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自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
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第78話:オーバードーズ

「少々、旗色が悪くなってきたんじゃないかな?」


 僕は泥に伏したグァマを見下ろす。

 自慢の〈エヴォルタス〉は二体がすでに沈黙し、もう一体も機能停止中だ。


「クソッ! なにもんだテメェ……!」


 内臓が傷ついたのか血反吐を吐きながら這いつくばる。

 その姿にも、僕は憐れみを感じやしない。


 後ろで檻が開く音が聞こえる。捕らわれていた鉱夫たちは、ジョーカーが回収してくれたようだ。



「オレたち魔族はおまえたち人間に、千年もの間、虐げられてきた! 奪われ続けてきた! 今度はオレたちが奪う番だ! ゴミクズ以下のモルモットが何人消えようが……」



「さて、終わりだ。悪いね。君の研究内容はともかく……君自身の身の上話には興味がないんだ」



 僕の目は既にグァマを見てはいない。

 ただ視界の内に入っているだけだ。


「ぐっ…く、あははっはっはっは……」


 それを察したグァマは怒り狂うでもなく、笑いはじめる。

 追い詰められ、プライドを砕かれ、遂にはおかしくなってしまったか?


「……?」


「なら、とっておきを見せてやる……」


 グァマは懐を弄り、小さな小瓶(アンプル)を取り出すと、そのまま手の内で砕く。


「〈アポート〉」


 転送魔法。

 砕けた小瓶が中身もろとも、倒れ伏すエヴォルタスの頭上から降り注ぐ。


 ドクン――――。


 エヴォルタスの身体がはねる。



「…オ゛ッ…オオオオオオオオオオ!!」



 バキリ…メキ…。

 耳を覆いたくなるような、生木をへし折る音とともに肥大化していく。


「ひ、ひぃ……」


 救出された鉱夫たちは腰を抜かす。



「な、なんですかぁ!? これぇ!?」



「ガロードくん! こっちに来るよ!」



 腕から生える腕。

 もはや異形と化した触腕が、無差別に攻撃を仕掛ける。


「……ッ」


 ガロードは〈エアブロウ〉で腕を叩き落とす。


 触腕はガリガリガリッと地面を抉りながら、すりおろされるように崩壊していく。


 過剰な細胞分裂によって肥大化する端から自壊しているのか、耐久度は高くない。


 触腕がエヴォルタスの死体や実験体の残骸を掴むと、その肉体を取り込むように捕食し始める。


「グギャ…グ、ゴォオオオオオン」


 原型はもはや残っていない。ただ苦痛か憎しみを抱えた瞳は赤く爛々と瞬いている。

 醜く肥大化した身体からは枝木のように骨が飛び出している。

 無数に増えた腕を、見境なく鞭のように振るいながら暴れ回っている。


 こちらにも腕の一本が迫る。


「……〈アクアスラッシュ〉」


 スパンと抵抗なく切れる。

 だが、エヴォルタス以上の再生力。


 即座に膨れ上がると、慣性そのままに僕に迫る。


 後ろへ飛び、躱す。


 立っていた場所へ、拳が叩きつけられ地を割る。

 末端の耐久力は失ったものの、再生力は強化され、破壊力は据え置きといったところだろうか。


 このまま暴れさせれば洞窟を崩壊させかねない。



(実に厄介だ……)



「変異促進剤による――〈オーバードーズ・エヴォルタス〉だ! ……ファッハハ、全員殺せぇ!」



「グオオオオオオオオオオ!!」



 指示など聞いてはいないだろうが、やる気は満々なようだ。


「ゴミはゴミ同士で仲良くここで遊んでろ!」


 隙をついてグァマはこの実験室からさらに奥の通路へと逃げようとする。


「〈ジオ・エンブレス〉」


 岩壁が迫り上がるとグァマの目指す通路を塞ぐ。


「……逃さないよ、ゴミ捨て場のドブネズミ君」


 空間魔法も万能ではない。

 転移するには目視できる範囲で座標を指定しなくてはならない。

 イシュカやアリア、エステルを飛ばしたような、視覚外の別の空間へ物体を移動させるためには、あらかじめ入口と出口を設定した転移陣を要する。


 グァマがこの鉱山から即座に撤退できないのはそのためだ。


 物理的な岩壁によってグァマは逃走経路を失った。

 まさに袋の鼠というわけだ。


(だが、参ったな……)


 僕は冷静に現状を分析する。


 暴れ回るオーバードーズ・エヴォルタスによって坑道を崩されないよう、僕は壊れた壁面を補修し続けている。

 あの過剰回復するオーバードーズ・エヴォルタスを足止めすることはできても、あの再生力。

 仕留め切るのは、僕の手札では難しい……。


(はぁ…イシュカがこちらに来る前に、なんとかしたいんだが……)


 あの崩壊速度を見るに、このまま時間を稼げば、あのエヴォルタスはそのうち自壊するのだろう。

 だが、それまでの間、あの魔族が何もしないとは思えない。

 空間魔法を警戒しながら二つの脅威を相手取るというのは……骨が折れる。


「……」


 ガロードは固そうなパンを口の中に押し込めると〈リレーション〉を握りなおす。



「〈ジョーカー〉諸君、手を貸してくれないか? なんとか、あのエヴォルタスを抑えていてほしい」



「ふぇえん……!! わ、わかりましたぁあ!」


 ニーコは涙ながらに断れないと言った様子で〈リアライズ〉を構える。


「はは、やるしかないようだね……」


 ジーンは小ぶりな魔石を取り出すと〈リユニオン〉へと装填する。


「ああ、三分あればいい」


 僕は眼鏡を持ち上げ、再び魔法を練る。


「三分…だと……? このゴミクズの分際で……!!」



「……長かったかな?」


 逃走経路を塞がれ、自分が見下すべき人間に挑発されたことで、グァマは激昂する。


「そんなに死にたいなら、殺してやる! オレ自身の手でな!」


 再び懐から取り出した小瓶(アンプル)

 先程の〈変異促進剤〉とは違う形だ。



「ほぉ……それが切り札かな?」



「……〈魔人化薬〉だ。オレ自身どうなるかわからねぇが……」



 小瓶の中には赤黒い血のような粘つく液体。


「ナメられたままいられるか……!! ゴミ掃除だ……!!」


 ゴク……。


 一気に飲み干したグァマの手から小瓶が滑り落ちる。


 ――ぱりん。



「ぎ、ぎぎぎ…」


 ヒビ割れたような意匠のグァマの角が一回り肥大化する。


 筋肉も隆起し、血管が裂ける。


 皮膚にも亀裂が走り、ヒビ割れた紋様が全身に浮かび上がるように赤黒く明滅する。


「っ……!」


 流石のガロードも呆気に取られたのか一瞬、注意を逸らす。

 だが、すぐに襲いくるオーバードーズ・エヴォルタスの触腕を薙ぎ払う。


「あ、あいつもバケモンになっちまうのか!?」


 鉱夫が叫ぶ。


「っ……下がってください!」


 ニーコがエヴォルタスの触腕を盾でいなして守る。


「全く……! やっぱり、君とはちっともセンスが合わないようだっ!」


 ジーンがグァマに向け矢を放つ。


 だが、グァマは視線を向けるでもなく。


 眼前で矢が静止し、そのまま手で握り潰される。


「あ゛ああああああぁ!! …あ゛ぁあ、ああ…い、いいぞ。良い気分だ!」


 やがて『変化』を終えたグァマは、息を整えながら笑みを浮かべる。


 グァマの周囲に漂う陽炎が如き揺らめき。

 漏れ出た〈闘気〉の奔流なのだとすれば、あの肉体の強度はいかほどのものか。


「雑魚を痛ぶるのは……こうじゃなけりゃぁな!」


 弾かれたようにグァマが飛び出す。


「くっ……〈ガイアアーマー〉!」


 一瞬で詰められた距離はグァマの回し蹴りによって再び開く。

 僕は岩盤に叩きつけられ、硬い岩肌が崩れる。


「くははっ…! 三分あれば十分か?」


 三分……?

 ……冗談じゃない。


 パラパラと崩れる岩壁を見て、僕は内心舌打ちする。


「……これはまずいことになった。……想定外だ」


 上体を起こしながら、圧縮された岩の鎧を魔素へと還す。



「くははっ! ようやくおまえの余裕ぶった顔が見れたなぁ!? どうだ? これからお前はなぶ…」



「いや、『君の方』じゃない」



「は……?」



 メキ、メキ……。


 洞窟の壁が悲鳴を上げている。



「全く……ノックくらいしたらどうだい?」



 チュドォオオオオン!!



 爆炎。吹き込む熱気と、瓦礫。


 せっかく補修した内壁を突き破った張本人が現れる。



「待たせたわね! イル!」



「ゲホッゲホッ……もうちょい、加減できねぇのかテメーはよぉ…!」



「みなさま方、ご安心くださいましっ! わたくしたちは無事ですわっ!! これで全員集合ですわねっ!」



 騒がしい三人。


「……」


 それをチラッと見て、休憩できると思ったのか、ポーチからパンに肉を挟んだサンドイッチを取り出すガロード。


「あ、アリアさんっエステルさんっ、シュカさんもっ!! よかったですぅ~……わっ、とと、た、助けてくださいぃ~!!」


 触腕を必死に捌きながら泣き言を言うニーコ。


「おおっ、麗しのレディたち! ボクがいなくてさぞ不安だったろう! さぁ、飛び込んでおいで!」


 矢を打ち込んだ直後、両手を広げるジーン。



 全く緊張感のない……。



(こんなに早く合流してくるなんて……)



「……早かったね、シュカ」



「アンタが遅すぎんのよ! イル」



 さて、どうしたものか……。



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