表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由のアリア  作者: カラノニジ
第九章:呪いの札はひき寄せられて
85/90

第77話:護るもの

挿絵(By みてみん)


 ───

 ──


「おい、こっちの箱は向こうへ持っていってくれ! 次のトロッコに載せるぞ!」



「屑魔石はこんだけか? おい、こっちは第二坑道の〈魔力灯〉の入れ替え用に運んでくれ」



 ブラックロックマウンテンの坑道入り口。

 そこではドワーフたちと、俺が所属する運び屋集団(ポーターズ)――〈運び屋ウィンランド〉が、忙しなく備品の搬入、搬出を行っていた。


「ふぅ……」


 重い木箱を荷台に積み上げ、一息つく。


 本来、俺の役目は護衛だ。

 だが、手が空いていればこうして荷運びを手伝うのも、この稼業の暗黙の了解みたいなものだ。


 せっかちなドワーフたちに怒鳴られる前に、さっさと荷物を積んでいく方が精神衛生上もいい。


(やれやれ、こりゃ明日は筋肉痛かな……)


 額の汗を拭いながら苦笑する。

 それでも、あの軍学校での地獄みたいな訓練を思い返せば、この程度の重労働、遊びみたいなもんだと思えてしまう。


 ふっと感傷に浸りそうになったところで、親方の声が遮った。



「おい、テイラン! すまねーけどこっちも手伝ってくれ!」



「ああ、わかった……」



(全く……俺は護衛だっての……)



 内心でぼやきつつも、足は親方の方へと向かう。

 拾ってくれた恩もある。


 ――それに、頼られること自体は、悪い気はしない。

 逃亡兵の俺を、何も聞かずに受け入れてくれた、この場所。



 ここが今の俺の居場所だ。



 そう思っていた、その時だった。


「……?」


 ふと、坑道の奥が騒がしいのに気付く。


 いや、騒がしいのはいつものことだ。ドワーフの怒号やトロッコの音は絶えない。


 ……だが、これは違う。


 空気を震わす、切迫したどよめき。


 そして、明確な『悲鳴』。


「うわぁああ!? オーガか!?」


「なんで坑道に!?」


「に、逃げろォォオオ!!」


 坑道の闇の中から、血相を変えた鉱夫たちが転がり出るようにして走ってくる。


 その背後から、ズシン、ズシンという重い地響きと共に、巨大な影がヌウッと姿を現した。


「オーガだと!? どっから来やがった!! 誰か駐屯地に行って軍を呼んでこいっ!!」


 ドワーフの一人が叫ぶ声に、心臓がドクンと跳ねる。


 ……オーガ。


 C-ランクの魔物。


 だが、俺の目が捉えたその姿は、知識にあるオーガとはまるで違っていた。



 青白い、病的な肌。

 額から突き出した歪な角。

 背中から無秩序に生えた棘。


(なんだ……あいつは……!? 見たことねぇ……変異体か……!?)


 しかも、二体も!


 興奮した様子で腕を振り回しながら、進路上にある樽や木箱を、まるで枯れ枝のように薙ぎ払い、吹き飛ばしている。


 逃げ惑う者、備品を守ろうとして立ち尽くす者、パニックで足がもつれる者。


 入り口付近は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。



 ……とてもじゃないが、ツルハシを持っただけの鉱夫たちや、非戦闘員の運び屋(ポーター)たちが敵う相手ではない。



「おいっ、テイラン逃げるぞ!」



 親方が、呆然と立ち尽くす俺の肩を掴み、叫んだ。



「残りの荷物はいい! 命が大事だ! 早く!」




 そうだ、俺は『護衛』だ。



『護衛対象』は『貨物』。



 逃げるのが正解だ。




 …………。



 …………………。



 逃げる。

 逃げるのか…?



 目の前にはまだ危険に晒されている非戦闘員の鉱夫が沢山いる。

 責任者らしきドワーフが指揮をとって避難指示を出してはいるが、現場はいまだ混乱している。



(……またか?)



 脳裏に、あの日の光景が焼き付くように蘇る。



 戦場から、恐怖に負けて逃げ出したあの日。


 そして、アリアンナに見逃され、無様に背中を向けて走り去った、あの日。


 ひたすらに後悔し眠れずに過ごした毎日。




『ウダウダと、出来もしねぇことばっかり言いやがって! やりたいことがあるなら、ごちゃごちゃ言ってねえで、まず『なってから言え』ってんだ、この腰抜けが!』




 先日、再会した彼女に叩きつけられた言葉と拳の痛みが、鮮烈に蘇る。



(ああ、そうだよな……アリアンナ……)




 俺は、いつまで逃げ続けるつもりだ?



 どこまで逃げれば『その時』が来る?



 軍に戻りたい? どの面下げて?



 ここで逃げれば、俺はまた、一生、逃げ続けなきゃなんねぇ…。



 仲間を見捨てて、自分だけ助かろうとした、クソ野郎のまま。



 …………。



「すまねぇ、親方」


 俺は、親方の手を振り払った。

 顔も向けずに、腰の剣を抜き放つ。

 スラリと、剣身が冷たい音を立てて鞘から放たれる。



 目は逸らさない。


 あの青い化け物から。


 覚悟が揺らがぬように。



「ちょっと、行ってくる」



「なっ、おいテイラン!? ちょ、まて!! 死ぬぞ!!」



 親方の制止を背中で聞き流し、俺は疾風のように駆け出した。


 恐怖はある。足も震えている。


 だが、それ以上に、体の奥底から湧き上がる熱い何かが、俺を突き動かしていた。


 木箱の前で腰を抜かし、絶望の表情で迫りくる青オーガを見上げている鉱夫がいる。



 その巨大な拳が、振り上げられた瞬間――。


 俺は、その間へと滑り込んだ。


「グォオオオオオ!!」


 敵対心を感じ取ったのか、あるいは、ただ邪魔な虫ケラだと思ったのか。

 青いオーガの拳が、容赦なく振り抜かれる。


(速ぇ……!)


 紙一重。


 本当に、鼻先を掠めるような距離で躱す。

 その風圧だけで、俺の髪が激しく持っていかれ、肌が切れるかと思った。


 ぞわりと全身の毛が逆立つ。


 直撃すれば、ただでは済まない。


 だが。


(見える……!)


 恐怖で思考が停止していたあの日とは違う。


 毎日の鍛錬は、裏切らなかった。


 恐怖をねじ伏せ、冷静に相手を見据える目が、今の俺にはある。


『軍に戻りてぇだ? 俺の、こんなパンチにすら反応できねえやつが、戻れるわけねえだろうが!』


 アリアンナの声が、鼓舞するように響く。



「全くだな……!」



 俺は、剣を構え直し、吼えた。



「アリアンナ……。今度は逃げねぇよ……!!」



 俺は、一歩も退かずに、その青い巨体へと斬りかかった。


 ザンッ!!


 安物の鉄剣が、青白い巨体の肉を裂いた。


 確かな手応え。剣筋は浅くない。

 筋肉を断ち切った感触が手に残る。


(やれるっ!)


 そう思ったのも、束の間だった。


 ブク……ブクブクブク……。


 傷口から溢れ出したのは、血ではなく、粘つくような泡だった。


 切り裂かれた肉が、まるで沸騰するように泡立ち、内側から盛り上がるようにして、瞬く間に塞がっていく。


「…なっ!?」


 痛みすら感じていないのか?

 奴は傷口を気にする素振りすら見せず、そのまま裏拳を振るってきた。


 慌てて上体を反らす。


 ブンッ!! と豪風が鼻先を掠める。

 直撃は避けたが、拳が掠った岩壁が砕け、礫となって俺の頬や腕を裂く。


 瞬時に剣を逆手に持ち替え、ガラ空きになった喉元、目掛けて刀身を突き入れる。


 青オーガは流石に怯んだのか仰け反ると、振り払うように暴れ回る。


 ブク…ブクブク…。


 ――それでも機能停止にまでは及ばない。


(バケモンがよ……ッ!)


 だが、息つく暇などありはしない。


 視界の端、青オーガの巨体の死角から凄まじい勢いで突っ込んでくるもう一頭。


 暴れる青オーガを弾き飛ばしながら拳を振り抜く。


(クソッ、無茶苦茶じゃねぇーか! コイツら!!)



 回避は間に合わない――!

 咄嗟に、剣の腹を左手で支え、盾のように構える。


 全身の筋肉を硬直させ、衝撃に備える――!


 ドゴォォォォォンッ!!


「がはっ……!」


 まるで走ってきたトロッコに生身で撥ねられたような衝撃。


 ベキャリ、と嫌な音が身体の芯で響いた。


 剣の刀身がひしゃげ、受け止めた左腕が、ありえない方向に折れ曲がる。


 俺の体は為す術なく吹き飛ばされ、背後の岩盤に叩きつけられた。


「ぐっ……はっ……」


 激痛で視界が明滅する。


 左腕の感覚がない。


 いや、熱い。焼けるように痛い。


 折れてる。完全に。


「……ぐぅっ……〈アタッチ〉!」


 俺は脂汗を流しながら、折れた腕を無理やり元の位置に戻し、地属性の接合術をかける。


 俺の魔法じゃ傷の完全な修復はできない。

 〈アタッチ〉で骨の接合と補強はできるものの、本来なら治癒の補助に使うような魔法だ。


 ポーションベルトから虎の子の一本を引っ掴んで傷にぶっかけ、塞ぐ。


 グッグッ……と手の感触を確かめる。

 ……痺れちゃいるが動く。


 俺はよろりと立ち上がり、転がった剣を見る。

 刀身は「く」の字に折れ曲がり、もはや鉄屑同然だった。


 目の前には、再生し終わったバケモノが二体。

 いや……まだ奥から現れているようだ。


 一体相手でも持て余すというのに、絶望的な戦力差だ。


 だが、俺がここで踏ん張った僅かな時間で避難は進み、逃げる彼らの命を繋いでいる。


 俺は、軍が到着するまで時間を稼げばいい。



 ……軍が来りゃ、『逃亡兵』の俺はお縄だろうがな。



「……へっ! 上等だ! やってやる!」


 俺は折れて使い物にならなくなった剣を投げ捨てた。


 腕が折れようが、剣が折れようが……。



「俺はまだ折れちゃいねぇぞ……!!」



 笑う膝を、無理やり怒りで押さえつける。


「〈ストーンメイソン〉!」


 俺は地面に魔力を流し込むと、地面の岩盤がバキバキと荒々しい音を立てて隆起した。


 石工の魔法。

 本来は建築や整地に使うものだが、砕けた岩が、粗削りな石の槍となって数本、俺の周囲に削り出される。


 俺はその一本を引っこ抜き、切っ先を二体の怪物へと向けた。


「来いよ、デカブツ共……っ! 根性比べだ……!」


 呼応するように青オーガどもが吠えた。


 ──

 ───


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ