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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第79話:道がなければ

 ────

 ──


 迷路のように入り組んだ坑道を、俺たちは走っていた。

 背中には捻挫したエステル、隣には息一つ切らさず並走するシュカ。


「こっちよ! この先をグワーッと行って、突き当たりをグイーッと回って、さらに奥をキュッと曲がったあたりね!」


 シュカが自信満々に、しかし擬音だらけで説明する。

 先ほど展開した〈リード〉で、イルたちの居場所までの道筋は完璧に把握しているらしい。


 だが、その道筋はあまりにも迂遠だった。


「クソッ……まだかかるってことかよ……」


 舌打ちが出る。


 どれだけ進んでも景色が変わらねぇ。

 似たような岩肌、似たような分岐。

 焦りだけが募っていく。


 背中のエステルが、目を回したようにふらりと頭を揺らした。



「まるで迷路ですわね……わたくし、もう目が回ってきましたわっ! こんなにくねくねしてないで、真っ直ぐなトンネルがあればいいですのに!」



「真っ直ぐ……?」



 その言葉に、俺の足が止まった。



 真っ直ぐ。

 俺は、左腕に目を落とす。

 オロンから受け取った〈双子の腕輪〉。

 ガロードの持っている腕輪と対になっているこの魔道具は、お互いの位置を光の糸で示してくれる。


 俺が魔力を軽く込めると、腕輪からスゥーッと伸びた光の糸は、目の前の分厚い岩壁を、一直線に指し示していた。


「壁の向こう……」


 やっぱりだ。このまま道なりに進んで、迂回路を探す?

 いや、そんな悠長なことをしている時間はない。


(どうする……?)


 その時、脳裏にあの暑苦しいドワーフのダミ声が蘇った。



 この〈双子の腕輪〉の使い方。



『ただし、壁があっても方向しか示さんからな! まあ、壁があったら掘って進めばいい!』



(……へっ、なるほどな)



 オロンの野郎、とんでもねぇことを言いやがると思ってたが……鉱山においちゃ、ドワーフの思考回路ほど頼りになるもんはねぇってことか。


 俺はニヤリと笑うと、隣の爆弾皇女に声をかけた。



「なぁ、シュカ!」



「んー? なぁに?」



「このままぐるぐる回って遠回りするよりも、この壁をぶち抜いて、一直線に合流しちまおう」



 俺は顎で、光の糸が突き刺さる岩壁をしゃくる。



「ドワーフ式で最短距離。そういうの好きだろ?」



 その提案を聞いた瞬間、シュカの顔がパァァァッと輝いた。

 まるで、宝物を見つけた子供のような、無邪気で、そして最高に危険な笑顔だ。



「いいわねっ! そういうの大好き、あたし!」



「まぁ! 道がなければ切り開く! これぞ冒険者ですわ! 派手にやってくださいまし!!」



 シュカは足を止めると、嬉々として両手に魔力を練り上げ始める。


 その密度、その熱量。


 嫌な予感が背筋を走る。



「あ、おい待て! 一発じゃなくて何回かに分けて、出来るだけ手加減を……」



 俺の制止の言葉は、圧縮された魔力が解き放たれる轟音にかき消された。



「いっけぇええええええええ!!」



 チュドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!



 視界が白く染まり、爆風が俺たちを吹き飛ばす。


 壁を「ぶち抜く」どころか、坑道そのものを揺るがす大爆発。



「オイィイイイイイイイイイイッ!!」



「ひやぁあああああああですわぁ!?」



 俺たちの絶叫は、崩れ落ちる瓦礫の音と共に、虚しく坑道に響き渡った。


 ────

 ──


 何枚目かの壁をぶち抜いたところで、広い空間に出る。


 爆煙と土埃が晴れると、アホ面で驚いている見慣れた顔たち。

 やれやれといった様子で額に手を当てる皇子。


 それからあれは……。


(奥にいるのは、いなくなってた鉱夫か!?)


 無事に救出できていたらしい。


 オロンへ『最悪の』報告をしなくて済んだことに静かに胸を撫で下ろす。


 だが、目をそらしても視界に入る二つの異物。

 生物と呼ぶのもおこがましい、冒涜的な肉の城。


「……なに、このデカいの!?」


 シュカが、目の前で暴れ回る肉塊を見上げて叫ぶ。


(ちっ、ひでぇことしやがる…)


 無数の腕が生え、再生と崩壊を繰り返しながら肥大化し続けるその姿は、もはや生物の原型を留めていない。


 さっき見た〈青オーガ〉とも違う、禍々しい何かに成り果てている。


「コイツが〈ウロカクシ〉……じゃないみたいね!」


 ああ、違う。〈ウロカクシ〉はおそらく……。


「てことは、そっちかしら?」


 シュカの声から、先ほどまでの明るさが消え失せる。


 その鋭い視線は、肉塊のさらに奥。

 崩れた通路の入り口に立つ、禍々しい魔力を放つ魔人へと突き刺さっていた。


 グァマは、壁をぶち破って現れた俺たちを忌々しげに見やり、鼻を鳴らした。



「次から次へと……ゴミが何匹集まっても、ゴミはゴミだ。まとめて潰してやるよォ!!」



「……あ?」



 その瞬間。

 シュカのこめかみに、ビキリと青筋が浮かぶ音が聞こえた気がした。

 全身から、ゆらりと陽炎のような魔力が立ち昇る。



「……ゴミ、ですって?」



「よくもまあ……あたしの国で、随分と舐めたことしてくれたわね!」



 シュカがグァマを指差す。その指先が、怒りで微かに震えている。



「アンタは、骨も残さないわ!!」



 ブワッ! と、シュカの両手に爆発的な魔力が練り上げられる。

 今にも飛び出し、この空洞ごとヤツを消し飛ばしかねない勢いだ



「……シュカ。ここは地上とは違う」


 イルが、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら諌める。

 今のシュカに言葉が届くか、そう危惧した時だった。



 ふっ、と。


 シュカの纏う激しい魔力の奔流が、波が引くように静まった。


「……わかってるわよ、イル」


 シュカはふぅーっと、肺の中の熱気を吐き出すように息をついた。

 燃えるような視線をグァマから外し、目の前の〈オーバードーズ・エヴォルタス〉へと向ける。


 その瞳に宿るのは、先ほどまでの激情ではなく、どこか静かで、痛ましい光だった。



「でも……まずはこの子を、送ってあげないとね」



「……へぇ?」



 イルが、意外なものを見るように片眉を上げた。

 姉の精神的な成長、あるいは変化を感じ取ったのか。

 その口元に、微かに安堵のような笑みが浮かんだようにも見えた。


「わかった。なら、そっちは任せるよ」


 イルは眼鏡の位置を直し、冷静に戦場を俯瞰する。

 そして、即座に指示を飛ばした。


「アリア、君はこっちを手伝ってくれ。元凶を叩く」


 ……ひび割れた角。

 そしてそれが全身に波及したかのように広がっている。


 魔族は初めて見たがあんな姿だったのか…。



「…見ての通り、あの魔族は今、〈魔人化薬〉とやらでドーピング中だ。永続ではないだろうけれど、相当に厄介だよ」



「〈魔人化薬〉ぅ? ……どおりで……」


 迸るただならぬ闘気と魔力がその生物としての強度を見せつけてくるようだ。



「それから、空間魔法も使うから惑わされないようにね」



「はんっ…そりゃ強敵だな…」



 こっちはこっちで色々あったようだ。

 圧倒的な身体能力と空間魔法。

 さらにはあの巨塊。

 この皇子が手間取るのも無理はない。



「君のところの優秀な……メンバーのおかげで助かったよ」


 若干、言い淀んでいるが気持ちはわかる。


 イルの視線の先では、ガロードが相変わらずパンを齧り、ジーンが髪を整え、ニーコが盾を構えて震えている。



「ガロード! ジーン! ニーコ! お前らはシュカと組んで、あのデカブツを抑えろ! エステルはそこの鉱夫と一緒に下がってろ!」


「……」


 もぐもぐ……。



「承知したよ、マイリーダー!」



「ふぇええ! が、がんばりますぅ!」



「応援は任せてくださいまし! 皆さま方、ご武運をですわっ!」



 俺は双剣を構え、グァマへと向き直る。



 戦場は二つに割れた。


 元凶たる魔族グァマに対峙するは、俺とイル。


 暴走する悲しき怪物に対峙するは、シュカと〈ジョーカー〉の面々。



「さあ……終わらせようぜ、〈ウロカクシ〉!」


 俺は地を蹴り、決戦の幕を切って落とした。


第九章:呪いの札はひき寄せられて(完)

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