに立ち上がった。


(さっき飲んだポーションもまだ効いてる…動けないほどじゃねぇ…)


 地面に転がっていた二振りの曲剣を拾い上げ、しっかりと握りしめる。


 狙うは、折れて無防備になった後ろ足の付け根か!?それとも、出血が止まらない顔面の傷口か!?


 俺が追撃を加えようと踏み込んだ、その矢先だった。


「オオオオォォン!!」


 瀕死の〈鐵喰い〉は恐慌状態に陥ったのか、まるで発狂したように巨体をめちゃくちゃに振り回し始めた!ゴンッ!バキッ!長大な腕が壁を薙ぎ払い、岩塊を弾き飛ばす!尾が天井を叩きつけ、ガラガラと天井の一部が崩落してくる!


(クソッ!むちゃくちゃ暴れやがって!近寄れねぇ!)


 これでは迂闊に近づけない。俺は一旦距離を取り、奴の動きを見極めざるを得なかった。


 暴れ疲れたのか、ゴフー、ゴフー、と荒い息をつきながら、〈鐵喰い〉はふと動きを止め…そして、おもむろに、その巨大なスコップ状の下顎で地面を抉り、黒っぽい鉄鉱石をガリガリと音を立てて喰らい始めた!


(はぁ!?食ってる!?この状況で!?)


 唖然とする俺の前で、さらに信じられない光景が広がる。奴の体表にあった、俺がつけたはずの刀傷や、〈ダウンバースト〉で砕けた甲殻の細かい亀裂が、鉱石を食べるごとに、みるみるうちに塞がっていくではないか!


(傷が…治ってやがる!?最悪だ!)


 竜種特有の厄介な超回復能力!しかも、この鉱山の鉄分が回復を促進しているらしい。


(クソッ!)


 俺は再び接近し、曲剣で攻撃を仕掛ける。

 だが、やはり硬い甲殻に刃は弾かれ、関節に浅い傷をつけても、奴が鉱石を食らうそばからすぐに治ってしまう!


(ダメだ!これじゃキリがねぇ!イタチごっこだ!)


 闇属性付与による回復阻害があっても押し留めるのがやっとだ。僅かに傷が残ったところで、倒しきる前に剣の方が砕け散りそうだ。


(ガロードにもう一発ブチかまさせる…?)


 ふと、壁際のガロードに目をやると、ヤツはいつの間にか息を整え、あろうことかマジックポーチから例の串焼きを取り出し、もぐもぐと齧り始めていた。


「てめぇもかよっ!食ってる場合かっ!?」


 コイツもあのデタラメな魔法で相当消耗してんのか…?


(クソッ…どうする!?撤退するか?)


 アイツは鈍重だ。隙を窺えば逃げ切れるかもしれない。

 冷静な自分が逃走経路を組み立て始める。


(ダメだ…!コイツがそのまま俺たちについて外に出ちまったらどうなる!?)


 しかし同時に薄っぺらな正義感が外への被害を計算し始める。


 手詰まりに焦りが募る。どうすれば…!?

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